清掃師、心底同情する


「しかし、じゃのー」


 第二セーブポイントへ続く山道を順調に進んでいた俺たちだったが、途中でマリベルが怪訝そうに首を傾げた。


「何が変なんだ? マリベル」


「アルファよ、それがわしにもよくわからんのじゃ。嫌な感じがするというか……」


「……」


 マリベルも感じ取っていたのか。やはりこの先何か起きそうだから要注意だな……。


「きっとマリベルの頭がおかしくなったのですわ」


「なっ、なぬっ!? ルカ、もう一度言ってみるのじゃっ!」


「そういえば、恋と変は似ている……」


「「……」」


 カミュの珍発言で争いが収まるほど妙な空気になる中、マリベルがはっとした顔になる。


「そうじゃっ! 狼の姿がまるで見当たらんのはおかしくないかの?」


「あら、それもそうですわね」


「一理ある」


「……」


 マリベルの台詞は確かに的を射ていた。そういや、やたらとスムーズに進んでるような気はしていたが、その理由としてはモンスターが出なかったことも大きい。それも中腹を過ぎてるのに、ここら辺りでもよく出てくるはずのスノーウルフの姿がまったくないというのは不自然極まりない話だったのだ。


「狼たちは一体どこへ行ったのじゃろうな?」


「モンスターがマリベルの顔に驚いて逃げたのではなくて? ホホッ!」


「ぬぬう……」


「マリベルどの、冗談なしに我々がいるから寄ってこないだけでは?」


「いや、お主たちに施したわしの変身能力がFクラスのモンスターなんぞに見破られるとは思えん――」


「――ふわあ……むにゃむにゃっ。ユリムもそう思うのれふう……」


 お、ユリムがようやくお目覚めのようだ。


「あっ、ユリムよ! 起きたならとっととアルファの背中から下りるのじゃっ!」


「えー、いやれふう」


「ぬぬ……こうなれば……」


 何を思ったのか、マリベルが爺さんの姿に変化してユリムの足に頬ずりした。


「ひゃっ!?」


「ホレホレッ。くすぐったいかあ」


「あぅ、ひゃふぅ! やめるのれふうぅっ……ひゃぁっ、卑怯なのれふうぅ!」


「ユリムよ、待つのじゃあっ!」


「いやぁぁっ!」


「……」


 ユリムが背中から下りて、マリベルとの追いかけっこが始まってしまった……って、それまで結構重要なことを話してたような……。


 そうだ。いるはずの狼が一匹も出てこないのはおかしいって話だったな。俺も嫌な予感がしていたこともあって、雑念と雑音を【一掃】し、耳を澄ませて集中力を高めた。


「――っ!」


 聞こえる。誰かの悲鳴……それに、これは……狼たちの足音なのか? 振り返った俺は事実を確認するべく視界の悪さも振り払い、遠くを見やった。すると、まもなくこっちに走ってくる複数の者たちの姿と、それに対して雪崩のように向かってくる狼の大群が見えてきた。


 おいおい……何匹いるんだ? スノーウルフって確か相当怒らせないとあそこまで集まらないって聞いたことがあるんだが……。


「な、なんとっ。凄い数じゃのう……」


「ですわねえ」


「ふっ、だな」


「いっぱいれふー」


「……」


 マリベルたちの落ち着き具合のほうが恐ろしいかもしれない。


「――助けてくれえぇぇっ!」


「助けとくれよおぉぉっ!」


「助けてえええっ!」


「あ……」


 しかも、狼たちに追いかけられて涙目でこっちに走ってくるのはジェイクたちだった。変装してるつもりなのか微妙に格好を変えてるからわからなかった。あいつら、俺が巻き込まれてる間に先に進んだとばかり思ってたのにまだこんなところにいたのか……って、は……。


 俺はジェイクが抱えてる狼の子供を見て、色々悟った。なるほど、アレで狼たちを釣って俺に擦りつけようって魂胆だったが、その結果モンスターを怒らせすぎて策に溺れた格好になったってわけか。


 推測だが、俺が消えたことで新たに荷物役を引き入れようとしたけど誰も来なくて、結局三人でここに戻ってきて俺の姿を見つけたんじゃないか。


「「「たしゅけてえぇっ!」」」


「……はあ」


 早く子供を解放してやればいいのに、もう正常な判断すらできてないようだな。


『『『『『――グルルルァッ!』』』』』


 狼たちの唸り声がすぐ近くまで迫ってきたところで、俺は襲い掛かってくるやつらを立て続けに【一掃】してやった。


「「「……えっ?」」」


 モンスターの大群が中心から割れるようにして次々と俺たちの左右に吹っ飛んでいく中、俺は呆然とするジェイクから狼の子を取り上げ、痛みや恐怖心を【一掃】して自由にしてやると、既に敵愾心を払った母親らしき狼に咥えさせた。それが功を奏したらしく、狼たちの行列も次第に衰えていくのだった。


「おい、そこの下劣な人間……!」


「ひっ……!?」


 何かが逆鱗に触れたらしく、カミュが凄い剣幕でジェイクに詰め寄っている。ほかのドワーフたちも一様に白い目をやつに向けるほどだった。


「あんな小さい狼の子をあそこまで傷つけるどころか、それをダシにして狼たちを集めるとは……万死に値する行為ぞっ!」


「……あ、あ、あうあ……」


 狼たちに追われたこと、それにカミュに激怒されたことが影響してか、ジェイクの足元がびしょぬれになって湯気を立て始めた。あーあ、失禁しちゃったか……。


「まあまあ、カミュ。気持ちはわかるが、俺の知り合いだから許してやってくれ」


「し、しかし、アルファどの……」


「仕置きするにしても、俺たちとこいつらじゃ可哀想なことになる。行こう」


「「「……」」」


 呆然と立ち尽くすジェイクらを置き去りにして、俺たちは先を目指した。

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