清掃師、錯覚に囚われる


『アバランシェ・ブレード』の麓にある山小屋を発った俺たちは、第一セーブポイントのクリスタルが輝く山の中腹まですぐに到着した。というか小屋を囲んでいた切り立った崖を登ったら、そこが中腹に近い場所だったんだ。


 例の訓練のおかげで運動能力が短い間にやたらと鍛えられたってのもあるだろうが、【一掃】によって無駄な力みとか迷い、何より体重を一時的に排除できることもわかったのでスイスイとピッケルを使って崖を登ることができた。


 一方ドワーフたちはほぼ一瞬で全員登っていて、しかもそれを誇ることもなくしょうもないことで喧嘩してたので格の違いも感じたが。


「――ふー、久々に運動した気分なのじゃっ。もしゃもしゃ……」


 マリベルが大きめの袋に入ったおやつのクッキーを美味しそうに頬張ってる。本当にピクニック気分なんだろうな。


「マリベルどの、そんなに食べたら太って雪だるまみたいになるぞ」


「むぐっ……!?」


「……」


 喉に詰まらせたのかマリベルが涙目でカミュを睨んでる。


「マリベルは普段からバカ食いしてますから、この程度では満足できるわけがありませんのよ。ホホッ!」


「ぬぬぬっ……」


「マリベル、これで頭冷やしゅのー」


「「「「あっ……」」」」


 いつの間にやら、ユリムがクリスタルの横で雪だるまを作っていた。確か彼女はセンスを精錬できるだけあって、なんとも立派な雪だるまが出来上がってる。


「「「「――キャッキャッ!」」」」


「……」


 今度はドワーフたちによる雪合戦が始まってしまった。ちなみに、目撃されたら騒ぎになるからとみんな人間に変装していて、耳や背丈も普通になってるからただの雪山で遊ぶ少女たちを側で眺めてるような錯覚に囚われた。


「――うっ……?」


 俺の顔に雪玉が飛んでくる。


「きゃはっ! アルファしゃんに当たったにょー!」


「や、やったなあ!?」


 ユリムに当てられたので俺も雪合戦に参加することになった。楽しいけど、やっぱり普通の山で遊んでるような感覚になってしまう。ここって本当に迷宮山だよな……? もしかすると、そう錯覚するほどに俺が強くなったっていうのもあるのかもしれない。




 ◇◇◇




「「「……」」」


 賑やかな『アバランシェ・ブレード』第一セーブポイントから少し離れた小高い丘の木陰にて、ジェイクたちがいずれも呆然とした面持ちになっていた。


「レイラ、クエス……あそこにいるの、だよな、どう見ても……」


「ま、まさか生きてるなんてねえ……」


「どれだけ悪運が強いんだよっていう……」


 アルファたちの歓声が上がる中、しばらくしてジェイクがはっとした顔になる。


「てか、迷宮山の中腹で女の子たちと遊ぶとか……あいつ一体なんなんだよ!」


「あんな目に遭ったくせに、どこからあんな余裕が生まれるんだろうねえ」


「頭打っておかしくなったとか? それにしても、あの子たち可愛いよね……」


「ク、クエス、俺もちょうどそう思ってたところだ。気が合うなっ!」


「「へへっ――」」


「――あんたたちぃ……」


「「ひっ」」


 不機嫌そうなレイラに睨まれてジェイクとクエスが青い顔になる。


「ったく、あんなガキのどこがいいんだか……。それより巨乳の美人がすぐ近くにいるだろ。一体何が不満だっていうのさっ!」


「……なあ、こいつ巨乳だと思うか、クエス?」


「……んー……」


「バカッ! さも残念そうにしながらもじっくり見てんじゃないよ!」


「しょ、しょうがねえだろ、女の胸に注目すんのは男の性なんだからよ。なあクエス」


「う、うん」


「てか、なんでゴミアルファがあんな可愛い子たちに囲まれてるのか、俺はそれが一番納得できねえんだよ」


「僕もっ」


「だねぇ。もしかしたらアレじゃないかい? 大金を出してパーティーに入れてもらったとかさ」


「……まあありえそうだけどよ、ゴミアルファってそんなに金あったっけか?」


「んー、僕にはあるようには見えなかったね。あいつ服装とかいっつも同じだったし」


「「「ププッ……」」」


 三人はしばらくアルファが何故少女たちと一緒にいるのかお互いに意見を言い合ったものの、結局答えが出ずにいた。


「――そうだ、思いついたぜっ!」


「「えっ?」」


「ゴミアルファのあとをつけていってとことん妨害して、恥をかかせまくって結果的にボッチにしてやるんだよ!」


「そりゃ面白そうだねぇ、どういうやり方で妨害するんだい?」


「どうやるの?」


「ん、どうやるのかって? ちょっと二人とも耳を貸してくれ。普通に話したら興奮して声が大きくなっちまいそうだしよ」


「なんだいなんだい、もったいぶって。さっさと言いなよ」


「ホント、早く教えてよ」


「いいから耳貸せって!」


「「はいはい……」」


 渋々といった様子でジェイクに顔を近付けた二人だったが、はっとした表情をしたのち見る見る笑顔になっていく。


「どうだ? 最高の作戦だろっ!?」


「いいねえ、ジェイクの悪知恵は天才的だよ」


「僕もそう思う」


「へへっ、ゴミアルファの野郎め、今のうちに精々短い夢を楽しんでやがれ。天国から地獄に叩き落としてやる。やつの泣きっ面を見るのが今から楽しみだぜ……」

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