清掃師、準備が整う


「う……?」


 気が付くと俺は山小屋のベッドに横たわっていた。


 雪がちらつく薄暗い窓の外を見ると、どうも早朝っぽい。ってことは、あれから相当な時間眠ってたみたいだな。高い自然治癒能力があるのに最後は動けなくなってたから、瀕死といってもいいくらいヤバい状態だったわけで当然か……。


「おぉ、長い眠りから目覚めたようじゃな! ふわあ……」


「あ……」


 マリベルの声がすると思ったらベッドの下にいて、眠そうに目を擦りながら俺を見上げてきた。てかほかの子たちもその周りで横になってる。


「な、なんか悪いな。俺がベッドを占拠しちゃったみたいで……」


 マリベルたちの身長の低さを考えると、四人で寝たとしても余る広さだからな。


「いやいや、昨日のアルファの戦いぶりを見て、みんな感心しておったんじゃよ。ベッドはお主に使わせるべきだとも言っておった」


「そ、そっか……」


 よく考えたら、あのドワーフたちを押しのけてベッドを使うなんて、三日前の自分に話しても絶対に信じなかったはずだ。


「正直、ここまでやるとはわしも思わんかった……」


 マリベルが俺の手を握ってくる。やっぱりドワーフなだけあって、力強くて痛いくらいだ。


「俺も自分に驚いてる。まあ偶然も影響したけど……」


 俺が身を守ろうとしたとき、ちょうど短剣の先端が狼の口に当たったんだよな。思えばあれが転機だった。


「その偶然を呼んだのはお主の頑張りじゃよ。わしが何より驚いたのは、アルファがあのモンスターにとどめを刺さないどころか、わしに自然治癒能力を叩かせたことなのじゃ」


「あぁ、それは単純にフェアじゃないなって思ったから……」


「やつは既にルカによって勇気を精錬されとるからそんなことはないぞ? 心というのはそれだけ重要な要素だからの。一度モンスターが戦闘不能になった時点でアルファは戦いをやめてもよかったのじゃ」


「器が充分になったってこと?」


「うむ、充分というかほかの者が叩ける程度にはな。ルカ、カミュ、ユリムに叩いてもらって徐々に強化し、最後の仕上げにわしが叩くつもりじゃった。しかし……その必要はなくなった」


「えっ、それはどういう――」


「――のじゃよ。アルファがあの狼との死闘の末にとどめを刺し、使える箇所を【収集】した時点で……ハートもパワーやスピードもセンスも、さらには生き物としての魅力も、叩かずとも充分なものになったのじゃ!」


「じゃ、じゃあ……」


「うむっ、もうわしが叩くだけでよいということじゃっ!」


「お、おおっ……」


 マリベルが弾むように言い放った言葉に対し、俺は視界が一気に開けていくような感覚がした。これで俺は本当の意味で化けるのか……いや、待てよ。ハンマーには精錬する力も折る力もあるとか彼女は言ってたよな。


「ちょっと聞きたいんだけど、能力の精錬が成功する確率はどれくらい?」


じゃっ」


「……」


 やっぱり確実に成功するわけじゃないのか……。


「それって、失敗する可能性もそこそこあるってことだよね……?」


「そ、それはそうじゃ。世の中、絶対というものはないからの。さて叩くぞい――」


「――いや、ちょっと待って! まだ心の準備が……!」


 もし能力精錬に失敗したら【清掃師】っていうジョブ自体が消えてしまうわけで、確率は低いといっても大いに勇気がいることだった。


「アルファよ……そんな心意気では失敗する確率が上がってしまうぞ!?」


「えっ……」


「なんせ心の部分も器の強度を左右する重要な要素じゃからの。それが弱っているようではいかん。覚悟を決めるのじゃ……!」


「わ、わかったよ……」


 俺は深呼吸して心を落ち着けていく。いける、いけるんだ。大丈夫、大丈夫だから……。


「アルファよ……そんな調子ではダメじゃ。守るのではなく攻めるのじゃっ!」


「……」


 守るのではなく攻める、か。そういえばスノーウルフとの戦闘が楽しいと思い始めたときにそんな心境になった気がする。だからこそ自然治癒能力を叩いた状態で戦ってみたいって心底思ったんだよな。それは攻めたい……もっと挑戦したいという気持ちがあったからだ。


 あのとき、俺は確かに自分の殻を破れた気がしたが、また籠もろうとしている。そんなんじゃダメだ。守りに入るな、攻めていけ。ひたすら上を目指せ、頂上を……天辺を取ってやるんだ……。


「おおっ、よいぞ、アルファよ。お主があのときに見せてくれた逞しい眼差しが戻ってきたのじゃっ! では行くぞい、覚悟はよいかの……?」


「あぁ……いつでも来い。なんなら今すぐでもかまわない」


「やんっ……惚れそうなのじゃ……って、今のは聞かなかったことにするのじゃっ! ゆくぞおぉぉっ!」


 ゴーグルを本来の位置に装着したマリベルによって俺の頭にハンマーが振り下ろされるのがわかるが、不思議と恐怖心はまったくなかった。きっと自分自身が狼との戦いで身に染みてわかったからだろう。


 挑んで失敗することなんて大して怖くなくて、挑戦せずに失敗することのほうがずっと怖いことなのだと……。

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