清掃師、強さを実感する
『ギャンッ!?』
やつが飛び掛かってきたのと同時、俺の出した短剣の先がその脇腹を抉る。
「よぉしっ! アルファ、いいぞぉー!」
俺のカウンター攻撃が目に見えて当たるようになってきて、マリベルの声援が一層弾むような調子になるのがわかって楽しさもぐっと増してきた。
「明らかに動きがよくなってますわね。痛みを恐れなくなったというより、戦うことの楽しさが恐怖を上回ってる感じがしますわ……」
「だな。あの人間の動きも見違えるようになった。相手の動きに目が慣れてきたせいもあるのだろう」
「あと、反撃しゅるタイミングもぴったりれふっ。センスを感じましゅう」
「……」
俺の動きがよくなったのが影響したのか、マリベル以外のドワーフたちの反応もプラスの方向へ変わってきている様子。自分でも正直不思議なくらいだ。あれだけ狼が向かってくるのが怖かったのが、今じゃその瞬間を待ちわびている恋人のような気分なんだ。
『ガルル……ルルァァアッ!』
スノーウルフが飛び掛かってきて、俺はやつの動きを今まで以上に見た影響か、脇腹を深々と抉られてひざまずいていた。
「うぐっ……」
「ア、アルファッ!?」
マリベルの悲鳴がこだますのも無理はない話で、脇腹付近の傷口からは骨が覗いていて、激痛だけじゃなく呼吸もまともにできない有様だった。この激痛には強い吐き気まで伴う。だが……。
『……グ……ル、ルゥ……』
やつはそれ以上に深手を負ったらしく、最早血だまりの中で座り込んで動けずにいる様子だった。それでもしきりに唸りながら立ち上がろうとしてるが、内臓もはみ出ちゃってるしさすがにあれではもう無理だろう。
「アルファ、お見事じゃっ!」
マリベルが笑顔で駆け寄ってきた。
「……いや、まだだ」
「な、何を言っておるのじゃ……?」
「わたくしも理解に苦しみますわ。もうあの狼は死を待つだけですのに」
「ルカの言う通りだ。闘志は衰えていないが、あれでは歩くことすらかなわぬだろう」
「もう、半分お肉しゃんれしゅ。じゅるりっ……」
ドワーフたちの言い分はもっともだが、俺はまだ戦いたいんだ。
「なあ、マリベル」
「な、なんじゃ? アルファよ」
「あの狼の自然治癒能力を精錬してくれ」
「「「「えっ……」」」」
マリベルを筆頭にドワーフたちは俺の発言に面食らってる様子。
「な、何を考えておるのじゃ……?」
「頼む、俺だって自然治癒能力がなければとっくに負けてるんだし、このまま勝ってもフェアじゃない」
「……わ、わかった!」
マリベルが死にゆく化け物の頭をハンマーで叩くと、見る見るその傷口が塞がっていき、まもなく立ち上がった。
『グルル……』
「これでまた戦えるな……」
妙だった。今までこれだけ傷つけ合ってきたのに、俺はやつとの間に友情染みたものさえ感じるようになっていたのだ。
「本当に変わった人間ですこと……」
「実に面白い人間だ」
「変なにょー」
「アルファ、ファイトなのじゃっ!」
しかも今の俺には、化け物と対峙しつつドワーフたちに軽く手を振る余裕さえある。
『グルルァァアッ!』
「やっと来たか」
俺は飛び掛かってきた狼に対し、そのタイミングで待ちきれずに自分から向かっていった。
「――……はぁ、はぁ……」
気付けば、俺の足元には今まで死闘を繰り広げてきた狼の死骸が転がっていた。勝った。遂にやっつけたんだ。この俺が、一人で……。
やつはあれから何度でも立ち上がり向かってきたが、もうその気配は微塵もない。動かなくなったやつの体に刃を入れて牙や爪、毛皮等を丁寧に切り取っていく。いつもやっていたはずの作業だが、自分の手で倒したためかずっと充実感があった。
今までの人生、思えば逃げっぱなしだった気がする。自分なんかゴミを拾う役割に過ぎなくて、それ以上でもそれ以下でもないと決めつけていた。でもそれは狭い枠の中に自分を嵌めてしまって、可能性を自ら捨てていたに等しいんだ。挑戦することから目を背けていた。
それに、俺は自分を主張することで誰かを傷つけてしまうような気がして、そういうところからも逃げてしまっていた。自分を主張できずに自分を傷つけることはできるのに。それがいかに愚かなことかはこのモンスターだってよく知っている。生きるために全力で戦っていたし、俺も死にたくないから必死に戦って勝利した。
殺して、活かす。その苦労とありがたみをこの手で実感したとき、俺は今までよりもほんの少しだけ強くなれたような気がした。
「よくやったぞ、アルファ。やっぱりわしが見込んだ通りの男じゃっ!」
「……ま、まあ頑張りは認めますわ……」
「良いものを見せてもらったぞ、人間」
「まあまあでしゅたよ、人間しゃんっ」
「……みんな、ありがとう。俺も自分を褒めてやりたいよ。もう、しばらく立てそうにもないけど……」
俺はいつしか大の字に寝っ転がっていたわけだが、『アバランシェ・ブレード』の上空が、いつもと同じ空のはずなのにまったく違って見えるのでとても不思議な気持ちだった……。
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