清掃師、神スキルを試す


「あっ……」


 なんだ? ハンマーで頭を叩かれたとき、派手な火花が上がったような……。


「むむっ……!?」


「……」


 ゴーグルを外して、いつものように頭に装着したマリベルが緊張したような顔を近付けてきた。まさか、失敗なのか……?


「むぅぅ……よしっ、精錬によって一度凹んだアルファの能力が見事に立ち上がってきておる。成功なのじゃあっ!」


「お、おおっ……!」


 よく耐えてくれた、俺の能力の器……って、なんかやたらと体が熱くなってきた。汗も出てないのに血が滾るかのようだ。


「これでアルファは、新たなスキル【一掃】を得たのじゃ」


「【一掃】……?」


「うむっ、人間界では存在自体ありえないほど強力な神スキルといえる。それを使いこなせればの話じゃが……」


「一体どんな効果……?」


「大雑把に説明するとじゃな、お主の近くにある様々なものを、見えないものまで払いのけることができるスキルじゃ。本来の意味での払う以外、完全に消すのではなく一時的に取り除くものと覚えておけばよい」


「……」


 なんか凄そうだが、いまいちピンと来ない。


「そんな不安そうな顔をするでない。物は試しじゃ!」


「え、まさか……」


 ――そんなわけで、俺はまたしても山小屋の外に連れ出され、同じようにカミュが連れてきたスノーウルフと対峙させられていた。


 まるでループしたかのようだが、昨日とまったく違う点は俺が最初から自信を身に着けているというのと、【一掃】という神スキルを習得していることだろう。


『ガルル……』


 例によってルカにハートを鍛えられた狼が、対峙した俺に向かって唸ってくる。


「まったく……どうしてわたくしがこんな面倒なことをしなければなりませんの? この下等生物がモノにならなければ一生恨みますことよ……」


「そう言いつつ、ルカはノリノリだったのじゃっ」


「そ、それは仕方なく演じてみせたのですわっ! たかが下等生物相手とはいえ、大人げないと思われたら嫌ですもの……」


「ふっ、ルカどのも素直ではないな。我は昨日大いに楽しませてもらったから、今日も期待しているぞ、人間」


「ユリムも、暇潰し程度には楽しませてもらいまふうー」


「……」


 少しではあると思うが、マリベル以外のドワーフの俺に対する期待値も変わってきている様子。でも、冷静に考えるとこれは物凄いことなんだ。


 当時人類最高といわれていた登山者パーティーが、Aクラスの迷宮山でエルフから人間狩りに遭い、一瞬で壊滅してしまったという記録が残ってるくらい力の差は歴然としてるわけだからな。


 ドワーフはエルフ並みかそれ以上の力を持ってるとされていて、塩対応されるのは当然というか生温いレベルと断言してもいいくらいだ。


『――グルルァッ!』


 狼が飛び掛かってきたので避けたわけだが、掠り傷一つつかなかった。それが物足りないと思えるから不思議だ。ただ、今回は戦闘というより【一掃】スキルの実験の意味合いが強いからな。


「アルファよ!【一掃】スキルを有効に使いたければ相手の意思を感じるのじゃ! お主の範囲に入ってくるなんらかの意思をっ!」


「……」


 マリベルの声が頭の中で何度も再生される。相手の意思を感じる、か……。


『ガルルッ……ギャンッ!?』


「はっ……!?」


 信じられないことが起こった。飛び掛かってきたはずの狼が、俺の目前で見えない手に弾かれるようにして叩き落とされたのだ。これは……そうか、わかった。俺はきっと無意識のうちに、襲い掛かってきた狼を払いのけたいと考え、それによって狼は俺の近くから【一掃】されたというわけだ……。


『グッ……グルルルァッ!』


 それでも、勇気が精錬された闘志の塊は果敢に飛び掛かってきた。


「ア、アルファッ!?」


『グルルル……』


 マリベルが悲鳴にも似た驚きの声を発するの当然か。俺は狼に上腕部を噛みつかれ、熱い吐息を伴う唸り声をすぐ近くで聞いていたのだから。


「アルファ、まさかお主……」


 俺はマリベルたちに向かって無理のない笑みを届けることで解答してみせた。そう、俺はやつに噛みつかれたことによる痛みを【一掃】したから全然痛くなかったのだ。一時的とはいえ、その間に自然治癒能力で回復するからなんの問題もない。


「あらあら、下等生物の割に中々洒落たことをなさいますのね?」


「咄嗟にああいうことができるとは、マリベルどのが認めるだけある……」


「カミュよ、今更アルファをわしから奪おうと思っても遅いぞっ!」


「な、何をバカな……」


「あー、カミュしゃんったらお顔が赤いにょー」


「くっ……ユリムどのめ、我の顔が赤いだと……!?」


「……」


 なんか周りが盛り上がってるが、そんなことが気にならないくらい俺は今この【一掃】という神スキルに夢中になっていた。


『ギャンッ!』


 やつの体を払いのけて距離を取る。その際に痛みは戻ってきたが、自然治癒能力によって傷とともにすぐに消えた。このスキル、痛みまで払えるから面白いぞ。極めれば、まさに神スキルなだけあってできないことなんてなくなるんじゃないか? 俺は昨日以上にわくわくしていた。絶対に極めてみせる、この【一掃】という最高のスキルを……。

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