清掃師、現実を疑う


「――う……」


 途絶えていた意識が徐々に戻っていくのを感じる。なんだか暖かいな。ここは……どこだ? 見慣れない木製の屋根と壁、暖炉の火が見える。


「おっ、ようやく目覚めたようじゃな」


「え……?」


 意識とともにぼんやりとしていた視界が回復していく中、俺はこの状況を疑わざるを得なかった。ベッドの上で全身包帯にぐるぐる巻きにされた自分が、四人の少女たちに囲まれていて、しかもその手にはいずれもハンマーが握られていたのだ。


「なっ……ななっ!?」


 確か、俺……迷宮山の『アバランシェ・ブレード』で特異な自然現象に巻き込まれたんだよな? この子たちが救助してくれた……? てか、なんでみんな揃いも揃ってハンマーなんか持ってるんだ。しかもかなり大きめの……。


「しかし、まだこの者の治りは悪そうだな。所詮は人間か」


「ですわねえ。わたくしたちと違って下等生物ですから仕方ないのかもしれませんけれどっ」


「そうれふねー」


「……」


 まだ明瞭とまではいかない視界の中、四人の女の子たちが俺について何かひそひそと言い合ってる様子。内容から察するに、この子たちは人間とは違うっぽいな……。


「これでも回復したほうじゃ。酷い怪我だったからのー。大分具合もよさそうだし、もうちょっと叩くかの?」


「……え……?」


 白髪頭にゴーグルをつけたポニーテールの子が、ハンマーを俺に向かって振り上げるのがわかった。


「え、ちょっ……!」


「じっとしておれ! 死にはせん! 多分……」


「う……うああぁぁっ!」


 自分の顔目がけてハンマーが振り下ろされるのが見えて、俺は意識を手放した……。




 ◇◇◇




「あー、危なかったぜ……」


「だねえ。肝を冷やしたなんてもんじゃないよ……」


「ふう。僕もさすがにヒヤヒヤしたよ……」


 スパイダーロープをたどり、命からがら地上――『アバランシェ・ブレード』の麓――まで戻ってきたジェイクたちが、互いに安堵した顔を見合わせていた。


「しっかし、まさか本当にゴミアルファの言う通りになるなんてなあ……」


「た、たまたまだよあんなの」


「僕もレイラに同意するよ。アルファは恐ろしさのあまり帰る理由を必死に探してて、それが偶然的中しただけだと思う」


「ま、救いようのないヘタレだしクエスの言う通りだろうな。はー、そう考えるとむかついてきたぜ。元はといえば疫病神のゴミアルファのせいで自然現象に巻き込まれたともいえるしよ」


「「うんうん」」


 それからまもなくクエスがはっとした顔で周囲を見渡す。


「あれ……? そいうや、荷物はあるのにあいつだけ降りてきてないみたいだけど?」


「ん、あ、ああ。まあ元々どうしようもなくとろいやつだし、寸前で足が縺れたかなんかで逃げ遅れちまったんだろ!」


「あいつらしいねえ」


「だねっ」


「おいおい、レイラ、クエス……少しは悲しんでやれよ……」


「そ、そりゃ一応仲間なんだけどねえ」


「う、うーん……」


「ま、俺の気持ちも多分お前らと同じだけどな? 疫病神の無様な死に乾杯っ!」


「「乾杯!」」




 ◇◇◇




「――っ!?」


 俺は気付けばベッド上で上体を起こしていた。一瞬夢かもしれないとも思ったが、意識がなくなる前と光景はなんら変わらないように見える。


「……あれ?」


 その代わり俺の体には大きな変化があった。いつの間にか、体中に巻かれていたはずの包帯が全部取れていて、その上痛みもなく体を動かすことができる状態になっていたのだ。確か、俺は満身創痍状態だった上にハンマーで顔を殴られたはずじゃ……?


「――ホッホッホ……」


「……へ?」


 笑い声がして恐る恐る振り返ると、ベッドの真後ろには頭にゴーグルをつけた白髭の爺さんがいた。


「……あ……あ……」


 人の子のような低身長に加え、斜め下方向に垂れた太い耳はどう見ても人間のものじゃなく、登山していたときに目撃したドワーフだとわかる。やっぱりあれは目の錯覚なんかじゃなかった。紛れもなく本物だったんだ。俺は背中に冷や汗をたっぷりとかいていた。こ、殺される……。


「その様子だと、かなり回復したようじゃのー」


「え……?」


 ドワーフの爺さんがニヤリと笑ったかと思うと、その姿をまったく違うものに変貌させた。


「あっ……!」


 それは、意識を失う前に俺の頭にハンマーを振り下ろした少女だった。人間……? いや、よく見ると耳はドワーフのものと変わらないし、俺を驚かすために爺さんの姿に変身していたっぽいな。


 まだ心臓がバクバク言ってるが、殺す気ならとっくに殺してるだろうし助けてくれたんじゃないかと何故か冷静に判断することができた。立て続けにとんでもないことに巻き込まれたからか、精神的にさらに鍛えられたのかもな……。


「あ、ありがとう、ドワーフさん……」


「ほう、わしがドワーフだとわかるのにびびらずにお礼まで言うとは。やはり見込みがありそうな人間じゃの。どうやら賭けはわしの勝ちのようじゃなっ!」


「えっ?」


 ドワーフの少女は胸を張るようにして得意げに笑った。賭けってなんだ……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る