清掃師、置き去りにされる
「……あ……」
第一セーブポイントを発ってしばらく歩いたとき、俺は立ち止まった。どんどん視界が悪くなっていくだけじゃなく、身を切るような風の強さも感じたんだ。やはりこれはおかしい。特異な自然現象が起ころうとしているとしか思えなかった。
「みんな、やっぱりおかしい――」
「――うるせえんだよゴミアルファ! とっとと歩けっ!」
「ったく、本当にいちいち鬱陶しい男だねえ! このまま第二セーブポイントまで着かなかったらあんたのせいだから覚えておきな!」
「もうこいつ、駄々をこねるガキンチョとなんら変わらないよねっていう……」
「「「ププッ……」」」
「……」
みんな聞く耳すら持ってくれなかった。仕方ない。底辺ジョブの俺には発言権なんて一切ないんだ。もうあきらめよう。そう思って歩き始めたときだった。前方に何か光るものが見えた。
――ズザザッ。
「「「「えっ……?」」」」
その直後、俺たちのすぐ近くにあった木に何かが突き刺さったのがわかる。恐る恐る見ると、それは巨大な剣のような氷塊だった。
「な、なんだよこれ!?」
「い、一体何が起こったんだい……!?」
「ま、まずいような気がするんだ、僕は……!」
「みんな、よけて!」
「「「はっ……!?」」」
まもなく木が斧で切り倒されたかのように落下してきた。それは避けることができたものの、またしても氷塊がすぐ頭上を通過していったのでみんなと頭を抱えながら伏せる格好になる。
今の……滅茶苦茶危なかった。ちょっとずれていたらみんな死んでいたかもしれない。凄いスピードだったから避けるどころか驚く暇さえなかった……。
「これは……やっぱり例の特異な自然現象だ……」
「「「えっ……!?」」」
俺の予感は当たったわけだけど、それはすなわち最悪の状況になってしまったということを意味していた。『アバランシェ・ブレード』という山の名前が示すように、まさに氷の刃による雪崩のような現象が起こってるんだ。
「ど、どうするんだよ畜生っ!」
「あ、あ、あたいこんなところで死にたくないよっ!」
「ぼ、僕もだっ……!」
「……」
あれだけ威勢がよかったジェイクたちが涙目で慌ててる。俺も頭が真っ白になりそうだったけど、必死に堪えた。ここで自分が冷静にならなきゃそれこそ終わりなような気がして。
「……はぁ、はぁ……そ、そうだ、ロープだ、スパイダーロープだ……!」
「「「……っ!」」」
俺の言葉でみんなの目に希望の光が宿るのがわかる。
荷物から取り出したこの蜘蛛は魔道具の一種で、放つと宙で特殊な蜘蛛の巣を張って糸を垂らし、それをたどることで地上へと帰還できるんだ。それまで少し時間がかかるとはいえ、命綱のようなものだからかなり重要なアイテムといえるだろう。
「おい早くしろゴミアルファ!」
「早くしなっ!」
「ノロマすぎるって!」
「……」
今放ったところなのに……もうみんな強気に戻ってて腹が立つけど、今はそんなことを気にしてるような状況じゃない。魔道具の蜘蛛は俺が投げてすぐ宙で止まって巣を張り巡らせると、シュルシュルと糸を垂らしてすぐに地面まで届いた。よし、これをたどっていけば地上へ帰ることができる――
「――どきなっ!」
「うっ!?」
俺はレイラに後ろから体当たりされて地面を転がる。おいおい、ここまでやるのかよ……。
「ジェイク、クエス、お先に失礼するよっ!」
レイラがロープをたどり、地上に溶けるようにして消えていくのが見えた。俺も早く行かなきゃ。
「僕もっ!」
「ちょっ……レイラとクエスの馬鹿野郎! 俺を置いていくんじゃねえっ!」
「うぐっ……」
クエスとジェイクに立て続けに踏まれて、俺は腹部を押さえながら立ち上がろうとするができない。早く行かないとスパイダーロープが消えてしまうのに……。
「――っと、忘れてたな」
「……え?」
一度帰還したはずのジェイクがにんまりとした顔で戻ってくる。まさか、俺を助けてくれるのか……?
「オラッ!」
「がっ!」
ジェイクに強く顔を蹴られたかと思うと、背中の荷物を奪われていた。
「へへっ……これを置いていくところだったぜ。あばよ、ゴミアルファ! お前はこの荷物以下の価値しかなかったってことだっ!」
「……い、嫌だ……置いていかないでくれ……!」
ジェイクが笑い声を上げながら地上に降りていった直後、スパイダーロープが徐々に消えていくのがわかる。もうすぐ時間切れだ。早く、早く……。
「――え……?」
朦朧とする意識の中、手を伸ばすも糸は消えていて、その代わりのように前方に怪しく光るものが幾つも見えた。
「……あ、あ……」
自分の歯がガタガタと鳴り響く。い、嫌だ、まだ死にたくない。こんなところで死にたくない……。こうなったら早く逃げなきゃ……。
「うぐ……」
俺は這って進むのが精一杯だった。だ、ダメだ、このままじゃやられる――
「――っ!?」
振り返ると、幾つもの鋭利な氷塊がすぐ目前まで迫ってきているところだった。
「う……うわあああああああぁぁぁっ!」
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