第12話『決着と契約』
自ら放った雷魔法に身体中を貫かれながら、ファフニルは驚いていた。
その理由はセブンが竜の背に乗る直前の光景にある。
まさかあんな方法で《雷神の矛》を防ぎ、よもや
ファフニルの不可避の雷がセブンに寸前、彼が叫んだのを竜は確かに聞いた。
「《紫電よ覆え》!」
二本の稲妻がセブンに落ちたように見えたのは、見間違えではなかったのだと竜は改めて確信する。
セブンは、ヤツは雷魔法を放った。
それも己に。
自傷覚悟でその身を雷の膜で覆うために。
直後にファフニルの雷魔法の直撃を受けた——ように見えたが、規模は違えど同系統である雷魔法。
竜の攻撃のほとんどは既に帯電しているセブンの表面を流れただけだった。
——それだけに留まらず、二発目の雷魔法を竜に向けて放ったのだ。
それ自体は堪えられる威力。
だが、セブンのつくった雷の道を伝導してきた《雷神の矛》は話が別だ。
それも、ファフニルが死なないように、ある程度その威力が地に逃げたことすら計算されていたのだから。
——見事。
痺れて尾の先端すら動かせぬ状態で、竜は思う。
一瞬でも魔法発動の機会を逸すれば、セブンの身体を包む雷の膜は地に流れきり、竜の放った極大の稲妻によって、炭化した姿でそこに斃れていただろう。
それが成功しても、竜に向けて『逃がしていなければ』同じ結果になっていた。
良いだろう。
この我の背に乗ることを許してやる。
ファフニルはセブンを認めた。
間もなく青年は、彼の竜の背に降り立つ。
……しかし、だ。
まさか、この我の背に
意味深に笑う竜の顔を、セブンはついぞ見ることはなかった。
◆ ◆ ◆
「……どういうことだ」
俺は腕を組みながら目の前の竜に問いかける。
「なんのことだ?」
俺の問いかけに、ファフニルはあからさまに白を切った。
そっぽを向き、煮え切らない態度をとる竜に俺ははっきりと告げる。
「なんで俺とお前との間に『契約』が結ばれているのかと聞いてるんだ!」
「セブン様、落ち着いてください」
クロさんが喚いた俺をなだめようとする。
腕の怪我のためにとツルキィに貰ったポーションをクロさんに使い、彼女は動き回れる程度まで回復していた。
彼女たちの特性から考えれば、必要なかったかもしれないけど。
「落ち着いてられないよ」
——俺はこのファフニルと、その背に乗れば勝ちという条件のもと戦い、勝利を収めた。
そこまでは良かった。
だが、その背に乗ってすぐに妙な光に包まれたのだ。
最初はファフニルの抵抗によるものかとも思ったが、特に痛みもなく光は消えた。
ファフニルも潔く敗北を認めたので、俺はクロさんを回復させに戻ると、
「セブン様、それは——!」
「ん? ——なんだこれ?」
彼女が俺の右手を指差し、口をパクパクさせるので、その甲を見てみると、なるほどたしかに見覚えのない紋様が。
「……契約紋」
「契約紋!?」
オウム返しにしながら俺は目を剥いた。
知識はあまりないが、言葉通りそれは他者との契約の証だ。
誰との? なんて、考えるまでもない。
クロさんでない以上、残るは一人しかいない。
——そして今に至る。
「そうだぞ、落ち着けセブン。いや——
にやり。
——こいつ、やはり上位者は俺か。
「いますぐ契約を解け。俺はお前を支配したいわけじゃない」
それは俺の本音だった。
ファフニルを従属させるために戦いを挑んだのではない。
「主人がセブン様なのであれば、こちらから契約破棄できるのでは?」
「ああ、俺もそう思ったんだが……できないんだ」
——そう。クロさんの言う通りなはずなのだが、なぜかできない。
恐らく先ほどからにやついているこの黒い竜がすべてを知っているはずだ。
「その通り。我の意志がなければ破棄できないようになっているぞ?
しかし、ご主人もたいがい変わっておるなぁ。竜と上位契約している者などこの世に二人といないというのに、それ嫌がるとは」
してやったり、と言わんばかりに野太い声で笑うファフニル。
「あのなぁ——」
俺がひとこと言ってやろうとするのを、不意に笑いを納めて、竜は遮った。
「諦めろ。竜とはそういうものなのだ。『
「……」
かの竜にそこまで言われてしまうと、俺もこれ以上強く言うことはできなかった。
俺はひとつ息を吐くと、意を決して竜の顔を見つめた。
「——わかった。これからよろしくファフニル」
俺は右の手を差し出す。
「……ああ。よろしく頼む、ご主人」
俺のその所作に、黄色い瞳を大きく開き、竜はその巨大な前足を浮かせ爪の先端で器用に手の平に触れてきた。
「よし、《拓かずの森》へ戻ろう。ファフニル、お前も一緒にな」
「我も? ……いいのか?」
意外そうに目を丸くするファフニル。
「むしろ来てもらわないと困る。
そもそも俺たちはお前が森を怖がらせるのを止めるために来たんだ。口だけじゃお前が森を襲わないって証拠にならないし」
「我が森を襲っていた? そんなことは……」
「お前が来るたびに、森族みんな怯えてたらしいぞ」
「……ケリュネアの奴が、我が森に行くたびに不機嫌だったのは我が原因なのか?」
ファフニルは声の調子を落とし、しゅんとうな垂れる。
今だから分かるが、恐らくファフニルは《森の王》に『遊びに来た』みたいなことを言っていたのだろう。
力の権化である竜の言葉を、誰もそのまま鵜呑みにすることなんてできない。
「そう落ち込むなよ。言っただろ、これからその誤解を解きに行くんだ」
「——! すぐに行こう、早く背に乗れ!」
途端、ファフニルは元気を取り戻すと、俺とクロさんに背に乗るように促す。
興奮に尾が揺れるその様を見ると、さっきまでそれが恐ろしい凶器にさえ見えていたのが嘘のように思えた。
「はは、落ち着けって。クロさん、行こうか。……クロさん?」
いつまでも彼女からの反応がないのを疑問に思い、振り返る。
そこには——。
「——」
——どうやら今日はクロさんの色々な面が見られる日らしい。
顔中に汗を滲ませ、目を泳がせる彼女の姿があった。
「……クロさん、もしかして高いところが苦手なのか?」
いや、王城の窓辺でも、谷の上に居ても彼女が怖がる様子はなかったような。
「い、いえ。自分の足が地についている場所であれば、どれだけ高かろうと動じることはないのですが……」
「ですが?」
兜をしていないせいか、初めての表情ばかり見せるクロさん。
感情と共に動く『それ』は彼女のその精悍な美貌とのギャップを感じさせ、魅力を引き立てている。
口にするのが恥ずかしいのか、彼女はしばらく間を開けてから言った。
「……幼少の頃、怪鳥の巣に卵を盗みに行ったとき。
親鳥に鷲づかみにされ、空から落とされて以降、何かに身を預けて浮遊感を感じるのが苦手でして」
なるほど、だから俺が抱えて跳んだときも悲鳴を上げたのか。
「そっか。ファフニル、俺たちやっぱり——うわっ!」
歩いて戻る、と告げようと竜へ視線を向けようとすると猛烈な突風が吹き抜ける。
思わず閉じてしまった目を開けると、そこに竜の姿はなかった。
「ああっ!?」
悲鳴と驚きの入り混じったクロさんの声。
ファフニルはどこへ消えたのか?
クロさんになにがあったのか?
その疑問の答えを、俺は同時に知ることになった。
一瞬の衝撃。
何とも言えない柔らかさと固くひんやりとした感触。
そして浮遊感。
——次の瞬間、俺は空にいた。
すでに地面は遥か下にあり、まるで飛矢に乗っているかのように景色が流れていく。
「なにをごちゃごちゃと話しておる! 善は急げという言葉を知らんのか?」
上の方からファフニルの声が聞こえる。
「——————!!!!」
横を見れば声にならない叫び声をあげているクロさんの姿が。
どうやら、しびれを切らしたファフニルがその前足の中に俺とクロさんを納め、飛び発ったようだ。
「クロさん、身じろぎすると危ないし、胸が……って聞いちゃいないか。
——しかしまあ」
空を飛ぶっていうのは、気持ちが良いな。
《拓かずの森》に辿り着くまでの間、俺はクロさんの胸の感触と、初めての空を堪能した。
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