第7話『《森の王》と木の繭の中で』
泣きじゃくるツルキィをクロさんがどうにかなだめすかし(慣れない子供の扱いに悪戦苦闘する彼女を生暖かい目で眺めていたのは内緒だ)、俺たちは彼女の案内のもと《森の王》と会うために森の中を進んでいた。
森はすっかり落ち着きを取り戻しており、ツルキィ以外の人型魔族たちが生活をしている様子を見ることができた。
動物の肉をさばく者、木の蔓で何かを編む者、武器の手入れをする者。
彼らの住居もちらほら見え、その中には
そこには俺たちと変わらない暮らしを営む姿があった。
森族であるツルキィを連れているからなのか、《森の王》からお達しでも出ているのか、他の魔族たちが俺たちに気がついても問題は起きなかった。
——ただし、
くいっ。
——ざざざっ!
すっ。
——びゅんっ!
くわっ!
——ばたばたばたっ!
俺の一挙手一投足に彼らは異常に反応を示す。
ある者は、平伏し。
ある者は、逃げ出し。
ある者は、卒倒した。
それは案内をしてくれる少女も同じで——、
ぶるぶるぶるぶる!
「……そんなに怯えなくてもいいだろツルキィ」
「ひぃう!」
「よしよし」
俺が話しかけただけで怯え、魔狼レタル―の背に乗ったまま、隣にいるクロさんにひしと抱きつくツルキィ。
自業自得とはいえ、すっかりドワーフの少女に苦手意識を持たれ、少し寂しさを覚える。
反面、クロさんは信用を勝ち取ったようで、自分にしがみつくツルキィにまんざらでもない雰囲気を滲ませ、少女の頭を撫でている。
……兜で顔が見えないからなんとなくだけど。
さっきまであわあわしてたのに。——まあ、俺のせいなんだけど。
「……なにか?」
俺が心の中で呟いた瞬間に兜を鳴らし、こちらを見るクロさん。
「なんでもありません!」
視線から心を読まれた!?
俺も故郷での生活のせいでそれに近いことはできるが、心までは読めない。
今度聞いてみよう。
俺はクロさんから視線を外し、様々な反応を見せる魔族たちを眺め、まるで自分が遥か遠方に棲むという彼らの主、《魔の王》にでもなった気分だ、なんて思っていると——、
「——っ! つ、ついたよ!」
ツルキィが上ずった声で目的地への到着を告げた。
「これは……」
クロさんは静かに驚いているように見えた。
かくいう俺も、思わず目を見張ってしまっている。
「この中に《森の王》が……」
森の中にあって、その場所はひときわ異彩を放っていた。
俺たちの前に現れたのは木の根や蔓が絡み合ってできた巨大な球体。
さながら『木の繭』と言ったところか。
まるで『何か』を求めて草木がそこら中から殺到しているようにも見える。
繭の隙間からは白い光が満ち溢れ、中の様子を窺うことはできない。
『よくきました。さあ、入ってきてください』
俺たちの来訪を感じ取ったのか、再びどこからか『声』が響いてくる。
「ああ」
もはや動じることはなく、返事をして俺は進み始める。
だが、すぐに背後の二人の気配が動かないことに気づく。
「どうしたんだ、二人とも?」
振り返ると、明らかに二人と魔狼の様子がおかしい。
「ボ、ボクとレタル―はここまで」
「申し訳ありません。私もここで待たせていただきます」
二人とも俺ではなく木の繭の方を見つめ、まるで何かに圧倒されているように引け腰だった。
レタル―はぺたりと腹を地面につけ、座り込み動こうとする気配が全くない。
繭の方になにかあるのか?
俺が再び繭の方を見やると、疑問に答えるように《森の王》の言葉が耳に届く。
『その二人がこの中へ入ることは難しいでしょう』
「なぜ……いや、二人はここにいて平気なのか?」
俺は二人を見ながら《森の王》に確認する。
『ええ』
「恐らくこれ以上近づかなければ問題ありません」
「うん。ボクたちじゃ中の『力』に堪えられないからね」
……力に堪えられない?
疑問は残るが、俺は二人の言葉を信じ、繭の中へ入ることにした。
「わかった。少しの間、待っててくれ」
申し訳なさそうに深く腰を折る一人と、苦笑して頷く一人を置いて、俺は
◆ ◆ ◆
意外なことに木の繭の内部にまで植物は溢れてはおらず、空洞になっていた。
まるで内側を満たす光が、これ以上の侵入を阻んでいるかのようにも見える。
それになんだ? 入った瞬間に妙に身体が暖かく——、
「ようこそ、この森の力の根源である《核》へ」
「!?」
不意に俺の頭上から声が降ってくる。
先ほどと違い、今度ははっきりとその声を音として感じ取ることができた。
ばっ、と上を見上げると——そこには巨大な牝鹿が四本の足で立ち、俺を見下ろしている。
その身体を覆っているのは体毛ではない。
俺にはそれが樹皮のように見えた。
まるで永い年月を刻んだ老齢の巨木が絡まり、折り重なった末に一個の生命となった——そんな姿がそこにあった。
唐突に現れた巨躯。
さっきまで間違いなくそこには何もいなかったのに。
これだけ巨大な魔族が目前に迫るまで、音も、気配すらも感じることができなかった。
「あんたが《森の王》ケリュネアか?」
「そうです。正確には《森の王》などではありませんが……あなたは?」
その言葉の真意はわからない。
が、俺は巨鹿を見上げながら名乗る。
「俺はセブン。つい先日、この国の新しい王になってしまった人間だ」
「……ほう、先王はついぞこの地を訪れることはなかったというのに。代替わりをしてすぐにここへ訪れるとは、どういった用向きですか?」
俺が自らを王だと名乗った途端に、ケリュネアの言葉から苛立ちにも似た気配が漂い始める。
この《拓かずの森》はこの国が興る前からあると聞いた。
その口ぶりから、ケリュネアはこの森が生まれたときからずっと森を守ってきたのだろう。
過去の経緯からすれば、その心中を察するに余りあった。
だがそれよりも先に聞かなければならないことがある。
「悪いが先に外の二人の様子の理由を聞きたい」
大丈夫とは言っていたが、理由によっては離れた方が良いかもしれないし。
「……いいでしょう。——彼女たちは本能的に恐れているのです」
「恐れている?」
恐怖を感じるようなところがあっただろうか?
俺は先ほどの光景を思い出すが、全く恐れる理由に心当たりがない。
「この場所は凄まじい量の精霊たちが渦巻く溜まり場となっています。精霊とは少なからず『力』を持つ存在。つまり、この中は彼らを認識できる者からすれば、嵐も同然なのです」
「ここに大量の精霊、ね。たしかに、見えない俺には恐れようもないか」
精霊もそうだが、今でも嵐の中なんて感覚は全く感じられない。
「そうでもありません。あなたはこの空間に満ちる光が見えているのではないですか?」
「? ああ、見えてるけど——」
「その光は精霊そのもの。普通は見えない精霊が可視化されるほどに集まっているという証、と言えば、この場所の凄まじさが分かりますか?」
「この光がすべて精霊!?」
この広大な空間を満たす光ぜんぶが精霊だとすれば、それはどれほどの——、
「彼ら精霊は、無自覚に力を分け与える優しき者。しかしそこに善悪の頓着などありません。小さき器が、この中のほんの一部からでも力を注がれてしまえば、どうなるかなど自明の理。
言葉なくとも彼女たちはそれを感じ取っていたのです。それは精霊が見えぬ者でも同じなのですが。——
「……鈍感なんだよ。この中に入ったとき身体が暖かくなるのは感じたが」
「鈍感の一言で済まされる次元ではありませんが……。しかも、あなたは精霊に好かれてもいるようだ」
すっ、とケリュネアは大きな木の洞ような眼窩の奥。その赤く光る眼を細めた。
「俺が精霊に?」
今までそんなことを感じたことなんて一度もないな。
「ええ、あなたが入ってきた瞬間から多く精霊たちが殺到し、今も群がっています。
もし、精霊の力を借りる術を身に付ければ、良き《奏者》となれるでしょう」
ではこの暖かさは、精霊が力を与えてくれているってことのなのか。
魔力とは違うのか?
「とりあえず、外にいれば精霊の影響は受けないってことなんだな」
「その通りです」
「そっか、ありがとう」
俺はケリュネアに礼を言う。
「……いえ」
ケリュネアの瞳の光が大きくなる。
その様子はまるで意外なものを見ているかのようだ。
さて、これでようやく本題に入れる。
怒らせるのは怖いが、ここで目的を偽っても意味がないので率直にいこう。
「ここに来た目的は……大方予想がついてるだろうけど、俺はこの森の一角を農地として利用させてもらいたい。
そのための交渉をしたくてここへ来たんだ」
「……意外ですね。あなたが初めてですよ。『交渉』などと口にしたのは」
その言葉には皮肉が込められているのだろう。
「言いたいことは分かる。過去の王たちは問答無用でこの土地を奪いに来たんだ。赦してもらえるとは思わないがせめて謝らせてくれ。——済まなかった」
俺は再び誠意を込めて謝罪しケリュネアに頭を下げる。
「……色々と、あなたは過去の王とは違うようですね。——わかりました。ひとまずその謝罪は受けましょう」
「! ありがとうケリュネア」
和らいだ巨鹿の気配に俺は顔を上げ、ほっと息を吐く。
心なしかその表情は穏やかになったようにも見えた。
正直、いきなり襲い掛かられても仕方ないと思ってたからな。
俺は少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「しかし、それとこの土地の話は別です。ここは『彼の者』が《精霊の王》に願い、その命を対価に与えられた地。易々と利用させるわけにもいきません」
それも束の間。再び彼女(性別などあるか分からないが)は声を固くしていう。
『彼の者』? 《精霊の王》への願い?
さっきから《奏者》だのよくわからない言葉が出ているが、気にするのはあとだ。
「ああ。だからこその『交渉』だ」
俺はにっと笑みをつくり、挑むようにケリュネアを見やる。
「なるほど。して、この森に対してどれほどの対価を提示してくれるのですか?」
ここに来るまでに色々と考えたが、やはり森族へ今の俺たちが差し出せるものはあまりにも少ない。
それこそ奪うのが
だがそれは、彼女との『約束』と俺の『計画』から最も遠い、忌むべき手段。
しかし実を言えば、俺が今から行うのは『交渉』とすら呼べない。
考えた俺自身もどうかしてると思ってる。
『伝説』を対価にするなんて。
「——あんたたちは今、困っていることがあるんじゃないか?
たとえば——『竜』に脅かされているとか」
「! ——まさかっ!?」
ここまで落ち着き払った態度を示してきた《森の王》がその声を荒げた。
「助けてやるよ『竜』脅威から。それが対価だ」
——『まさか』はこっちのセリフだ。
などと思っている内心をおくびにも出さず、俺は堂々とした態度でケリュネアに告げた。
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