ヤンデレラの目覚め

 わたしはエラ。

 今はそんな名前だけど、大きくなったらシンデレラっていう、お姫様になる運命。

 けれどそれは、酷く辛い思いをしなければ手にすることができない。

 そんな運命が、わたしは辛かった。

 だって、報われると知っていても、辛い思いなんてしたくなかったから。


 そして今夜、お母さまが亡くなる。わたしの「運命の書」には、そう書いてある。

 それがとても辛くて、悲しくて、わたしは家を飛び出した。

 ひたすら走って、疲れて、わたしはいつの間にかカボチャ畑に来ていた。カボチャを見ていたら、なんだか涙が溢れてきた。

 どうしてだろう?なんて思ったけど、理由なんてわからなかった。


 暫く泣きじゃくっていたわたしが、彼と出会ったのは、そんな時。

 泣きじゃくっていたわたしに、彼は声をかけてくれた。わたしの運命の書に、そんな出来事があるなんて書いてなかった。

 だから、無意識にフェアリー・ゴッドマザーの名前を出してしまった。

 彼―エクスは、不思議そうな顔をしていたけど。


 それから少し話をして、また会うと約束して、お母さまが、死んだ。

 そして半年後、辛い日々が始まった。


 お父さまは「ご主人さま」になって、「おじょうさま」と「おくさま」に虐められて、わたしには雑用を押し付けられて。

 そんな日々が辛くて、少しだけ抜け出した。


 向かったのは、あのカボチャ畑。そこには、エクスはいた。

 わたしの運命にも、誰の運命にもいないエクス。

 けれど一生懸命なエクスは、わたしを見てとても驚いていた。

 わたしの今を聞いたエクスは、信頼できる人に頼もうって言ってくれたけど、わたしにはできなかった。

 だって、運命では、報われるハズなんだから……



 あれ?どうしてわたしは、自分の運命をエクスに語っているんだろう?

 優しい言葉をかけてくれるエクスから、目が離せなくなるんだろう?

「またね」なんて、どうして約束したんだろう?

灰かぶりのエラシンデレラ」の名前を、どうして教えたんだろう?



 それから、時々家を抜け出しては、エクスの元へと足を運んだ。

 エクスは、そんなわたしに、いつでも寄り添ってくれた。それが嬉しくて、わたしの心の支えになっていた。


 エクスの存在は、わたしに特別な感情を芽生えさせていた。

 昔から、お母さまが亡くなって、奴隷のような扱いを受けて、フェアリー・ゴッドマザーに魔法をかけられて、王子さまと出会って、王妃さまになる運命を知っていた。

 それを、受け入れていたはずだった。


 でも、今は家族も、フェアリー・ゴッドマザーも、王子さまもいらなかった。

 エクスさえいれば、他になにもいらない。

 そう、エクスさえいれば。


 おじょうさまとおくさまに虐められても、ご主人さまに蔑まれても、エクスのことを考えていれば苦にならなくなった。

 むしろ、エクス以外は全く興味が無くなってきた。


 そういえば、エクスはどうしてわたしの運命にいなかったんだろう?

 エクスが、わたしの結婚する王子さまじゃないことは、前から知っている。

 じゃあ、エクスの運命は?

 ずっと一緒にいたのに、わたしはエクスの運命を知らない。いいえ、教えてくれない。


 だから、聞いてみることにした。

 エクスは少し迷いながらも、秘密にすると約束してくれるなら、ってことで、教えてくれた。



 エクスには、運命がなかった。

 エクスの運命の書は空白で、どれだけページを捲っても、なにも書かれていない。


 この世界で、運命がないなんて、あり得なかった。

 けれど、わたしの目の前にいるエクスの運命は、紛れもなく「空白」。

 それが、とても悲しくて……



 とても、と感じてしまった。

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語り継がれた物語 華心夢幻 @kgkrmgn

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