わたしの王子さま
それは、偶然が産んだ運命の出会いでした。
毒リンゴによって目覚めることのない眠りについてしまったわたしは、偶然やって来た旅人さんたちの一人、エクスさまによって目覚めることになりました。
わたしはエクスさまに告白をして、結婚を迫りました。けれど、エクスさまが本当の王子さまではないと知っていました。
でも、エクスさまはとても優しい人でした。
わたしの体を気づかってくれたり、お義母さまとの仲を取り戻してくれたり。わたしの運命の書には書かれていなかった、けれど、わたしが望んでいたことを、エクスさまは見事にやってくれたのです。
そのとき、わたしはエクスさまに、本物の好意を抱いてしまいました。
けれど、エクスさまは本来、わたしの住むこの想区には存在しないお方。お義母さまとの一件のあと、旅立たれてしまいました。
でも、エクスさまは、本当なら得られるハズの無かった、お義母さまからの愛を残してくれました。
お義母さまも、ストーリーテラーという存在に気づかれないよう、生き残らせることもできました。
そして、「わたし」が「妾」になったある日、妾はエクスさまと再会することになったのです。
エクスさまは、変わらず優しい方でした。エクスさまは、妾があのときの白雪姫だとは気づいていないようでしたが。
でも、エクスさまのおかげで妾は生き延び、そして、再会することができた。舞台から降りた妾にとって、これ以上とない幸せでした。
変わらぬ旅人たちと共に、この想区、そして、次代の妾となる白雪姫を救うと、エクスさまたちは再びこの想区から旅立っていきました。
あのとき、「妾」が「わたし」だと言ったら、なにかが変わったのだろうか?そう思った日もありました。
けれど、妾は後悔などしていません。
この溢れる思いは、妾が貰った大切なもの。
この失われつつある命は、彼がこの想区に残してくれた新たな希望。
意識が消える直前、妾が思い浮かべたのは、新たな運命を歩もうとしている白雪姫。そして、妾の人生を幸せにしてくれたエクスさま。
妾は静かに、そして、幸せな想いを胸に、ゆっくりと息を引き取りました。妾の人生を表すような、最高の笑顔で…
「………」
「…………ま…」
「……か…………」
「お……………さ………」
「…………おかーさまー!」
「ああああああ!うるさーい!」
せっかく気持ちよく眠りについたのに、妾は元気いっぱいの声で無理矢理起こされた。
目を覚ますと、そこには「白雪姫」がいた。けれど、それは妾の知る「白雪姫」ではない。
服装こそ変わりないものの、その手に持つのは剣でも杖でもなく、真っ赤なリンゴのような籠手だった。
「はじめまして、お義母さま。…ううん、毒林檎の王妃さま」
「あなたは、白雪姫よね?でも…」
「うん。わたしは、王妃さまが知っている白雪姫とは違う、別の想区の白雪姫だよ」
見覚えのない、けれど、とても懐かしい姿をした白雪姫が、妾にニッコリと笑顔を見せる。
だけど、なぜこんな場所に白雪姫がいるのだろうか?
「今日は、王妃さまにお願いがあって来たの」
「お願い?魂だけになった、この妾に?」
「うん…お願い王妃さま。わたしを取り込んで、わたしになって?」
「なっ!?」
白雪姫がお願いしてきたのは、自身を犠牲に、妾を再び白雪姫とするものだった。
妾は混乱した。どうして、この白雪姫は妾にこんなことを言ったのだろうか?なぜ、妾なのだろうか?
「エクスさま」
「!?」
「今、エクスさまは必死になって戦っているの。愛する人を、物語を、守るために」
「ど、どうしてそれを…!?」
「わたしが、エクスさまの声に答えた「白雪姫」だからだよ」
「声に、答えた…?」
「うん。王妃さまにも分かるように言えば、エクスさまとコネクトした白雪姫、かな?」
なんと、この白雪姫は彼に呼ばれ、力を貸している白雪姫らしい。そんな白雪姫がなぜ、自分を犠牲にしてまで妾と一つになろうとしているのだろうか?
その答えは、すでに分かっていた。
「妾に、彼の…エクスさまの力になってほしい。そう言いたいのね?」
「うん!」
曇りのない笑顔で頷く白雪姫。
だけど、本当にそれで良いのだろうか?
「…駄目よ。妾は魂だけの存在。それに、一つになったらあなたは…」
「構わないよ。一つになったせいで、「わたし」が消えちゃったとしても」
「なんで…!なんでそんなこと…!」
「…わたしの想区は、もう無いから」
「…え?」
「わたしの想区は、今エクスさまが戦っている相手、カオスによって崩壊したの。だけど、わたしだけは生き残った。…ううん、生き残ってしまった」
なんとも言えない表情を浮かべる白雪姫。
その表情のまま、話を再会する。
「生きたい!助けて!…そんな気持ちが通じたのかな?想区が消える直前、わたしの魂は偶然、エクスさまに呼ばれたんだ」
「そんな、ことが…」
「わたしの魂は、エクスさまに宿った。最初は喜んだりもした。でも、カオス…デウス・プロメテウスと対峙したとき、わたしは竦んで動けなかったの」
その顔が、酷く寂しそうな顔になる。きっと、そのせいで問題でも起きたのかもしれない。
「幸い、レヴォルさまやエレナさま…それに、エクスさま自身のおかげでなんとか乗り越えられたけど、わたしは…」
「役に立つことができなかった。だから、妾に体を譲ろうと?そんなの…」
「それは違うよ。わたしには、覚悟が足りなかったの。わたしの魂を救ってくれた、エクスさまを守るっていう覚悟が」
白雪姫の瞳が、妾を見つめる。
「…王妃さま、お願い。エクスさまを守ってあげて。その為にわたしは、
「…あなたの覚悟は分かったわ。でも、2つだけ聞かせて。どうして、妾を見つけられたの?」
「…わたしの想区は、王妃さまから生まれた存在だから。あの日、王妃さまがお義母さまを助けたとき、その小さな波紋が、わたしの想区を作り出したんだ」
「あなたの想区を、妾が…」
「エクスさまは、「縁」と呼んでいたよ。たとえ想区が違っていても、その縁は切っても切れない存在だって。わたしが王妃さまを見つけられたのも、縁のおかげなんだよ?」
あの日、投げ込んだ小石が、この白雪姫を産んだ。
だからこそ、妾を見つけることができたということか。
「…では、もう一つ。どうして妾なのですか?どうして、妾でなければならないのですか?」
「それは、王妃さまが一番分かっているでしょ?王妃さまが、エクスさまを一番愛している白雪姫だからだよ」
「~っ!?」
「ふふっ、隠したって無駄だよ?…わたしはあなた、あなたはわたしなんだから」
悪戯に微笑むその笑顔に、妾は脱力するしかなかった。
白雪姫の意思は硬い。本気で妾を、彼に会わせようとしている。嗚呼、そんな純粋な願いを、妾が無下にできようか。
それは、無理なことだ。遠い昔に止まったハズの心臓が、心が、彼との再会を望んでいるから。
「…もう二度と、元には戻れないかも知れないわよ?」
「さっきも言ったよ?わたしは大丈夫だって」
「もしかしたら、気づいてもらえないかも知れないわ」
「そんなことないよ。エクスさまは小さな出会いでも、大切にしてくれる方だって、知っているでしょ?」
白雪姫が、妾に手を差し出す。その手を、妾は握り返した。
妾の中に、違う「わたし」が流れ込んでくる。苦しくて、悲しくて…そして、温かいわたしが。
「ばいばい、王妃さま。…エクスさまを、よろしくね」
「さようなら、白雪姫。…あなたの思い、決して忘れないわ」
目の前から白雪姫は消えた。
そして、「妾」は「わたし」になった。
嗚呼、わたしを呼ぶ声が聞こえる。とても懐かしい、彼の声だ。
なら、その声に答えなければ。あの子の為に、そして、妾の為に。
待っていてね王子さま。今再び、あなたの元へ向かうから。
あの日伝えられなかった、この思いと共に…
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