心ホッカイロ

地球人

雨の日の肉まん

カフェから出ると大雨だった。

アスファルトを大粒のしずくが打ち付けている。

冬の近づいた冷たい風とともに雨水が顔にかかる。

柳千佳(ヤナギダチカ)は表情のない顔で空を見つめた。

...こんな日に限って...

自身の心情のような天気にやけくその笑みを浮かべる。

喉が詰まり目からこぼれそうになるものをぐっと堪え俯いた。

スクールバッグから折りたたみ傘を取りだし、歩き出す。

折りたたみは心許なくて嫌いだった。

...晴れって言ってたのに!!...

ぱしゃっぱしゃっ...

乱暴に地面を踏みつけ前へ進む。

今日は特別な日になるはずだった。

3ヶ月記念日。

冷たい雨水がじわりと制服の裾や肩に染み込んでゆく。

千佳の顔も濡れていた。

...ごめん...

彼の声が反芻される。

...笑った顔が好きで。体育の時に転んだ私を笑いながら手を引っ張って助けてくれた。

あの時はみんなに冷やかされたけど、うれしくて...

両想いだね...

そう言って照れながら笑う顔が思い出された。

ばしゃっ

水が溜まった場所へローファーを突っ込んでしまった。

ローファーの中まで水が入ってきている。

...もうやだ...

びゅおおおぉぉ

その瞬間強い風が吹き、千佳は傘を持つ手に力を込めた。

ぐわっばきっ

風を掴んだ折りたたみ傘はひっくり返り、骨が数本折れていた。

ざぁっ

雨は一層強さをまし、千佳の制服を色濃くする。

...最悪!!!

もう無理、あと15分も歩くのに!!...

圧倒的についてない。

千佳はもう涙を堪えなかった。

溢れた涙は雨に溶けていく。

寒さで身震いをする。

...あったかいもの食べたい...

悲しい時はあったかいものだろ!彼が慰める時にいつも言う言葉だった。

彼の言葉が千佳の中に住み着いている。

彼との思い出は千佳の体の栄養となり、体の中を巡っている。

涙が怒りを洗い流し、少しの冷静さを取り戻した千佳は足早にコンビニへ向かう。

信号もなく2分ほどの距離だが、傘を持たない千佳には長い。

紺色のブレザーは水を吸い黒っぽく見えた。

ぐっしょりとした靴下は気持ち悪かった。

...このまま入ったら迷惑?でも手先が限界...

コンビニの前で少しためらう。

せめてもと、ハンカチで顔と手、ブレザーを軽く拭った。

コンビニの中は暖かかった。

千佳は、ほっと息をついた。

千佳は真っ直ぐホットスナックのコーナーへ向かう。

...あ、始まってたんだ肉まん...

ホットスナックの横に白くまんまるとした肉まんが並んでいる。

「肉まんひとつ」

運よく誰も並んでいなかったレジに並び購入する。

店員から渡された肉まんは袋の上からでもあたたかく、かじかんだ手先がじんとする。

少しずつ感覚が戻ってくる。凍ってた手が溶けていくようだ。

コンビニを出て袋から肉まんを取り出す。

ふっくらとした肉まんから白い湯気がふわりと立ち昇る。

ふんわりした生地。

千佳はゆっくりと肉まんを口にする。

何度か咀嚼し、飲み込む。

...あったかい...

強張っていた体から力が少し抜ける。

喉から胃へ。

ゆっくりと、届く。

はぐっ。

二口目を口いっぱいに頬張る。

一口まではかすかだった、餡の味が口いっぱいに広がった。

夢中になってかぶりつく。

さっきまでの、寂しさと、寒さと、怒りでいっぱいだった心が、少しずつ温められる。

まるで、自分の中で、火が灯されたような、エネルギーが広がってゆくようだ。

夢中になって食べる。

もぐもぐもぐ...ごくんっ

あっという間に食べ終えてしまった。

...お腹空いてたのか、、、私...

ふぅっと白い息を吐くと、目の前の雨がきらりと光った。

真っ暗な空に降る雨を車のライトが照らしている。無数に光るそれは、チカチカと目に焼き付いた。

千佳の体は満たされていた。

...よしっ...

千佳は気合を入れ直し、家へ向かって駆け出した。

...きっと大丈夫...

一歩一歩力を込めかける。

思い出はまだ千佳の心を締め付ける。だが、彼がまた、千佳の栄養となるのだろう。

...次はもっとかっこいい人と付き合ってやる!...

暗い道を千佳の体が跳ねるようにかけていく。

消化するのはいつであろうか。

きっとそんなに遠いことではないはずだ。

辛く冷たいアスファルトに無数の降る雨が光を放ち、闇を彩った。















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心ホッカイロ 地球人 @murabito-D

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