お菓子との出会い(3)

 温度計、業務用オーブン、キッチンタイマー。今までに聞いたことがない言葉に、見たこともない調理器具。それに、あの小屋とは何なのか。メアリーという女の子も気になる。エミリーは、これらのことが気になっていたが、今はクッキー作りに集中することに。


 先程、前王が見本を作ってくれた。基本の材料、分量は頭に入っている。料理は見て覚えると前王は言っていたが、何の説明もなく、一応見ていたエミリー。

 まずは、型抜き用の生地を作ることになり。見様見真似で材料を混ぜて見た。しかし、何度やっても生地が柔らかいままで、型抜きをしたら型に生地がくっつき、型抜きずに、エミリーは考え込んでいた。


 その様子を何も言わず椅子に座って見ていた前王は。

「エミリー、ちょっといいか?」

「……」

 エミリーはまだ考え込んでいる。

「エミリー。エミリー、聞いてるのか!?」

「今、何か言った? お祖父ちゃん」

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「いいけど、何?」

「前から気になってたんだが、家庭教師の先生って、どんな風に教えてるんだ?」

 突然、お菓子と関係ない質問。前王には、何か考えがあるようで。


 その家庭教師の先生は、その日に学ぶことを伝え、その学ぶことがわかるまで教えてから次へ進む、一点集中型。

 この積み重ねで、1つのことに打ち込むと集中力が持続する。しかし、一点集中型の欠点は、周りが見えなくなること。このことが今のエミリーを悩ましていた。


 前王は、王の教育方針に疑問を持っていた。しかし、一切口出し無用と言われ、王妃さえも同様でそのことに随分悩んでいた。

「エミリー、何故、生地が柔らかいかわかったか?」

 エミリーは首を横に振り。

「そっか、わかんないか。エミリー、1つ言っておくが、わからないことは、わからないと言っていいんだからな。ちゃんと教えるから」

「……わかった」


 王から、教育方針には口出し無用と言われていたが、それを無視することに決めた前王は。エミリーに、集中すると周りが見えなくなることを指摘した。


 このことは、王もわかっていたはず。何に何故、注意しないのか。何故、家庭教師にだけに教育をまかしたのか。何で、わからないことをちゃんと教えてやれないのか。このことに、前王は思うところがあり、何も言えなかった。


 どうして、周りが見えないとダメなのか、見本を作った時の生地作りを再現すると。周りが見えていなかったことに愕然としたエミリー。

 前王はエミリーを試していた。周りが見えなくなることがどういうことなのか。エミリーが愕然とした訳が3つある。


 1つ目は、材料の混ぜ方を見せ、その生地通りに作るように言い。そのあとに前王が地下室の冷蔵庫へ、生地を取りに行ったことを見ていない。生地を冷やすことで、生地をなじませ(寝かす)、生地が固くなり、型抜きできるようになり美味しくなる。

 この時エミリーは、材料を混ぜることが最も重要だと思い、材料を混ぜるところだけに集中し、手の動きを練習していた。

 2つ目は、材料の混ぜる順番を変え、生地をすり替えたことに気がつかず、間違った順番で材料を混ぜていた。

 この時エミリーは、材料を混ぜるのは見ていたが、そのことに疑問すら思わなかった。

 3つ目は、生地が柔らかい最大の原因は、肝心なレシピ本をちゃんと見ていなかったこと。何故なら、レシピ本には材料混ぜる順番、冷蔵庫へ入れること、作り方そのものが書ある。


 エミリーは、レシピ本を一通り読んだと言った。本当に読んだのか聞いてみると。思ってもみない回答が返ってきた。そこには、家庭教師の教え方の問題があった。


 家庭教師は、1つのことに「わからない」と発言することは、2回までと決めており。3回目を聞いたならば、激しく注意し、いつもエミリーは泣いていた。ただ、叱られて泣いても、前王の前では何もなかったかのように振る舞い、笑顔でいた。

 エミリーは、叱られるのが怖くて、怖くて、わかった振りをし。「わからない」と言えない状態になっており。それがいつしか当たり前になり。レシピ本を自分がわかる範囲で解釈して読み。理解した振りをし、トラウマ状態だった。


 そのことを知った前王は。

「エミリー、すまなかった。おじいちゃん、何も知らなくて……」

「何で、お祖父ちゃんが謝るの?」

「元はといえば、おじいちゃんのせいなんだ……。許してくれ、本当にすまなかった」

「何で謝るの? わかんないよ」

「今は話せないが、今年の冬まで待ってくれないか? 必ず王様に、いや、おとうさんにちゃんと話をするから」

「……やっぱり、お父さんと何かあったのね!? わかった」


 エミリーは、あんな真剣な表情をした前王を見たのは初めてで、余程のことがあったと思い。これ以上は何も聞かず。わからないことは、わからないと聞く。このことがいかに重要なことなのか、身をもって知り。

 そして、クッキーのレシピについて、わからないところを聞き、間違った解釈をしていないか確かめ、仕切り直すことにした。しかし、気になっていることが3つあり、どうしてもそのことが知りたくて、それを教えてもらってから再度クッキーを作ることに。


 その気になることとは。

 1つ目は、冷蔵庫。先程この部屋にも温度計があることを知り。今の気温は23度。あと3ヶ月ちょっとで夏。どうやったらこの場所を気温3度にし、真冬並みの場所をつくることができるのかわからない。冷蔵庫って何。

 そこで、冷蔵庫のある場所、地下室へ連れて行ってもらうことに。その地下室は、この料理研究所の中央にある。

 地下室に行くには、床にある取っ手を横にスライドすると地下室へ行く階段現れる。階段を降りると。廊下があり、昼間のように明るく、天井を見ると、1メートルくらいの細い棒のようなものが2箇所あり、1本ずつ光っている。これは蛍光灯というもの。

 そして、目の前には、冷蔵庫と呼ばれる部屋のドアがあり、見たこともない、鏡のよう銀色の輝きをしている。そのドアの右側には、赤い文字で3と表示され。

 そのドアを開けると、5メートル四方の部屋があり。廊下と同様に明るく、ここはまる真冬。そこには、左右には棚があり、オレンジ色をした箱に、野菜、果物がたくさん入ってあり。あとは、瓶に入った牛乳やいろんな飲み物。他にも食材がたくさんあった。


 ここで、2つ目の気になること。生地を1時間寝かすのと1日寝かすのとでは、どれ程の差があるのか聞くと。棚の上に透明な布かかった生地があり。これがレシピ本に書いていたラップだとわかり。そこには、既に1日寝かした生地が置いてあった。これを使って、あとで比べてみることに。


 3つ目は、冷凍庫。マイナス50度の部屋っていったい。想像できない。

 一旦、冷蔵庫の部屋からでると。隣に同じドアがあり、ドアの右側には、マイナス50度と表示。

 ドアを開けた瞬間、冷蔵庫の部屋よりも、もの凄く冷たい冷気で寒すぎる。中に入って見ると。地下室へ降りた時に、防寒着の服を渡されていたが、それでも、もの凄く寒い。

 この部屋も冷蔵庫の部屋と同じ作りで、棚には、肉、魚がたくさんあり。氷に、冷凍食品という食べ物ある。しかし、とにかく寒く。一旦、部屋の外に出でると。部屋の外は暖かく、気温の差を感じていたエミリー。


 2人は地下室から出ると、クッキー作りを再開した。


 この料理研究室には、南側の壁に石窯が4つ壁に直接くっついておらず、人ひとり通れるくらい空き、石窯も間隔を開けてある。

 西側には、井戸と洗い場があり。その隣には調理台が1台。あとレンガ3口かまどが並び。その近くに引き戸がある。

 北側には、食器棚、鍵のかかった引き戸、トイレ。そして、エミリーの部屋に通ずる引き戸がある。

 東側には、小麦粉、砂糖、塩など、他にも材料が置かれてある棚があり。その棚の前には、丸いテーブルが2台に椅子が置いてある。

 あとは、調理台6台が2列横に並び。その調理台の下には調理器具がたくさん置いてある。そして、調理台の中央には地下室の扉がある。

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