一枚の画像

「え?」

 LINEのメッセージの主を見て、私は思わず声を上げた。2ヶ月間、どんなに連絡を入れても何も言ってこなかった男が、突然、連絡を入れてきたのだから、驚いても仕方ないだろう。私のことなんてどうでもよくなったのかと、諦めかけていた矢先だった。

 メッセージを開くと、そこにはグラフが一枚だけ、貼りつけられていた。新型コロナウィルスの感染者が、日本で増えていると示すグラフ。メッセージの中身はそれだけで、何のコメントもない。

 それでも。2ヶ月間の空白を思うと、これは彼からのメッセージに違いない。それも、切実なメッセージなのかもしれない。

「早く逃げて!」

 これを送ってきた当の本人は、最後に地図が送られてきたときのままであれば、フランスにいるはずだ。メッセージが送られてきた時刻も、午前5時何分。日本にいたら、彼が送ってくるとは想定できない時刻だ。

 クリスマスには、楽しげな画像やリンクを送ってくれた。日本人ではないので、年賀状が来ないのは無理もないとして、一緒にいられないかと尋ねたときに、何も送ってこなかったのは、無言のNoなのだろうと解釈していた。

 どうしたものだろうか。急に逃げろと言われたから、すぐに日本を出られるほど、私は余裕のある生活をしているわけではない。彼の傍にいられたら、と、フリーランスの仕事を求めているのは事実だが、私の履歴は大いに邪魔をしてくれている。書類審査だけでも、通すのはなかなか難しい。

 先日、参加した英語のクラブで、私の名札を見た仲間たちは、デザイナーになれるよ、と言ってくれた。前にも何度か、同じことを言われた気がする。でも、本音を言うと、私は、絵にはまったく自信がないのだ。

 何ができるだろうか。持っているリソースを投入できる場所を探す。数々の選択肢が、次々と浮かんでは消えていく。何でもできるのに、何もきちんとできない。完全に器用貧乏だ。今からでも、何か一つをきちんと育てられるのだろうか。

 送られたメッセージに待ったはない。けれども。

 どんなにあせっても、周囲からの評価がすべてだ。結果がすべてだ。

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