第一話 『バルトゥとアルテ』 その8


『シュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッ!!』


 バルトゥとメルネイに向かい、『雷』をまとった魔物が襲いかかる!


 獣じみた狂暴な貌になりながら、バルトゥは魔物へと踏み込みながら大剣の一撃を放った!!


 ガキイイイイイイインンンッ!!


 『炎』の加護を受けた斬撃を、魔物は受け止めてしまう。その長く金属質な爪で。


 『雷』を帯びた魔物。その姿は、巨大な猿にも似ていたし、ヒトにも似ている。黒い肌に銀色の牙と爪を持つ、醜く攻撃的な悪意だった。


 熟練した戦士の目は、魔物の爪が襲われた民の血で汚れていることに気がついている。感傷的にはならない。集落を襲われたのだ。ヒトが死ぬことは当然である。しかし、カイナスの騎士であったころよりも、ヒトの死を悼む癖はついていた。


「……お前の命で贖ってもらうぞ」


『……ぎい!?』


 熟練の技巧が戦士の肉体を躍らせた。力比べから剣を外しながら、身をひねる。魔物はバルトゥの竜巻のような動きに吸い込まれるようにして、前倒しに体勢を崩された。


 バルトゥの武術は獲物の見せた弱点に稲妻のような速さで襲いかかった!


 魔物の脇腹へ巨大な剣の斬撃が打ち込まれる。


 ザシュウウウウウウッ!!


 毛皮を切り裂き、肉へと届く深さであった―――だが、みょうな感触をバルトゥは傷だらけの戦士の指に覚えていた。


 異物がある。


 毛皮の下には、素直に肉と骨しかあるわけではないようだ―――!?


「これはッ!?」


 『腕』が伸びていた。魔物の腹から、細くて長い女の腕が。


 贄にされた者か!?


 それとも、この集落で喰われて、『取り込まれた女』の腕なのか!?


 バルトゥにも迷いが生まれる瞬間であった。魔王の騎士ではなく、親のやさしさを知ったアルテの養父は、この若い腕の主に奉げる同情を心に宿す。


 さらに。


 彼の目は見つけていた。魔物の黒い毛皮の奥に、乙女の顔があることに。うつろな視線ではあり、意識があるようには見えない。目玉は白濁して、もはや腐っているようにも見えた。


 それでも、その少女は助けを呼ぶためか、あるいは、魔物のただの道具として腕を伸ばし、バルトゥの左手首を指でつかんでくる。


「……っ!!」


 かつての魔王の騎士としての厳しさを保っていたなら。そんな遅い手の動きなど躱していただろう―――いや。冷酷なまでの判断力を発揮して、剣で断ち切っていたかもしれない。


 それでも、アルテの親代わりとして過ごした12年は、バルトゥ・ルディアから残酷さを奪ってしまっていた。


 少女の指が、バルトゥを捕まえる。


「ぐううっ!?」


 その指は彼女がもはや人間ではないことをバルトゥに教えてきた。鋼のように硬い指は、少女ではありえないほどの怪力を発揮して、バルトゥの左手首を粉砕するように力を込めてくる。


 ―――折られるかっ!?


 バルトゥが自分の失態に舌打ちしようとした瞬間、氷の剣による救助が間に合った。


 メルネイだ。


 氷の剣による斬撃と共に、メルネイが前に出ていた。そして、彼女の放つ氷の斬撃は、バルトゥを捕らえた『魔物の腕』を切り裂いた!!


 ザシュウウウッ!!


「バルトゥさま!!」


「かたじけない!!」


 二人は言葉を交わしながらも、敵をにらみつけている。魔物から生えた腕から自由となったバルトゥは、かつての厳しさを取り戻していた。


 それは旅慣れて幾度もの危険をしのいできた強さを持つ『サンドリオンの顔隠し』さえ、身震いさせるほどの闘争本能。


 真のバルトゥを知らないメルネイは、バルトゥが後退して間合いを取り直すものと考えていた。距離を取り、自分と二人でこの魔物を攻撃する方法を選ぶものとばかり。


 しかし、カイナスの魔王の騎士はそれほど甘くはない。拘束から解き放たれた瞬間にバルトゥ・ルディアが選んでいたのは、メルネイさえも凍てつかせるほどの猛攻であった!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 獣のような歌を放ち、バルトゥは大剣を速く、力強く―――それでいて正確無比に振り回す!!


 狙ったのは魔物の腹に取り込まれていた少女の亡骸?……いいや、それだけではなかった。彼女だけではないのだ。魔物の腹に取り込まれ、そして今では魔物の肉体の一部として機能を強いられている哀れな亡者たちは。


 魔物の腹に生まれた裂け目から、無数の亡者が上半身を突き出し、バルトゥを捕らえようと冷たい腕を伸ばしてくる。怯むことのないバルトゥの達人の剣舞は、それらの全てを薙ぎ払い、斬り捨て、魔物に接近した。


 獲物の懐深くまで踏み込んだバルトゥは、脇を締めて肘を曲げて、大剣と一つの重量になりながら突撃した!!


 全体重と筋力が生み出す全速力を注いだ一撃である。


 それは亡者の亡骸がうごめく、邪悪な腹へと深々と突き立てられていた。


『ぎいいいいいいいいいいッッッ!!?』


 痛みに魔物がうめき声をあげて、バルトゥの頭に噛みつこうと、その醜く歪んだ巨大な歯列が走る口を動かすが―――。


「―――『炎』よ、爆ぜろおおおおおッッッ!!!」


 魔王の騎士の魔術が始まった。『灰の王アイフレイト』の祝福を与えられているバルトゥは、その『炎』の力を使役した!!


 魔物の体内で暴れ狂う灼熱が生まれて、バルトゥに噛みつくよりも先に、魔物の口は腹から逆流して来た爆風に破壊されていた。


『ぎ、ひい……っ』


 爆破されて焼き払われた魔物が、ゆっくりとバルトゥからヨロヨロと離れる。実力の差を思い知らされて、怯えていたのかもしれないが。バルトゥは逃すつもりなどなかった。


「光神の聖地の民を喰い殺した罪は、償ってもらうぞ!!」


 大剣が振り下ろされて、逃げるために聖地の土を踏んだ魔物の前足の一つを斬り落とした。崩れた魔物の首に向け、一拍の時間が過ぎた後には、断頭の斬撃が走る。


 ザガシュウウウウウウッッッ!!!


 魔物の首の骨さえも一刀のもとに斬る。剣術は、極めればそれほどの威力を持てるのだと黒髪の息子に示すかのように、バルトゥ・ルディアは圧倒的な勝利を見せつけていた。



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神喰いのアルテ よしふみ @yosinofumi

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