第一話 『バルトゥとアルテ』 その7
アルテがコルトア山の頂きを目指して駆け出してた頃、バルトゥ・ルディアは愛馬を走らせて、街道を南へと下っていた。愛馬には『顔隠し』こと、メルネイも同乗している。
「いい馬ですね。私と二人乗りなのに、よく走りますわ。調教が上手ですのね」
「……元々は、とある国の騎士だったからな」
「知っていますわ」
「おしゃべりな長老がいるらしい。私の秘密は、すぐにバレる」
「……カイナスは人気がありませんから」
「容赦のない御仁だ」
「す、すみません。ですが」
「真実だ。認めよう。我々は、かつて八大国を攻め滅ぼそうとした……秩序を変えるための戦。カイナスにも正義はあったが……混乱を招いたことは、認めよう」
「……はい。私の国も、戦火が及びました。ですが……いくらか、自由になった民もおりますゆえ」
「奴隷制は、また続いているのか」
「悪しき風習に見えますが……お金を動かす力がありますから。ヒトは、それを捨てることは嫌うものです」
「……そうだな」
「……バルトゥさま」
「なんだね?」
「シュラードの大集落の魔術師たちの中には、アルテくんを狙う者たちがいます」
「……アルテの死をか?」
「ええ。カイナスの魔王の子……邪神の生け贄にされた子です」
「秘密にしていたはずだが、いつの間にやら筒抜けか」
「あえて広めているようですわ。そうすることで、アルテくんと貴方の立場の悪くしようと考えている」
「私たちは光神の聖地には不釣り合いだと言いたいのだろう。排除したがっている。この12年ずっとな」
「そのようです……亡命を考えられたことは?」
「いいや。ここに、逃げて来たのだ。カイナスは、解体されたのだろう?」
「バーンズエル王国に、領地も民も吸収されましたわ」
「……帰る場所はない。それに、八大聖神の加護のないアルテが生きられる土地は、ここだけのはずだ……」
「八大聖神の加護をいずれも持たねば、長くは生きられないという伝承ですからね……でも、あくまでも伝承」
「事実は違うと?」
「アルテくんは、健康体すぎます。『神下ろし』の贄となった子供たちとは、比べものにならないほどに元気です」
「……贄か。負の遺産だな」
「……はい」
「……アルテは、その……贄となった子らとは違うように、そなたには見えるか、メルネイ殿?」
「見えます。『サンドリオン』の『顔隠し』の瞳に賭けて……きっと、光神アミシュラの領域の外でも、アルテくんは生きられる……おそらく、他の贄とは、異なる祭祀が行われていたのでしょう」
「……私は、それを知らない。闇神の祭祀については、私も門外漢であったから」
「ルドアン6世が亡くなった今となっては、『ザリスオール』の祭祀は不明……」
「王城ごと焼け落ちたのだからな」
「惜しいことですわ」
「……いいや。それで、いいのかもしれない。あれば、今よりも大きな争いの種となっただろう……そして、『ザリスオール』の『闇の仔』を量産した」
「『闇の仔』……真なる血と肉を持った、魔物の頂点たち。私の国の軍隊を一晩で喰らい尽くしたと聞きました」
「それぐらいの威力はあっただろう。我々は、あの黒き巨人と共に、突撃した……城を持ち上げて、呑み込んだ『闇の仔』もいたな」
「……嬉しそうですわ」
「失敬した。私としたことが。光神の徒として、相応しくないことだな」
「フフフ。本音を聞けたようで、『お義父さま』とお近づきになれましたわ」
「おとうさま?」
「え?いいえ、こちらのことですのよ。ウフフフフフフ……っ!!」
「……ふむ。魔物がいるようだな……村ごと、汚染したか」
バルトゥの視界には、街道沿いにある小さな集落が見えた。小屋の数は6つ……そこには、紫色に輝く粒子が漂っている。魔物に殺されて、砕かれた村人たちの魂の残滓……ヒトの精神を組み上げている魔力の残骸だった。
怨嗟の輝きに染まった粒子たちは、魔物がヒトを食い散らかした痕跡だ……しかし、いつになく禍々しい。バルトゥはそう感じた。
「神獣どものなり損ないか……『雷』の魔力を感じるな。コイツは、『ボルトゥキ』への祭祀で生み出された魔物らしい……どこぞの国で、『闇の仔』に近い巨人を創り出したのかもしれん」
「『闇の仔』の残骸だと言うのですか……?」
「私の経験は、これに似た感覚を覚えている。もちろん、真の『闇の仔』の眷属は、こんなものではなかったがな。馬と共に、ここで待っていてくれるか、メルネイ殿」
「……いいえ。私も参りましょう。足手まといには、ならぬはず」
「そうか」
「……聖狼さまの力もお借りしたかったところですわ」
「聖狼か……これほどの力を、見過ごすとも思えないが……?まあ、ヒトの世には可能な限り関わらないのが彼らの方針でもあるからな…………さて、では、行くとしよう」
バルトゥは馬から下りた。メルネイもそれに続いた。
魔物の気配に怯える愛馬の頬を軽く叩いて、バルトゥは愛馬を戦いとなるであろう場所から遠ざける。馬は草原を駆け抜けて、かなり遠くへと逃げ去った。臆病な馬だ。真の軍馬ではないが……まあ、いい。魔物との戦いに、馬は要らない。
戦場へと向かって歩きながら、バルトゥは背負っていた剣を抜き放つ。焦げた血の臭いがする……雷電に焼かれた民の血だ。アルテを連れて来なくて、本当に良かった。子供の出番はない。危険過ぎる戦いになる。
「……メルネイ殿よ。私の戦いを奪うようなマネはしないように」
「わかっております。出しゃばらず、背後を守らせていただきますわ」
そう返事をしながら、『サンドリオン』の『顔隠し』は魔術を使う。
「―――『氷女神サンドリオンの名において、我に氷の刃を』」
水色に輝く光がメルネイの周囲に発生する。メルネイは『顔隠し』の布の下で微笑み、氷属性の魔力を掲げた右手に集める。魔力は『氷の剣』へと姿を変えた。
「見事なものだ」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
「……そなたが強い魔術師であるからこそ、私も戦いに集中できそうだよ」
残酷さを帯びた魔王の騎士の貌を見せたあと、バルトゥも自らの剣に魔術をかけていた。『灰の王アイフレイト』の祝福を持つ者が仕える『炎』の魔術だ。『雷』を使う魔物には、『アイフレイト/炎』の属性を帯びた武器が有効である。
烈火の紋章を刀身に刻みつけ、バルトゥはその剣を試すように振った。宙に炎の軌跡が描かれる。騎士時代の闘志が蘇る……バルトゥは、その獣のように爛々と輝かせた瞳で、集落から飛び出して来る巨大な影を睨んでいた。
影も―――いや、魔物もバルトゥの隠すことにない敵意に気づいたのだろう。銀色に輝く牙を剥いた。バルトゥと同じ貌だった。お互いが敵意を向け合い、そして、どこか喜んでいる。闘争の機会に、バルトゥの騎士としての本能は騒いだ。
「さて。戦いの時間だ!」
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