第一話 『バルトゥとアルテ』 その4


『……霊鳥は射るなよ。ぶっ殺されるぞ』


「あんな水色に光る鳥なんて、食う気はない」


 霊鳥が聞けば怒るだろうか?……聖なる狼の一族よりは賢いと評される霊鳥どもは、胸をなで下ろすかもしれない。ヤツらは強いが、戦いは好まないし、傷つくことを恐れる。ヒトの傷を癒やす奇跡の羽根を生やしているくせに……まったく、臆病な鳥どもだ。


 アルテは白狼のそばから足音を消して歩き、岩陰に身を潜める。狙うのは、梢に止まっている尾長の鳥。射貫けば銀貨で3枚になる……石を投げつけて殺して、翼の骨を折らなければ、銀貨5枚になる―――。


『―――弓でやるのか?』


「肉を喰う。今回は、売り物じゃない……」


 金は力ともなる。金で兵士を買った英雄もいる。金で自分の命を買った王もいる。金策を常に考えることは、有益なことだとバルトゥからは習っている。バルトゥは、それほど金策が上手じゃないけれども……。


 でも。

 

 今日は弓に血を与えてやりたいんだ。


『武器を使いたがっている。殺すほどに、熟練できると思っているようだな』


 あるいは、殺すことで強さを確認したい?……死を優越のための道具に使う。戦士の特徴だ。


「違うのか?……オレは、きっと殺したりない」


『怖い言葉だ』


「いいさ……オレは、怖がられる存在になりたいんだよ」


 そう呟いて、少年は矢を放つ。風に踊ったその矢はしなりながら尾長の鳥を貫いていた。


「きいい―――」


 小さな声で死を歌い、鳥はそのまま枝から地面に墜落した。少年は、見たか?とドヤ顔を浮かべる。白狼はあまり感動してやらなかった。これぐらいは、出来て当然のことだと白狼は考えている。


『もっと難しい射撃にしてやれば良かったな。オレが、声を上げて、ヤツに気づかせるとか』


「狩りの邪魔をするなよ……さてと」


 尾長の鳥の頭を踏んで、アルテは獲物の死を確実なものにすると、その身から矢を引き抜いていた。尾長の鳥の伸びた尾を掴むと、ナイフを取り出し、ザリッ!ザリッ!と荒々しくも正確な技術で刃を走らせ、そのカラフルな羽根を削ぎ落としていく。


 白狼は尻尾をブンブン振っていた。鼻はクンクン鳴らしている。


『……脂が乗っているなあ』


「キルガは自分で狩れよ?」


『ああ?ケチケチするなよ、半分こだ。こないだ、獲物を分けてやった』


「……今のオレは、エサが必要なんだがな」


『んー。腹八分目のほうが、速く走れるぞ』


「……あ。なるほど。そうか」


『全部くれるかい?』


「バカ言うなよ。半分こだ」


『ふむ。まあ、いいか……炎晶石はあるのか?』


「ある。オレは、炎も呼べないからな」


『人間の6割ぐらいは、そんなものだ』


「でも残りの4割は使える」


『今日は、しつこいな。何かあったか?』


「……キルガとバルトゥに子供扱いされているのが分かって、ムカついてる」


『まあ、子供だろ?』


「オレは、強くなりたいんだ」


『……時間と共に、強くなるしかない。それは、たとえ八大聖神の祝福を持つ者であったとしても、同じことだぞ』


「そうかな。オレ……いや……わかんねえ」


『……あせるな。お前は、そこらのヤツより、ずっと強くなれる。あのバルトゥから教えられているんだからな』


 それに。得がたい心を持っている。危ういほどに力を求める。心の力は、ときに劣勢をも覆す。魔力が尽きても、限界を超えて雪原を歩き続けていた人間を、白狼は見ているのだ。


『きっと、強い男にお前はなれる』


「でも……今すぐに、もっと強くなりたい。役立たずのままじゃ、イヤだし」


 そう言いながら、鳥の羽毛を処理し終えたアルテは、キルガに尾長の鳥の脚を加えさせる。


「呑み込むなよ」


『おー』


 不安を感じる返事だ。光神の聖地を守る聖なる狼の一族であろうとも、キルガは犬っぽい。フツーの犬は、肉をガマンし続けることが不得意だ。


 ……さっさと準備しよう。アルテは決意した。ズボンのベルトにくくりつけている革の袋から、『炎』の魔術が込められた炎晶石を取り出す。それらを3回ずつぶつけ合わせたあとで、尾長の鳥の削ぎ取った羽毛の上に落としていた。


 炎晶石に封じられていた『炎』が吹き上がり、羽毛を巻き込むようにして炎が生まれる。


「……便利だな。これも、魔術……」


『愚痴っぽいぞ』


「ごめん。ウザかった」


『いいさ。ほらよ……っと』


 キルガは裸になった鳥肉を、その即席の焚き火のなかに放り込む。パチパチと羽毛は燃えて、一部が焼かれながら宙を舞う。すぐに良いにおいを鳥の肉が放ち始める……。


 あっという間に、調理は完成した。アルテは焚き火から、鳥の脚を引き出した。


「あちち……っと。ほら、食え!」


 焚き火の前で肉が焼かれていく様子を観察していたキルガは、目の前に飛んで来た肉に、嬉しそうに噛みついていた。


 ……やっぱり、犬っぽい。


 そんなことを考えつつ、アルテはもう片方の鳥の脚を引きずり出す……熱いが、まあ革の手袋越しだから、火傷するほどではないか。


 さっさとコレを食べて、早めの昼飯にしよう。これを食べ終わったら、あとは山頂近くまで登って、霊鳥どもの羽根を拾い集めればいいだけのことだ。


 あぐらをかいて地面に座り込むと、熱く焼けた肉を噛みながら、熱に泡立つ脂の甘みを楽しみながら、アルテはコルトア山の頂をにらみつける……脳天気な霊鳥どもは、今日も聖地の空を我が物顔で飛び回っていた。


「もぐもぐ。なあ……ここから射殺せばさ、早く戻れる……よな?……もぐもぐ」


『……ふーむ。八メートルの霊鳥を本当に近くで見れば、ヤツらがクマを片脚の爪で殺せる理由が分かるだろうな。しかも、ヤツらは群れでいることを好む』


「……やめとく!」


『賢明な判断だ。今の答えについては、大人らしいものだぞ、アルテ』


「そうか。でも……なんか、カッコよくねえ」


『大人がカッコいいとは限らんぞ』


「……カッコいい大人に、なりてーんだよ」


『そりゃ、そうだ……よく食え!骨もかじるといいぞ』


「犬にはなりたくない」


『狼になればいい』


「……二足歩行だからな。バルトゥみたいな筋肉野郎になりたい」


『くくく!あの魔女に聞かせてやりたいことだ……』


 そうすれば幼年のオスと行為に及びたがるアホな性癖も、治るかもしれん。ヤツの理想とバルトゥ化したアルテは、最も遠い存在だ。


 抱かれるなら大人の男にすればいい。それは、きっと幼子を寝床に連れ込もうとすることよりは、ずっと正しいことのように感じた。子供と生殖しようとするなんて、間違いだろうから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る