第一話 『バルトゥとアルテ』 その3
少年の動きは素早い。またたく間に剣と弓矢を持ち出すと、慌ただしい勢いで小屋から飛び出してくる。
「行ってくる!!」
「ああ。気をつけろ」
アルテはそのまま勢いを殺すことなく、小さな身体を前倒しにして加速して木くずだらけの道を駆け下りていった。
「まあ。風のようで。子供は、あれぐらい元気な方が美味しそうですわ」
『変な目で見るんじゃねえよ、うちの子を……さて。じゃあ。オレがアルテにはついていく…………お前らも、気をつけろ』
「わかっている」
「……アルテくん、怒っちゃいますよ」
『子供でなくなれば、分かる』
白狼はそう言い残して、アルテのあとを追いかけて走った。アルテにはすぐに追いつくだろう。いくら少年の脚が素晴らしいスピードを生み出したとしても、聖なる狼の一族には及ばない。二本脚は、遅いのだ。
……幼いアルテは大人たちの策略には気づけなかった。自分の力を示せば、危険な魔物狩りについて行ける資格を手に入れられると期待している。
芽吹いたばかりの若草を踏みながら、アルテはその琥珀色の瞳で前だけを見て走っていた。
……オレだって、大人だ。
強い。
剣も、弓も出来る。
クマも殺せた!!
……オレは、もう子供なんかじゃない!!
『おい!アルテ、走りすぎだぞ!!転ぶ!!』
「もう追いついて来たのかよ」
『ヒトの子の脚だ』
「呪術が、オレに使えないからか……ッ」
『いや……『クレインバルド』の術があったとしてもな』
「負けるか!!」
力を求めるアルテは、さらに脚を速く動かす―――ベルトで固定してある剣はともかく、弓と矢筒がバタバタと暴れる。
『転けるぞ、ムチャだ!荷物を持っているんだぞ、お前は!』
「なら、パス!」
『んん!?』
矢筒が飛ぶ、ついで弓も飛んできた。その度に、白狼は律儀な反射を行い、その大きな口にそれぞれをキャッチしていった。
……まるで犬のようだ。
口に咥えたそれらの味を赤い舌に感じながら、キルガは聖なる狼の一族たちが今の自分の姿を見れば、笑うのだろうかと考えた。だとしても、別にいい。もはやキルガの中にある名誉は形を変えていた。
ただただ、この土地を守ればいいというわけではない。いや、それはそれで名誉なことだが―――聖狼の一族は、何も生み出しはしなかった。掟と魔術師どもの言いなりになってばかりでは、12年前にアルテを助けられなかったのだ。
助けた命……それを守り続け、育てることの喜びをキルガは知っている。それを思い出すと、犬扱いされている今も少しだけ嬉しくなった。
光神の聖地は広大ではあるが、霊鳥が住むコルトア山はそれほど遠くにあるわけではない。アルテとバルトゥの家からは、4キロほどだ。八大聖神の加護がないアルテでも、それほど時間はかからない。
肉体の鍛錬は、アルテに12才とは思えないほどの体力を与えていた。それでも、魔術や呪術が使える同世代の子には、劣る可能性もある。
『クレインバルド』の呪術……ヒトを身軽にする『時』の呪術を使える10才児は、今のアルテよりも少しだけ早く走り、12才のそれは、おそらく大きな差となる。
四大魔術も四大呪術も使えない状態であれば、アルテは大人にだって負けないかもしれないが……現実は、そうではない。多くのものは魔術と呪術をそれぞれ一系統ずつ使えるものだし、最も優れた祝福を受けた者は八つすべての系統を使いこなす……。
負けてたまるか、そんなヤツに……ッ!!
キルガはゾクリとする寒気を、アルテから感じた。戦場で酷使されて死ぬ寸前の馬のように荒れた息をしているというのに、アルテの速さは、先ほどよりも確実に落ちているというのに、それでも何故か迫力を感じ取れる。
……執念。
心の力。
劣等感に抗う、気性の激しさだ。
負けず嫌いだからだな。生まれ持ってしまったプライドの高さが、無能を許さない。
難儀な性格をしている。そして、運命は残酷なものだ。商人の道に逃げ込んだ『天才女』がいる一方で、あらゆる術の才を奪われた少年は、これほどまでに力を望んでいる。才を渡せる方法があれば……『サンドリオン』の『顔隠し』は、アルテに幾つかの術才を譲渡しただろう。
そうすれば、名字を失い、『顔隠し』になることもなかっただろうからな……まったく、世の中は歪んでいる。もっと正しいように作れなかったものだろうか、光神アミシュラさま……白狼はそんなことを考えながらも、力を渇望する少年の後ろを追いかけた。
……やがて、コルトア山に辿り着く。霊鳥たちの住む山だ。修行僧たちに好まれる鍛錬の山でもある。
4キロの山道を駆け抜けたアルテは、さすがに息を切らしていた……だが、立ち止まることはしない。キルガに持たせていた矢筒と弓を取り戻す……。
「おい、ヨダレがヒデーぞ!」
『……オレは狼だぜ?その点はしょうがなかろう』
「……まあ、持たせたのはオレだしな」
『そうだ。お前の責任だ』
「……いいさ。あとで、服ごと洗う。キルガは、なんつーか獣臭いんだよな」
『おお……ちょっとショックなセリフだぜ。ちょっとだけな』
弓を左腕に通し、矢筒を腰裏に装備したアルテは山登りを開始する。コルトア山は、それなりに険しい。駆け上るわけにはいかなかった。そんなことをすれば、体が壊れてしまう……。
「『聖鯨マルケラウシス』の力があれば、壊れないで済むんだよな……っ」
『……今日のお前は、どこかおかしいな、アルテ』
「……テストのせいで、気が立っているんだよ」
『そうか……まあ、お前と呪術は相性が良かっただろうがな』
「……呪術は体力バカを強くするんだよな」
『語弊はあるが、そうだな……呪術はモノや自分の身体に使う。強化が主だ』
「魔術は……炎や雷を撃てる」
『そうだ。便利なものだぞ』
「オレが、いつか戦う相手も……そういう力を使う」
『……安心しろ。そんなことになるまでには、強くなれる』
「……わかってる。そのために、弓の腕も磨いている……」
アルテは立ち止まり、弓を左の指を絡めていく。
『狩るのか』
「静かにしてろ。鳥が逃げる」
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