第7話 節会当日の昼から~帝は自らの女御達と他の男達をカップルに見立てて楽しむ

 当日になり、まず朝の賄いを仁寿殿女御が担当した。

 この日の女御はとっておきの衣装に身を包んでいた。


 花文様けもんようのある綾に模様を摺った裳。その下に唐の綾を重ね、赤色の唐衣に二藍襲の表着、そして更に下に掻練かいねりの袿をまとっている。

 元々の容貌の美しさも加わり、まずこのひとに叶う女は居ないだろうな、と眺めながら帝は思う。

 その昔、帝は仁寿殿女御と右大将兼雅との間を疑ったことがある。

 実際は、女御がまだ入内するかしないかの頃、兼雅が言い寄ったことがあるというだけである。

 女御はそれをさらりとかわし、入内以後も時々趣のある文を交わす、というだけである。現在はその文のやりとりも特にはしないらしい。

 帝は内に居る女御、外に控えている兼雅を見比べる。

 二人とも非の打ち所も無い素晴らしい者達だ、と帝は思う。

 そしてふと怪しい考えが浮かぶ。


 ―――この女御と大将の二人は、一緒に置いても似つかわしい者達だ。


 親しめる花盛りの春なり、紅葉の秋なり、そんな風情のある夕暮れに、この二人が睦まじく未来を語り、お互いに深い心を打ち明け、語り合っている場面…… 

 それもなかなか良いな。


 ふふ、と帝は想像して微笑む。


 ―――私ばかりではない。そんな情景が実際にあったなら、聞く人見る人誰もが心を引かれてしまうだろう似つかわしさだ。


 いかんなあ、と思いつつも、ついこうも考えてしまう。


 ―――いちど二人を揃えて夫婦の様にして見てみたいものだ。  


 そう思いながら女御の賄いの采配、兼雅の相撲の準備をじっと見比べる。

 その立ち居振る舞いや人々に指示する様子が不思議と同じ位に素晴らしいものであるのに驚く。


 ―――そう、こんな感じだ。


 一つの行事に共に取り組む姿は、夫婦のそれに近いものだ、と帝は想像が現実になっている様な思いにかられた。

 ふと見ると、側に女郎花の花が生けられている。

 帝はそれを見るとふっ、と笑い、一つ取ると、御座所の外へと差し出し、こう詠んだ。


「―――薄く濃く色付いた美しい野の女郎花を、庭に移し植えて、花に置く露の心を知りたいものだ―――

 さて、この歌の意味を理解して説明できる者は居るか?」


 問いかける。

 最初に兵部卿宮が受け取って見た。


 誰か自分の手の内にある者を外の誰かにやったら?


 その程度には彼も理解できる。だが帝の本音は判らない。どの女性のことを言おうとしているのか。

 だが彼はこの時、承香殿女御にほんのりと懸想している身でもあった。

 「色好み」の彼である。あて宮の懸想人であったことは過去として、いつでも恋の一つや二つは身の回りに漂っている。

 彼はこう書き付け、兼雅に回した。


「―――籬に咲く女郎花が様々に良い香りを放っています。何処の野辺であれ、その女郎花が移し植えられることを待っていることでしょう」


 一方、回された兼雅は、正直帝の言わんとしていることがさっぱり判らなかった。

 仁寿殿女御への思いは確かにあるのだが、そこは根がお人好しな彼、帝までがそれに気付いているとは思ってもみないのだ。

 兼雅は首を傾げながらもこう詠んだ。


「―――香り高い女郎花が、仮に賎しい野辺に移し植えられたならば、野辺の蓬は女郎花をあがめてやまないことでしょう」


 そして正頼に回す。

 彼はさすがに帝の意味するところに気付いていた。

 この時の賄いは自分の娘である。それに先日の文比べのこともある。何かしら含むところがあるのだろう、と考えた。


「―――私はこの女郎花/娘を双葉の幼い頃から大事に大事に育てて、野辺に移し植えようとは考えてもみませんでした。誰の手も触れずに、籬の中でそのまま老いよ、と思っております」


 そう詠んで、正頼は仲忠に回した。

 正頼は受け取った仲忠を見る。すると仲忠はにっこりと笑った。


「―――撫子/姫を大勢育てた女郎花/親は、美しい撫子を籬/宮中の中に移し植えて楽しんでいるのです。その女郎花を花の親と崇めましょう」


 正頼はそれを聞いて、なるほど、とうなづいた。

 帝は戻ってきた花と歌を見ると、皆が銘々に受け取り方に楽しくなった。

 なるほど、兵部卿宮は承香殿をね。

 兼雅はなるほど、思った通りだ。

 そして仲忠の歌を見て、帝は思わず笑った。

 何て奴だ。こちらの考えていることの更に上を詠んでいるな。


「仲忠はどの様に理解した?」


 あえて帝は聞いてみる。


「深くは存じ上げませんが、……けどさほどに間違っているとは思いませんが、如何でしょう?」

「ふふん。なかなか賢く空とぼける奴だ」


 帝の笑みは止まらない。



 相撲の勝負が始まった。

 そのうちに日も高くなり、御馳走の賄い方も承香殿女御に変わった。

 時間が過ぎ、日が高くとも夜の御膳部ごぜんぶの時刻となる。

 元々は式部卿宮の女御の番ではあったのだが、彼女は事前にこう承香殿女御に「昼の番をお願いできませんか」と頼んでいた。

 承香殿女御はこう答えた。


「夜も引き続きしてもいいとおっしゃるのなら引き受けましょう」


 そんな訳で、夜になっても承香殿女御がその役につくこととなっていた。


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