第8話 楽しく妄想にふける帝
相撲の方は、四人の相撲人が左右それぞれから出場し、皇子達、上達部、大将、中・少将、皆観戦しながら応援していた。
無論音楽の方も忘れてはなるまい。
帝は、面白い勝負が続いたため、賄いの女御の容貌や装束が素晴らしかったにも関わらず、気を止める余裕すらない。
十二番勝負が終わった時には、勝敗は五分五分だった。
左右それぞれが決着をつけるために全員引っ込んだ時に、ようやく彼女の姿を見ることができた位である。
夕暮れの光の中、承香殿女御は不思議な程に美しかった。
時間のせいだろうか、光のせいだろうか、彼女の美点という美点が格別際だって見えた。
帝はちら、と彼女と噂の立った兵部卿宮の方を見る。
―――今日この日、この二人はただそのまま見過ごしてしまうことの出来ない人々の中にいるのだな。彼も彼女もお互いに見交わしてしまっては、たとえ身の破滅となろうとも、私としたところでそのままにはしておけないだろう。
などとまた、帝は先ほどの仁寿殿女御と兼雅の様に想像、もしくは妄想にふける。
―――ああ、よく見ると兵部卿宮も承香殿も、何と素晴らしい組み合わせだろう。表には見せず、深い心持ちを隠しているところがある二人――― として、どその限られた条件の中で、どんな恋の囁きを伝えあうのだろう?
世の中の少しでも見所聞き所のある良い言葉は残らず語り尽くしているだろうあの二人が言い交わす様子をぜひ見てみたいものだ……
ふふ、と帝は含み笑いをし、食事をしながらも承香殿女御に向かって囁く。
「今日の賄い方は、皆にお酒を奨めるはずだ。とりわけあなたは、誰かにおっしゃることがあるのではないか?」
「賄い方としての私が、御酒を差し上げたい様な方はございませんわ」
女御はさらりと返す。
その言葉を兵部卿宮が聞きつけた。
「今日は御盃の頂ける相撲の節ですよ。ぜひ私に」
彼はやや茶化した口調で言う。帝はそれを聞いて笑う。
「そんなふうに、おいしく頂きすぎて倒れる方も居るだろうね」
「倒れる方/負ける側に廻れば、思いが叶って勝つことになりましょう」
なるほど、と帝は思った。
兵部卿宮の言葉といい、様子といい、切実な思いは隠そうとしても隠しきれないものなのだ、と。
そして思う。
―――さぞ苦しいだろうな。こうして二人を並べてみるとこれもまた実に似つかわしい二人なのに。
さて、杯を女御に上げる様な者が、本当に無いものか、そっと試してみよう。
帝は承香殿女御に向かってこう詠みかける。
「―――つわもの/兵部卿宮の心の中に、あなたが宿るのは私にとって辛いけれど、乙箭/あなたが甲箭/兵部卿宮と並ぶと、お似合いだ。
だから私はあなたを咎めないよ」
女御はそれを見て返す。
「―――世間によくない評判が聞こえておりますので、射ら/いらいらして心配致しております」
東宮がそれを取った。
「―――秋の夜を待ち明かして数を書かせる鴫の羽を、今は乙箭/承香殿の側に並べましょう。
同じことなら、その様に二人が一緒になるのが宜しいでしょう」
そして兵部卿宮に回す。
「―――大鳥の羽は独り寝の寂しさと降る霜のために片羽になったようだ。今度は乙箭に霜が降って片羽になるでしょう/私達は皆さんのおっしゃる程深い関係は無いのです。
覚えのないことですね」
そう詠んで弾正宮に回す。
「―――夜が寒いのに、羽も隠さない大鳥/風聞の羽に降った霜/古い評判がまだ消えないものですね/あなたのことは前々から評判なのですよ。お隠しにならないから。
はじめに評判されたのがよくなかったのですね」
次に正頼に回す。
「―――消えてしまわないで、夏をさえ過ごす霜を見ますと、そのために冬の霜は甚だしかったのだろうと思います」
弾正宮の歌を受けた正頼は兼雅に回した。
「―――花/承香殿にさえ早く飽き/秋が来て冷淡/霜になれるのだから、野のあたりの草が思いやられます。
あなたのそら言が恐ろしくなります。私は知ってますよ」
などと皆で、ここぞとばかりに「色好み」の兵部卿宮を冷やかすのだった。
最後に兵部卿宮がそれに返した。
「―――美しいのも美しくないのも、秋の野辺の花さえ見れば、浮気な人は先ず差別なく摘んでは捨て、捨てては摘んでばかりいますね、確かに」
やはり「色好み」と昔言われた兼雅に対する皮肉のつもりだったが、自分自身にも返って来ることを、彼自身やや悔しく思った。
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