第26話 化粧品を買う
クリスは一方的に話をしているシュウを見て不思議そうにしていた。時折聞こえてくる電話の向こうの女の子の声が、家にあった「オフロガワキマシタ」の声とは違うので機械が返事しているのではないということだけを理解し、シュウを見つめている。
『そうね……お姫様系ならジルスチュワート、大人っぽい系ならケイト……でも、普通の女子高生ならキャンメイクとかマジョルカじゃない?』
「おお、ありがとう。助かるよ」
『え、プレゼントやんね? シャネルとか、ディオールもええと思う。あとさっきのジルスチュワートかな?」
「つまりは、十七歳くらいの女子へのプレゼントにはジルスチュワートがオススメ?」
『そうやねー。この御礼は今度大阪に行くときにごはん食べさせてくれたらええよ』
シュウには嫌な予感しかしない。
愛奈の家から大阪駅に来るは三十分もあれば済む場所だ。世間はゴールデンウィークというのもあるが、平日とされる四月三十日、五月一日と二日は大学も休講となるところが多い。
「い、いつ来るんだ?」
『明日行くけど、ええかな?』
「明日は冷蔵庫が壊れるので駄目だ」
慌てたシュウはなんとかごまかそうと嘘の返事をしたのだが、慌てすぎて意味不明だ。
「すまん、変な言い方をした。冷蔵庫が壊れていて、明日は休む予定なんだ」
『うん、じゃあ明後日ね。よろしくー』
と強引に日程を決めると、愛奈は電話を切った。
「それはなに?」
クリスはシュウの持つスマホを指して尋ねた。中から女性の声が聞こえてきたのが不思議なのだ。
「これはスマートフォン。遠くにいる人と話をする電話という機能と、文字で通信する電子メールという機能、他にも計算機やインターネットっていうところにつないで調べ物なんかもできる機械だよ。
今日はこれの大きいタイプの機械で地図とか見ただろう?」
「ああ、あの機械を小さくしたものなのね。それで遠くにいる人と話をしたのね……で、相手はどこの誰なの?」
何故か問い詰められるような言い方で相手を尋ねるクリスに少し慄きながらもシュウが答える。
「ああ、従姉妹だよ。二十歳の大学生で、神戸っていう街に住んでるんだ」
「ふぅん……だから仲が良さそうだったのね」
クリスは少し口を尖らせるように俯くと、ぽつりと呟く。
「オレが中学卒業するまでは一緒に住んでいたからな。オレの両親が亡くなって、十五歳まで叔父の家に預けられていたわけ。その叔父の娘だよ」
「ふぅん……」
クリスは少し目を細めて上目遣いにシュウを見上げる。その視線には何か冷たいものが含まれていて、何か疑念でも抱いているようにも見える。クリスがいた世界では従兄弟との婚姻というのも普通に行われる世界であったのだ。
しかし、シュウ自身には何も恥じることはない。年齢的に八歳も離れていれば風呂さえも一緒に入ったことはないし、完全に妹同等として扱っている。だから何故そんな目で見られているのかわからない。
「ということで、従姉妹ご推奨のお店に行ってみよう。あそこに見えてるところだな」
シュウは何故かクリスのご機嫌を損なってしまったような気がするのだが、従姉妹がもらって嬉しいというブランドの化粧品店に行けば直るだろうと手を引いて歩き出した。
ジルスチュワートの店は、女子高生や女子大生らしき女の子がたくさんいるのが離れた位置からでも判る。シュウの従姉妹の話では「姫系」と言われるお店で、明らかに化粧品を入れる個々のパッケージがとても凝ったデザインになっている。
そこに、ムジクロの服を着ているとはいえ、本物の姫様が現れると雰囲気がガラリと変わる。
一瞬、売り場がざわついたかと思うと、そこで商品を見ていた女性客たちが一歩、二歩と下がって道を空けていく。そこの商品をイメージするモデルのポスターが貼られているが、スッピンのクリスの方が目立ってしまうのである。
「まぁ、なんて可愛らしいんでしょう! 一つひとつの容器がとても、とてもかわいいですね」
「そうだな、お姫様系って愛奈が言ったのも理解できるわ……」
クリスは容器の可愛らしいデザインに感動の声を上げ、男性には理解し難いキラキラの世界にシュウは軽く首を傾げる。
だが、ポスターに映っている女性モデルを見た感じとしてもちょうどクリスと同年代くらいに見える。
料理をしている店で匿う以上は店の手伝い程度はして貰うかも知れないことを考えると、最低限の化粧は覚えて欲しいし、試練のために外に出ることを考えると身だしなみという意味での化粧は大切である。
「店員さんに化粧の仕方とか教わってみたらどうだ?」
「そんなことできるの?」
シュウとクリスの二人が話をしている頃、店員達の間では何故かじゃんけんが始まっていた。
そのじゃんけんの敗者となった女性が恐る恐る近づいてきて、シュウとクリスに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
店員としてはとても声をかけづらい相手である。何せ、ポスターのモデルよりも美人なのだ。その美少女に対して化粧を施すなんて苦行にしか感じられない。だから、「見に来ただけです」という返事を期待する。
「化粧品を一式とケア用品などを、見繕ってほしいんだ。あと、化粧の方法を教えてあげて欲しい」
「あ、はい……畏まりました。こちらにどうぞ」
店員は引きつるような笑顔を見せると、売り場に設置されている座席へとクリスを案内した。
「店員さん、この子は英語やフランス語はわからないので、できるだけ日本語で説明してやってください。何なら横にいた方がいいですか?」
シュウはコミュニケーションという意味で店員を気遣って声をかけた。
「あ、お願いします」
店員は一つ椅子を用意してそこにシュウを座らせると、早速下地の話から始めた。
普段は粉をはたく程度しか知らなかったクリスは、白い肌を保つための日焼け対策など基本的な話から興味津々という感じで話に集中していった。
手取り足取りとは言わないが、化粧の仕方そのものを指南されながら仕上がったクリスの顔は、パッと見ではスッピンだった時と変わらないほどのナチュラルメイクなのだが、ほんのりと薄いピンクに染められたチークと艶のある色っぽさを放つ唇はクリスの魅力をしっかりと引き出していた。
また、白い髪に青い瞳というとどうしても冷たい印象になるためか、目元は少し垂れ目に見えるようなアイラインが入っていて、柔らかさを出すための工夫がなされていた。
「なにこれ……こんなに変わるの?」
自分でも驚くほど印象が変わることに感動を覚えたクリスは鏡を見て小さく呟いた。
白い髪色に青い瞳が他人に与える印象というものにコンプレックスがあったのかも知れない。
仕上がった自分の顔を鏡でいろんな角度から見ては、にやにやと嬉しそうにしている。
最後に化粧の落とし方や、そのあとの手入れの仕方などを丁寧に教わり、鏡を含む化粧道具そのものまで全部揃えて買うことになった。
この時点でも高額出費を覚悟していたシュウであるが、とうとう合計で三十万円近い出費をすることになったのでさすがに冷や汗を流した。
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