第19話 シューズショップ

 たくさんの人たちが様々な色の服を着て歩いている姿はまるで濁流のようで、その中に飛び込めば勢いよく流される……それが戎橋筋である。以前は自然に左側通行になっていたのが、観光客が増えるにつれて混沌とした場所へと変わりつつあり、最も混み合う場所だ。

 シュウは前を通り抜ける人たちの隙間を見つけては、スルスルと人と人の隙間に入る。

 クリスもそのシュウに右手を握られ、ピタリとくっついて後を追う。一度手を離してしまうとそのまま人の流れに飲み込まれ、離れ離れになりそうなほどの勢いにクリスは不安になって握られた手をギュッと握ってしまう。


 道幅はそんなにないのだが、反対側の店に入るのにこんなにも技術が必要になるとはクリスは考えたこともなかったし、王都でも見たことがない人の数に一度は目を回しそうになった。ようやく、道路の反対側にあるシューズショップに到着したときにはもう奇跡なのではないかと思ったのだが、よくよく考えるとこれは自分の手を引いてくれたシュウのおかげであると気づく。


「ありがとう」


 つい、その感謝の気持ちが声になるが、シュウは一瞬不思議そうな顔をする。

 これから移動する難波や道頓堀の間を歩くには、また同じようなことを繰り返さなければならない。シュウは、ここでお礼を言わなくてもいいのにとは思ってしまうが、にこりと笑顔を作るとクリスに「どういたしまして」と返した。


「「「いらっっしゃいませ」」」


 何名もの店員の声が聞こえてくるが、常に忙しなく動いていてひと所に留まることがない。だが、シュウは素早く店員に声をかける。


「すみません、レディースはどこにあります?」

「レディースはこちらと、その向こうに展示しています。欲しいサイズがあったらまた声掛けてくださいね」


 あまりしつこく無い接客が少し心地いい。


「ありがとう」


 シュウは礼を言うとクリスの手を引いて教えられたレディースシューズ売り場へと移動する。

 最近のジョギング、マラソンブームで走るための靴も多く並んでいて、シュウは「ここじゃ無い……」と頭を振って違う陳列台の前へと移動した。

 そこには、有名どころのスニーカーが並んでいて、シュウが履いているものと同じタイプのものも安く売られていた。


「スニーカーはこっちだな。さっきのは健康づくりのために走る習慣を持つ人たちが履く靴だ。ちなみに、これは俺の靴と同じタイプだな」


 シュウは自分の靴をクリスに見せて、その後に陳列されている同じタイプの靴を指した。ストライプの色が違うものや全体の配色が異なるものなど色々あるし、作っているメーカーも異なる。

 クリスは顔もスタイルもいいし、どれを選んでも似合うとは思うが、前提条件はいま履いているデニムのパンツに合うものということになるだろう。


「クリスはなんでも似合うはずだから、気に入ったのを一つ選ぶといいよ」

「うん、でも色々あって難しいわ……」


 確かにいろんなメーカーがあり、ベーシックなデザインで普遍的な人気がある靴が多いのもこのクラスである。更に、カラーパターンも多数用意されていて、どうにも悩ませてくれる。


「色で選ぶ、メーカーで選ぶ、デザインで選ぶ……まぁ、オレのお勧めはこの三種類かな?」


 シュウはアディダスのスーパースター、コンバースのオールスターとナイキのブレーザーなどを指す。


「まぁ、この黄色い靴が可愛いわ。いま着ている服にも合うでしょう?」

「ああ、限定色みたいだし、サイズがあるといいが……」


 そう言うと、シュウは辺りを見回し、店員と目が合うと手を振って呼びつけた。


「この靴の二三.五センチの試着いいかな?」

「はい、えっと……これですね。こちらにお掛けください」


 店員は素早く目当ての靴を見つけ出すと、椅子を用意してクリスに座るよう促す。その間に箱を開けて左足側の準備を終わらせていた。


「では一度履いてみて貰えますか?」


 シュウは朝のうちに買っていた靴下を自分の鞄から取り出し、クリスに履かせると、自分でスニーカーを履かせる。


「どうかしら?」


 クリスは初めてのスニーカーでも問題無く紐を結ぶと立ち上がった。


「お? 紐の結び方、知ってるんだな」


 シュウが思わず感心して声に出すと、クリスも胸を張って答える。


「女子たるものの嗜みだもの。これくらいはできるわよ……」


 シュウが持つ貴族子女のイメージが、相当低い所にありそうだとクリスは思いながら言い返す。


「似合ってるぞ」

「そう?」

「ああ、本当だとも」


 クリスはどこか嬉しそうな笑みを漏らすと、鏡に写る自分を見ていた。


「どこか気になるところはありませんか? 爪先が余っているとか、逆に歩いてみて脱げそうになるとか……」


 店員が心配そうに尋ねると、クリスは少し考えて返事をした。


「いえ、丁度いいわ。夜になって浮腫むことも考えると、少し遊びがあるくらいでいいでしょう?」


 店員はクリスのかかと部分に指を入れて遊びの量を確認する。


「そうですね、この時間帯でこの程度の隙間があるなら丁度いいですね」

「じゃぁ、それにするか?」


 クリスは他の靴も一回り見回すと、納得したように一度頷き、シュウに返事をした。


「ええ、また欲しいのがあったら買いたいけど、今日はこれがいいわ。

 このまま履いていくってできるの?」

「はい、大丈夫ですよ。ではこちらで会計をお願いします」


 買った靴をそのまま履いて出ることを店員が認めると、クリスのサンダルを箱に入れ、店員とシュウ、クリスはレジで精算をする。


「すごくお綺麗な方ですよね。どちらの国の方ですか?」


 店員が余計なことを尋ねてきた。

 この手の質問のことを特に考えていなかった二人も悪いのだが、この場はシュウがなんとか取り繕う。


「ああ、親戚の子でね。一応、北欧系と日本人のハーフで、こう見えても日本生まれの日本育ちなんだ」

「へぇ、そうなんですね。あ、こちらがカードとその控えです。ありがとうございました!」


 シュウとクリスはうまくごまかせたことに一安心すると、店員に軽く礼を言って店を出た。


「今度同じ質問が来たら、また俺が答えるからな?」

「うん、お願いね」


 シューズショップの大きな袋を右手に持ったシュウの左手をとると、二人は次の目的地へ向かって歩き出した。

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