第16話 ムジクロ
自宅から自転車で十分もかからない場所にムジクロはある。
季節柄、夏物にシフトしてしまっているが、明け方などは肌寒い日もある五月らしく長袖のカットソーなども置いているのを見つけてシュウは安心した。
シュウは女性用の商品が並ぶ売り場に足を運ぶ。
女性用の下着も普通に売っているのだが、サイズについては全くわからない。ただ、ネットで調べた時は“Sサイズなら大丈夫だろう”とクリスが言っていたので、上下セットのスウェットやSサイズのTシャツ、ブラトップなどをポンポンと入れていく。この辺りのものは二人で改めて服を買いに行くまでの「つなぎ」でしかない。だからデザインはとにかくシンプルに……「いくらなんでもこれはないでしょう」と言われることはなさそうな無難なものを選ぶ。
もちろん、ショーツも一枚だけ、何たらドライ対応のものを選び、ショートソックスをとりあえず一枚……っと、ここでシュウは気がついた。
デニムのパンツにしろ、チノのパンツにしろ、自分がムジクロで買う時はSMLではなくセンチ表示、またはインチ表示なのだ。
シュウは慌ててデニム売り場に向かう。
――せっ、せめてサイズ表さえあれば……。
シュウはすがるような思いで売り場を見渡す。
結果、サイズ表はあった。
かなり焦ったシュウであるが、スキニータイプのストレッチ生地を使ったものを選びカゴに入れる。
――これで一通り揃ったかな?
シュウはかごに入れたものを順に思い出しながら確認する。
下着、Tシャツ、デニムパンツ、靴下……
――靴か!
ムジクロにも靴はある。ただ、すぐ隣の店はスポーツ用品店で、種類が豊富である。だが、これまたサイズがわからない。
シュウはスマホを出してキーワードを入れて検索する。
「女性 靴サイズ 平均」
結果は個人差があるものの、二三.五センチと出た。
だが、ネットの情報は曖昧で、クリスよりも背が低い女の子が二四センチですと書いていたり、有名な美人女優さんは二六センチより大きいとか書かれていて判断に迷ってしまう。
こうなると、“一時間ほどで戻る”と言って出てきたというのに、結構な時間が経った気がしてくる。
そんな時、目の前でマネキンが履いているサンダルを見つけた。少しかかとが高いが、クリスが履いていた靴もハイヒールタイプだったので問題ないと判断し、Mサイズをカゴに放り込んだ。
――とりあえず一緒に服を買いに行くまでのつなぎだから……。
頭の中はそれしかない。
だが、多少ガバガバでも小さいよりはマシである。小さいサンダルを履いて歩いていたのは一九八〇年代のヤンキーの兄ちゃんくらいのものだ。
「これで大丈夫かな……」
シュウは女性用の服ばかりをカゴに入れ、レジに向かう。
ゴールデンウィーク初日ということもあり、開店早々にも関わらず子連れの買い物客が多い。
その様子を見て、シュウは自分のカゴの中を再度見ると、昔見た昼のワイドショーでの一コマを思い出す。拐われた赤ん坊を保護し、誘拐した女性を逮捕するまでの刑事の捜査内容について説明したものだ。
――お腹も大きくなってなかった女性が突然髪おむつと粉ミルクなどを買いに来た。併せて乳幼児用の服を何着か買い求め、支払いを済ませると焦ったように走り去ったという。その刑事はその女が怪しいと直感した――
「あ、そうだ……」
シュウはわざとらしく声を上げると、慌ててレジの行列から抜けて、男性用のTシャツを三枚と、自分用の上下のスウェットを買い物カゴに突っ込んだ。
「ただいま」
会計を済ませて鈴なりの荷物を抱えて帰ってきたシュウは部屋の鍵を開いて、中に入る。
見回すとクリスは相変わらず窓から外の景色を見ていて、戻ってきたシュウには興味を示さない。
シュウはクリスのすぐそばにまで行くと、もう一度戻ったことを知らせる。
「ただいま」
別に新婚夫婦がするような「おかえりのチュー」とかを期待しているのではなく、ただ「おかえりなさい」の一言が欲しかったのだ。
このマンションに暮らして半年以上が経つが、一人暮らしが続くと「おかえりなさい」の一言に飢えてくる。
するとクリスはシュウを一瞥すると、また窓の外を見て話す。
「本当に一時間くらいね。どんな服を買ってきてくれたの?」
その話し方にシュウは違和感を感じる。
そういえば米国の映画を見ていて、「行ってきます」と「おかえりなさい」という字幕を見かけたことがない。「ただいま」は“I'm home.”と言っているのを見たことがあるが、特に「おかえりなさい」と訳されていた言葉がなかった気がするのだ。つまり、クリスの住んでいた世界では、特にそのようなやり取りは無かったのかもしれない。
「ああ、取り敢えず下着やクリスに似合う服を探しに行くために最低限必要なものは買ってきたぞ」
シュウはムジクロの袋を出すと、中身を広げて見せた。
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