第15話 目覚まし

 目覚まし時計代わりにシュウのスマホがアラームを鳴らす。


「ピピピッ ピピピッ ピピピッ ピピピッ……」


 音量が小さいのか、ただ疲れているのかはわからないが、シュウはなかなか目を覚さない。


 ――起きる時間になったら音がなるようになってるんだが、それでも起きなかったら起こしてくれるか?――


 眠ることもなく窓の外を見ていたクリスは、これがその音なのだと理解すると、寝ているシュウの上に跨り、両肩をもって揺すって起こす。


「ねぇ、起きて! わたしじゃ音を止められないし!」


 クリスにとってはスマホのアラーム音が不愉快であったこともこの起こし方に影響したのだろう。かなり大胆かつダイナミックな起こし方である。


「――んあっ?」


 目を覚ましたシュウは、半分ずり落ちたTシャツを着て自分の股間のあたりに跨り、シュウの両肩を持って全身で揺すっている美少女が目に入った。

 前後不覚に陥りそうになったシュウであったが、目覚まし用のスマホのアラーム音が聞こえたことや、クリスが必死で喚いている言葉を聞いて、起きる時間になったことに気がつく。

 といっても、二時間程度の仮眠である。なかなか頭はクリアになるものではないのだが、違うところはとても元気になってしまっており、なかなか動くに動けない。


「あっ、ああ……起きた! 起きた起きた! ありがとう」


 シュウは自分の上に跨ってじいと見つめる青い瞳に映る顔がかなり狼狽していると自覚する。

 起こされ方が特殊なので仕方がないが、かといってこのまま抱きかかえて起き上がることもできない。


「ほんとに?」

「ああ、起きたから……そろそろ退いてくれないかな?」


 シュウの言葉に、自分の股間に固いものがあたっていることに気が付き、クリスは真っ赤になる。

 慌ててベッドから退くと、走って窓のところまで逃げていった。


「すまん、これは生理現象だから勘弁してくれ……」


 シュウも言葉に困ったのだが、とにかくこの場をまとめるために精一杯の言葉をかける。

 そのあたりはクリスも理解しているのか、こくりと頷いてそっとソファに座り、また窓の外を眺め始めた。





 昼寝も済ませたことだし、まずはクリスの街着を用意しないといけない。

 また、パジャマ代わりになる服も必要である。


 シュウは、店の近くにあるムジクロまで買いに行くことにした。ただし、クリスは自宅で待機である。

 シュウのTシャツと下着姿で街を歩かせるわけにもいかないし、本来数人のメイドに手伝ってもらって着たドレスを脱がせてしまっているのだから、また着せるわけにもいかないのだ。


「そうだな、一時間位で戻ると思う。それまではこのテレビでも見ててくれるかい?」


 シュウはソファの正面にあるテレビの電源を入れる。

 ちょうど、街の中を散歩して特殊技能や変わった趣味を持つ人を見つける番組で、人間国宝シールを渡すところが映った。


「いくつも放送しているチャンネルがあるから、このリモコンで変えて好きなのを見るといい」


 シュウは気楽な気持ちで電源を入れたのだが、クリスにとってはまた新たな文明の利器の出現である。

 薄っぺらい箱についた窓ガラスのようなものの中で人が何人もいて会話をしている。こんな魔道具を見たのは始めてだ。


「これはなに? これも魔道具?」

「これはテレビという。遠くに離れた複数のところに映像と音声を同時に送り届ける機械だ。魔道具じゃない」

「中に人が住んでるんじゃないよね? こんな薄っぺらくて……わぁ!わたしよりも大きな顔になった!」


 シュウは笑うのを堪えながら実際にチャンネルを変更し、いろんな番組が放送されていることを見せると、最初に映った人間国宝シールのチャンネルに合わせる。


「いったいどうなってるの?」

「カメラという機械で撮った映像を、電波に変換して流すんだ。そして、家のアンテナで電波を受信して、このチューナーという機械がまた電波を映像に変換して表示するんだけど……」


 クリスにはやはり言葉が難しいようで、上手く伝わらない。

 映像や電波といった文明の遅れた世界では使われていなそうな言葉、そしてカメラやアンテナのような外来語が入ると理解ができないようだ。


「またゆっくり話すことにさせてほしい。

 とにかく、オレはちょっと買い物に出かけるけど、誰か来ても絶対に応対するんじゃないぞ。いいか?」

「うん……」


 クリスは少し心細そうにシュウの袖を持つと、上目遣いで寂しさのようなものを視線に乗せてくる。


「一時間くらいのことだ。テレビを見てればすぐに終わるよ」


 サラサラのクリスの頭を撫でると、クリスも安心したのかトコトコと歩いてソファに座る。


「じゃ、いってくる」

「いってらっしゃい」


 まるで新婚夫婦とは言わないが、送ってくれる人がいるというのはいいものだと思いつつ、シュウは玄関を飛び出した。

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