第11話 路地裏

 下着を買うために外に出掛けるにも、ドレスではない普通の服が必要である。

 身長や見た目から、SML表記の服であれば、Sサイズであろうことは体格的に間違いなさそうなのだが、とても細い割に出るところがドンッと出ているように見える。

 といってもここでシュウが測るわけにもいかないし、そもそもブラのサイズなんてどういう設定になっているかもわからない。


「困ったなぁ……」


 シュウが流石にどうすればいいか判らないといった顔で天を仰ぐ。

 ネットで見ると、アンダーとトップとか、計測係として仕事をさせられたら理性が吹っ飛びそうな場所をメジャーで計ると書いてあって、絶対に無理である。

 更には寄せて上げると言う動作だ。カップの中に「あなたはおっぱい」と呪文を言いながら背中や腹から脂肪を寄せ集める係を自分がするなんて考えられない。

 もちろん、そんな係は回ってこないのだが、シュウは鼻の下を床に擦るほどに伸ばして考えていた。


「この書き方だと、わたしはこの大きさね」


 クリスはとりあえずドレスを脱いだあとに着る服を探していた。

 やはりSサイズを指しているが、店の表記は実際よりも大きなものが多いので、実際はSSでも足りるような気がする。ただし、ブラトップについてはSサイズでも小さそうだ。


「ああ、とりあえず下着を買いに行くのに必要な最低減の服だけ買ってくる。独りになるけど待ってられるかい?」


 シュウはとても温かみのある優しい言葉をかけると、クリスはコクリと頷いた。

 だが、時計を見るとまだ時間は朝の七時になろうかという時間である。

 いくらここが大阪の繁華街に近いとはいえ、店は営業時間外だ。


「あ、ごめん……いまは朝早いから店が開いてない。三時間くらいしてから買いに行こう。となると――」


 シュウは店に奥にある和室を使うべきか、それとも黒門市場の近くにある自宅で休むか考える。

 店内の和室では風呂がなく本当の仮眠だけだが、自宅であれば風呂に入ってから寝ることもできる。もちろん、覗く気はないがクリスも風呂に入れるのだ。


「風呂は好きかい?」

「ええ、もちろん大好き。この国にも風呂はあるの?」


 シュウが尋ねると、興味深そうにこの国の風呂に興味があるようだ。


「ここは元々が店だから風呂はないけど、たぶんほとんどの家に風呂はあると思う。ただ、広いと冷めるのが早いから、適度な大きさって感じだけどな」

「まぁ、ぜひ見てみたいわ。シュウさんの家にはないの?」

「もちろんありますとも」


 シュウは少し得意げに胸をそらしてお風呂があると言うと、そのまま自宅に行く案を提示する。


「間違っても変なことはしないから、オレの家まで一度行こう。風呂もあるし、寝具も用意できるからな……いやなら、ここで仮眠するだけになるが、どっちがいい?」


 初めて会った男性の家へのお誘いである。

 普通ならついていくと言う返事は期待できないが、相手は行き場のないクリスである。


「ええ、いいわ。シュウさんの家にいきましょう。そのかわり……お風呂も入っていいかしら?」

「ああ、全然問題ないよ。では、善は急げと言いまして……」


 シュウは引き戸を開くと、クリスを店の前まで連れ出す。

 一時間くらい前だろうか、クリスが独り飛び出して自分が住んでいた街とのギャップを知り、そこから心が押しつぶされそうになるほどの孤独感や焦燥感を感じた場所だ。

 だが、今度はそのような感覚がクリスを襲うことはなかった。

 見たこともない建物、文化、乗り物など……クリスの興味を引くことばかりだ。


 シュウの背後についてクリスは朝の裏なんばを歩く。

 猫がそろそろと道端を歩き、スズメや鳩が路上に落ちた何かを嘴で突き啄む。

 青黒い石が全ての路を覆っているが、一方通行の大通りに出てしまえば石でできた歩道に、街路樹が植っていた。その木がなんの木かはクリスにはわからないが、何もかもが石で埋め尽くされ、石でできた建物に覆われた世界で見る街路樹に、「この街にも緑はあるのだな」と思うことができた。

 その街路樹の向こうに見える車道ではビュンビュンと鉄の塊のような乗り物が馬もなく走りすぎていく。


「あれは、中に人が乗っているのね。馬はいないようだけど、どうやって動いているの?」


 クリスは耐えきれなくなって自動車を指してシュウに尋ねた。


「あれは自動車。高度に精製した油を燃やして動くエンジンというものの力で動くんだ。用途によってトラックという荷車になったり、人を大勢乗せて走るバスというものになったりする」


 シュウは横断歩道のある交差点に向かってクリスを先導するように歩きながら説明する。


「詳しく説明するとキリがないから大雑把な説明だけど、いまここで説明するにはこの程度で勘弁してほしい」

「ふぅん……」


 クリスは交差点の赤信号が変わるのを待つシュウの横顔を見上げるように見つめた。

 すると、信号機のことも説明しないといけないとシュウが慌てて話し始める。


「正面に見えるのは信号機。信号機は青色の時に渡るんだ。歩行者用は点滅すると危険だから渡り切るまで走る方がいいかな。だいたいは道路の半分くらいは歩ける程度の時間点滅するから、中央を超えてから点滅を始めたら走る必要はないかな……」


 クリスは道路の向こうに見える信号機らしきものを見つける。

 赤く点灯していて、これがいまは渡ってはいけないことを示していることを理解した。

 そして、いま渡ろうとしている通りには、別の信号機が設置されていることに気づく。


「こっちの赤と青、黄色の信号機は基本的に自動車やバイク……車輪が二つの乗り物用で、青は進め、黄色は注意、赤は止まれを意味する。でも、この大阪という街の場合は青は安心して進め、黄色は進め、赤は注意だって噂が広がるほど、自動車の運転が乱暴だから気をつけるんだ。あくまでも、左右を確認して渡るってことかな」


 信号が青に変わって、シュウとクリスは歩き始める、

 渡った先は黒門市場だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る