第8話 シュウの決意

「部屋……部屋かぁ……」


 シュウは最初にクリスがした話を思い出す。


 “領都マルゲリット城内にある部屋の一つなのでしょう?”


 その言葉と、握手した時の手の感触は明らかにある事実を示している。


「ところでクリスさん、何か隠してるよな?」

「えっ?」


 貴族の子女であれば、初対面の平民相手に自分の素性をすべて話すなど、非常に危険なことである。人質として囚われることもあれば、国を滅ぼされて奴隷落ちすることなどは昔から当たり前のように行われているのだ。

 クリスは動揺しつつ、平静を装うように落ち着いた話し方を心がける。


「かなり高貴な方のようですが?」

「えっ……どうしてそんな風にお考えになるの?」


 いや、言葉遣いがまず違いすぎる。


「さっき、マルゲ……なんとかの城の部屋がどうこうとか言っていたし、その言葉遣い、衣装だとか、水仕事も力仕事もしたことがないような柔らかく美しいその手だとか……すべてが君の身分の高さを語ってるんだが?」


 クリスは言葉を失う。

 身分をバラすことが自分の命の危機に繋がることのようで、不安でたまらなくなり、身体がガタガタと震え始める。

 それを見て、シュウはまずいことを聞いてしまったことに気がつく。まぁ、目の前で震え始めたのだから当然だ。


「いや、特に他意はないんだ。そもそも、オレが住む国には身分制度というものがない。貴賤の区別というものが建前上は存在しない世界だ。しかも、オレがクリスを囚えたところで、クリスの両親に身代金を要求したくてもできないだろう?」


 シュウは一生懸命に言葉を並べ、自分に悪意が無いことを説明する。


「ただ、なんかさ……」


 シュウはカウンター手前の台についていた両手を離し、姿勢を正してみる。でもなんか違う気がして、右手で後頭部をポリポリと掻く。


「なんか、守ってやりたい……守らなきゃいけない存在だって感じてしまうんだ」


 恐らく、パリコレモデルの中でも、全世界の女優の中でもクリスの美しさに勝てる女性はいない。そしてそのクリスはまだ見た目では十六か、十七歳といった年頃である。

 そんな少女が、明らかに違う世界――異世界から突然、現代日本の自分の目の前に現れたのだから、クソ真面目で愚直なシュウに庇護欲が湧くのは仕方がない。


 そしてそこまで話をすると、シュウはちらりとクリスの方に視線を向ける。正直なところ、照れてしまって、正面からクリスを見ることができない。


 先程までクリスは震えていたが、少し落ち着きを取り戻したのかぼんやりとした目でシュウを見つめていて、視線があった途端に居住まいを正す。


「そうですね……嘘を並べ続けてもいつかは露呈するものですもの。

 わたしはアプレゴ連邦王国のナルラ国を治めるアスカ連邦侯爵、エドガルド・R・アスカの次女、クリスティーヌ・F・アスカです。これでよろしいかしら?」


 覚悟を決め、凛とした態度でクリスが自分の身分を明かす。

 それを見たシュウは真剣な眼差しでその内容を受け止める。


「ああ、問題ない。ただ、そんな異世界の超お嬢様がこのオレが住む地球という世界の日本という国に突然現れたことが他の人達に知れると、たいへんなことになる……」


 未だに生命体が現存することが確認できた他の惑星などはなく、科学者がその存在すら否定する地球に、異世界からの来訪者が突然現れたとなると、全世界からの注目の的になってしまう。

 それがシュウの店にとって良い方向につながることであればいいのだが、シュウの予想では悪い方向にしか繋がらない。


「だから、クリスさん……君のことはオレができる全力で守る」


 シュウは両手をクリスの肩に乗せ、正面からクリスの瞳を見つめて告げた。

 その仕草に、クリスは一気に頬を赤らめる。

 父親や兄以外の男性に両肩を持たれるなど初めてのことだ。もちろん、顔もとても近い。


「貴方がわたくしの騎士になってくださるということ……ですか?」


 少し俯き、クリスはまた上目遣いでシュウに尋ねる。

 その表情を見て、シュウは慌てて両手を離し、椅子に座り直した。


「騎士だなんて大袈裟で、偉い人物にはオレには無理だ。ただ、クリスさんがいた世界に帰るための手伝いをする。その間、クリスさんには色んな人たちが声を掛けてくるだろう。これだけの美人なんだから、声を掛けられない訳がない」

「まぁ、美人だなんて……お世辞でも嬉しいですわ」


 異世界での美醜の流行はわからないが、地球においてはある程度の法則があるという。その法則を当てはめるまでもなく、クリスは絶世の美女であると言える。


「いや、お世辞でもなんでもなく本音なんだが……。

 と、本題に戻るとだな……騎士というよりも、クリスさんを保護する感じだな。うん、保護者ってやつだな」

「保護者?」


 クリスの住む世界にはない概念のようで、クリスは少し怪訝な目でシュウを見つめる。


「両親や親戚みたいなものかな?」

「では、これからはわたしのことをクリスって呼んでください。わたしも砕けた口調で話すことにしますから」


 あまりものクリスの口調の変わりっぷりにシュウが驚いていると、クリスは悪戯っぽい笑顔を浮かべる。


「貴方のことは、年上のようですからシュウさんって呼びます」


 何も知らない地球という世界、その日本という国の中で家族のように自分と接することを約束してもらえたことで安心したのか、クリスの笑顔は悪戯っぽさが抜けてとても自然になる。


「ああ……」


 シュウはその美しさにしばらく見惚れることしかできなかった。

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