第7話 これからのこと

 突然、異世界の貴族子女がこの店に単身でやってきたのだ。

 もし面倒事というのが大嫌いな人間であれば放逐してでも関係を絶ってしまうだろう。その方法として、例えば警察に預けるというのはどうだろう。


 異世界なんて科学的に証明されていない場所から突然やってきた少女であるといくら主張しても警察官に信じてもらえるわけがない。

 だいたいが、大阪の裏なんばという街は東京の秋葉原のようなサブカルが発達したエリアへとどんどん変わってきているのだ。似たように異世界から来たとか言い出す厨二病患者はごまんといるだろう。

 結果、いつもの厨二病患者と扱われるも、国籍がないので不法入国者として扱われることになる。その後は留置場に入れられ、拘置所で暮らすことになるだろう。ただ、強制送還する場所がないのだから、そのまま日本で暮らすことはできるかもしれない。現にこうして日本語で話が通じているのだから。

 まぁ、それは裁判所がどう判断するかで決まることだ。


 そこまで考えて、シュウは違和感を感じる。


 ――なぜ日本語が話せるのか


 今まで普通に会話をしてきたので気がつかなかったが、非常に不思議なことだ。

 だが、シュウはそのことについては横に置いておく。いざ、日本に帰化するとなったときに日本語が話せるというのは強力なアドバンテージになる。なぜ話せるのかというよりも、話せるという事実の方が大切だ。


 では、警察や外務省が異世界の存在を認めたらどうなるか……。

 恐らく厚生労働省あたりが異世界からの病原菌などの検査と称してクリスを拘束し、様々な検査が行うことになるだろう。そう、あのスピルバーグの名作映画のように防護服を着た人たちに囲まれ、クリスの身体中にチューブを挿入し、多数の電極が身体に装着される。排泄物や胃の内容物、遺伝子情報なども検査するのではないだろうか……そして、もし途中で命を失おうものなら解剖して、ホルマリン漬けにでもされてしまうのだろうか……。


 シュウは頭を振り、今考えた未来を否定する。


 そして、もう一つの違和感に気がついた。


 ――異世界の入口と出口は違うのか?


 クリスは異世界で扉を開いたらこの店の中につながったと言ったのだ。

 もし、異世界に戻るための扉を開くとしたら、この店の扉である可能性が非常に高い。そして彼女の言う「試練」をクリアすることが異世界への扉が開く条件なのだろう。


「ううむ……」


 シュウが眉間にシワを寄せて難しい顔をしていると、クリスが食事を終える。


「すごく美味しくいただきました。ありがとう」


 居住まいを正してクリスはシュウに礼を言うと、その難しそうな顔をしたシュウを見てその瞳に僅かな恐れのようなものを見せた。

 その瞳の変化を見て察したシュウは慌てて言葉を返す。


「いえいえ、お粗末様でした」


 にこりと笑顔を作り、クリスに向かって頭を下げる。

 自国では頭を下げる習慣がないのか、クリスは不思議そうにシュウの姿を見つめている。


「なんだかとても難しそうなお顔をしてらしたけど……何か問題でも?」


 クリスは一度伏せ目気味に俯き、心配そうに目を潤ませてまたシュウを見上げてくる。

 そんな顔を見せられてしまうと、シュウも目を合わせることなどできない。少し視線を逸らして今思ったことを言う。


「まぁ……なんだ。とにかく、ここの扉がクリスさんの住んでいた世界と繋がったって言うことは事実なんだよな。クリスさんからすると、この扉が自分の住んでいた世界からの出口ということになる」


 最初はぼんやりと聞いていたクリスだが、次第に大事な話であることに気がついたのか、背筋を伸ばし、話を聞くという意思を身体全体で表現する。

 それを見るでもなく、シュウは言葉を続ける。


「では、こちらからクリスの住んでいた世界への入り口は一つしかないのか?」


 ここでようやくシュウがクリスの瞳に視線を向けて問いかけた。


 クリスはふと顔を上げて視線を宙に彷徨わせると、何かを確信したかのように力の溢れる視線でシュウを見た。


「ええ、間違い無いですわ。こちらでは魔法を使えないのですから、扉に転移するための魔法をかけるのに往復できるよう考慮されているはずですもの」

「ということは『試練』というものをクリアすれば、それがクリスがいた世界へ扉を開く鍵になるということなんだが……」


 クリスの話を受けて、店の引き戸が異世界への出入り口であることをシュウは確信した。だが、あることが理由で「試練」については心当たりがまったくない。


「この店は半年ほど前にオレが借りたところで、何にも知らないんだよなぁ……」


 シュウは困り果てた様子で溜息を吐くと、スッと立ち上がり店の中を見回す。

 厨房の機器は一新しているし、触っていないところというのは店の引き戸だけで、それもこれから時期をみて改装しようと思っていたところである。

 いま、店に入ってすぐの場所にあるレジ置き場のようなところがシュウには不要なのだ。扉を開けて、すぐにレジがあるなんて泥棒にとってはいい鴨でしかないのだから。


 玄関の引き戸以外で改装していない場所は店の一番奥にある個室用の和室である。部屋の中を確認すると、テレビが置かれ、シュウが仮眠するための布団が敷かれた休憩室になっている。

 そこに前から残っているのは柱時計くらいのものだ。

 シュウは毎日ネジを回すのを楽しみにしているので、その中にはゼンマイを回すための巻鍵しか入っていないのはよく知っている。


 せっかく巻き鍵まで出したのだから、壁掛け時計の文字板の上にある小さな穴に巻き鍵を刺すとギリギリと音を立ててシュウはネジを巻いておいた。

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