Scene13

僕が疑問をたくさん抱えて脳みそを可能な限りフル稼働させる中、口を開いたのは、依頼人の彼だった。


「なあ。そんな事ってあるかよ。」


そう言ったきり、頭をぐしゃぐしゃとしたまま、ぼーっとした顔をしている。

問いかけたはずが、何の答えもかえってこない空間というのは、不思議と居心地が悪いものではなかった。


「三神、だったのか、名字。」


答えをくれない相手に問いかけるその声は、涙をこらえるのに必死なようだった。


「園長先生だったって言っていたから、役所で調べたらすぐに資料が出てきたよ。もう随分前にリンドウの家はなくなっちゃったみたいだけど。君が再会したころには、もう弱り切っていただろうしね。

だから気付かなかったんでしょう、お義母さんだって。」


もしかして、いや、もしかしなくても、その人はもうこの世にいないのだろう。


それでも、彼の暖めつづけていたその願いは、すでに叶えられていたのだった。知らない内にもう一度その人に会っていた。


そしてその人が残してくれた“娘”という宝物を、幼いままの彼は、大事に、大切に、妻として心から愛していたのだ。



「そっか。そうだったんだな、すげえな。」


めったに見る事のないこの人の涙にぬれた純粋な笑顔は、きっと昔と何も変わっていないのだろう。


少し赤くなった目で話す彼には、リンドウが本当によく似合うと、ふと思った。


「この世界、捨てたもんじゃねえな。ありがとな、鳶。」


冷蔵庫のビール、飲んでいいよ。

そういって鳶さんはまたフラフラと帰って行った。


「もう少し、あと少し、早かったらな。」


彼の話によると、結婚の挨拶に行ったときには、その人は病院のベッドのうえで、意思疎通は困難だったという。


「そんな中でさ、初対面だと思っていた俺の手を、奥さんの手と重ねてさ、面会時間が終わるまで、ずっと、優しくさすりながら握ってたんだよ。俺なんであの時気づかなかったんだろうな。」


すらっとしたその体を小さく縮めて言うものだから、なんだか見ていられなかった。こんなに弱弱しい姿は初めてだった。


「忍野さん、きっとそばでお義母さんは見てらっしゃいますよ、喜んでくれてると思います。とか僕言いませんよ。

そういうことになったなら、そうなる事はほぼ決まってたんですよ、きっと。気付かなかったことを悔やむなら、奥さんとの運命の出会いに感謝するべきです。」


精一杯励ましたつもりが、余計なこと言ったな と、ものすごい後悔に苛まれていると、


「村中、俺もうちょっと生きてえよ。」


大の字になって大きな声でそう言った。




そうやってにやにやしてるのがよく似合います。忍野さんは。

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