Scene2

「なあ村中、帰ろうぜ、もういいじゃん。」

ものすごい「気怠い」オーラがでている。でている。


この人がなぜ職務中に僕を呼び捨てにし、僕にため口でこれほどまでにフランクに話しかけているのだと聞かれれば、まあ、なぜか気に入られたというほかに大したきっかけがあったわけでもない。


「忍野さん、これ仕事ですからね、仕事。」


塾に置いている高校の入試案内のパンフレットが、業者側のミスで届かず、向こうのミスのはずが、なぜかこちら側が取りに行かねばならないという、なんとも訳のわからない仕事である。

その上、三年前から上司にコンビを組まされたまま、この男と常に行動をともにしなければならないのは、先ほども発揮した彼の自由気ままな性格のせいだと思う。絶対。


「じゃあ飯食おう飯。そこのファミレス入ろうぜ、な、村中。」


「三十分だけですよ、忍野さんいつも一時間かけて食べるんだから。」


隣でぼそぼそ文句を言っている男は放っておいて近くのファミレス店に入った。


「いらっしゃいませ、二名様ですね、おたばこ吸われますか?」


若い女性店員は、暑い外から涼しいファミレスへ導いてくれる天女のような、美しい人だった。


「吸わねえよ、癌とかなるじゃん、俺もうちょっと生きてえもん。」


この人には天女が見えていないのだろうか。

あぁ、この人は愛妻家だったな。


「すいません、禁煙席お願いします。」


柄の悪さに反してたばこも吸わず、とにかく卵料理しか食べない。

僕はほぼ毎日彼と食事を共にしているわけだが、彼の食べているものの中に卵料理がなかった記憶はない。本人曰く菜食主義らしい。

ベジタリアンにも様々な種類があるらしいが、それにしても卵ばかり食べているというのは如何なものか。


「俺、肉なんて食えねえよ、だって普通に生きてたんだぜ、俺らみたいに。」


だ、そうだ。それならば、あなたの食している卵たちは普通に生まれてくる命だったろうに。


「村中、俺さあ、初恋の人、探してんの。」


「いやいや、既婚者でしょ、あなた。しかもすんごい愛妻家じゃないですか。」


「それがな、昔近所に住んでた人なんだけど、俺の母さんより若いくらいの人で、娘がいて。でも名前が思い出せないんだよな。」


「ああ、初恋っていうより、憧れの人って感じですか。ありますよね。」


「俺、死ぬまでにどうしてもその人見つけたいんだよ、もっかい話したいんだよな。その人、俺の事すごい可愛がってくれてさ、本当に大好きだったんだよ。」


「忍野さん、そういう所、純粋ですよね。」


「その人はさ、いっつも、この世界って案外捨てたもんじゃないよ、って言うんだよ。」

忍野さんは滅多にしないような優しい顔で話す。


「はあ。このご時世、あんまりそんなこと思いませんけどね。」


「だろ、俺もそんな事思える瞬間に立ち会ったことないんだよな。だからさ、その人にもう一度会えた時は、その時はそう思えるんだろうなって思って。それでずっと探してる。」


こんな彼にも可愛らしい少年時代があったらしい。

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