第8話


「さて、まずは執事君の勘違いから正そうか。確か、予告状には{次の満月の夜、満月が登り切るその時貴家の家宝である、ムーンストーンのネックレスを頂戴しに参上します}と書かれていたよね。さて、執事君。これをどういうつもりで書いたのかい?」


?変なことを聞く人ですね。満月が登り切るのは真夜中なはず。


「真夜中つまり午前零時です。そうであるはずでしょう」

僕のこの答えを聞いてサルビア嬢は微笑んだ。そしてまるで出来の悪い生徒を指導するかのような口調で言いました。


「それは違うよ。詳しい説明は省かせてもらうが、実際は満月が南中するのは午前零時付近だ。大体、前後数十分の誤差がある。そして天文台によると今日の満月の南中時刻は二十三時三十七分だ。皆さんこの時間に何をしていたかな」


 言われて、会場の面々がそのときのことを思い出しています。僕は何をしてたでしょうか、多分お嬢様の後ろで検算というか、ただ仕掛けが作動するか心配してたと思います。他の人達も僕と同じようにあの時、何をしていたか考えるように視線をあちこち彷徨わせていらっしゃいます。


「ベコニア嬢がネックレスを玩具にしていたときだよ」


 けれど、サルビア嬢はあまり引っ張る気もないのか、割とすぐ答えてくれました。それを聞いてみんなが一斉にお嬢様のほうを見ます。まさかと思いましたが、不意に今日もとい昨日からお嬢様に感じていた違和感がフラッシュバックしました。朝起きないお嬢様、朝食の順が違うお嬢様。色々と違うお嬢様が脳内を駆け巡っていきました。


「お前は誰だ。ベコニアはどこにいる」


気がつけば、そうベコニアに似たナニカに向かって叫んでいました。


「ほう、私の変装を見抜くか。やはり、お前は面白い」


 そう言ってベコニアに似たナニカが指を鳴らすと、そこにいたのは若い男の人でした。白いタキシードに身を包み、片眼鏡をしていて、どっからどう見ても、御伽の中の怪盗でした。


「怪盗モンステラ。ただいま参上」


「では、私のほうから補足の説明をさせていただこうか


「私はご存じの通り、怪盗を生業としているものでね、全国各地に眠る財宝が、私が盗むに値するか、情報収集を常にしている。その中で、近代化が進む現代とは思えないほどに、黴の生えた風習を持つ家があるという情報を掴んだ。さらに探ってみると、哀れな少女が想い人と結ばれることなく、宝石と共に朽ちていくことを知った。


「さらに、何やら一使用人が、面白そうな計画を立てているではないか。これだけの要素があれば完璧だ。私はムーンストーン及び、哀れな少女を次の獲物に決めた。


「後の話は簡単だ。使用人が出したニセモノの予告状を本物の、私てずから書いたものとすり替え、パーティ前日に少女と入れ替わった。後は、サルビア嬢の推理通り、月が満ちる時刻にムーンストーンを頂いた、という訳さ。


「ああ、少し喋りすぎてしまったようだね。それでは、そろそろ帰らせてもらうか」


 その言葉を皮切りに、モンテスラが喋り続けている間、止まったままだった会場の時がようやく動き出しました。


「あいつを捕まえろ!決して逃がすな!」


 御館様が叫ぶと、裏に控えていた衛兵たちが一斉にモンステラ向かって飛び出しました。中には剣や槍を携えた人もいます。しかし、モンステラはパッと大きく跳躍すると、槍、壁を足掛かりに、さっきまで電気の消えていた天井の電球に飛び乗っていました。


「はっははー。今宵のショーも愉しかったぞ。では、さらばだ」

 

そう高らかに笑ったモンステラは、窓を蹴破って、いつの間にかそこにあった気球に乗り込んで、屋敷の外に逃げていきました。


 「何をしている!追え!追うんだ!何としても取り返すんだ!」

 

 すぐに御館様が叫びますが、誰も動きません。いかに鍛えられた衛兵でも、陸上で捕えられなかった相手を、まして空中で捕えることなんて出来る訳がありません。御館様も、動き出さない彼らを見て気づいたのでしょう。次第に声が小さくなり、最後には


「クソッ。これでは…」


と、膝をついて呟くだけでした。


 こうして、後世にも語り継がれることになった、貴族制度の終わりのはじめを告げる事件は、宝石を盗まれたままモンステラを逃がすという、最悪の結果に終わったのでした。

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