第32話 広天とフェリア、誓いを新たに、旅立つこと

「こんなもん、か……」


 真っ黒に焼け焦げ、何一つ残らぬ灰の荒野。


 そこに石を並べ終わり、広天はパンパンと手を叩いて煤を払った。


 そして背嚢から一振りの剣を取り出し、それをじっと眺める。


「置いていくんですか?」

「どうするのがいいと思う?」


 不意に背後からかけられた声に、広天は答えた。


 並べた石は全部で十八。今はもうこの世にいない、不肖の弟子と、その妻の数。そこに、彼が研いだ剣を墓標としておいていくか、広天は悩んでいた。


「……連れて行って欲しいって……」

「お前に器物と話すような機能はないはずだぞ」


 言いつつも剣を鞘に収め、広天はフェリアを振り返る。


「はい。でも……わたしだったら、そうして欲しいと思うので」


 宝貝どころか何の変哲もない、ちょっと上手に研がれただけの数打ちの剣だ。持って帰っていったところで何に役立つものでもないだろう。


「ここで一人待つのは……寂しいですから」

「……そうだな」


 だが、ここにはもう誰もいないのだ。かつて人や街だった灰と、広天が置いた石。そんなものしかない場所に置いていくのが哀れと言うなら、確かに哀れだ。広天はそう思い直し、剣を腰に収めた。


「……マスター」


 何とはなしに空を見上げる広天に寄り添うように近寄って、フェリアは小さく彼を呼ぶ。


「ありがとうございました」

「んむ」


 一体何に対する礼なのかはわからなかったが、広天は鷹揚に頷いた。


「お前はもう、何度もこの戦いを繰り返してるんだろ?」

「……はい」


 フェリアが魔王と戦うのは、これが初めてではない。彼女は初めて会ったときにそう言っていた。


 彼女はその度にこんな思いを抱いて、別れを繰り返しているのだろう。


「それも今回で、最後にしてやる」


 広天がウォルカノを殺さなかったのは、それが理由の一つでもある。殺すこと無く薬缶にしてしまえば、美味しいお茶を淹れることくらいしか出来ない無害な道具だ。


「ご無理は……なさらないでくださいね」


 椅子か、はたまた湯呑か。魔王は何にしてくれようか。そんな事を考えていると、フェリアがこつんと額を広天の胸元につけ、祈るかのように呟く。


「何、心配するな。仙気の問題も黒龍缶のおかげで解決したしな」


 宝貝で作り上げた飲食物というのは、僅かながら仙気を帯びる。故に、広天はこのところ暇さえあれば黒龍缶で淹れた茶を飲んでいた。仙郷でなら呼吸をしているだけでも得られる程度の量でしか無いが、先だってのような無茶をしなければ当面は問題ないだろう。


「そういうことではなく……」


 自分が広天の手によって、剣ではないものに作り変えられてしまったように。


 自分もまた、広天を別の存在に作り変えてしまったのではないか。そんな危惧をフェリアは抱いていた。


「お前は俺が作った宝貝だ。言うなれば、子供のようなもんだ」


 顔を上げ、心配そうに見つめるフェリアの頭を、広天はくしゃくしゃと撫でた。


「子供が余計な心配しなくていいんだよ。全部俺に任せておけ」

「……はい」


 乱された髪を手で押さえ、フェリアは頷く。


「あなたは──」


 強い風が吹き抜けて、その金の髪をなびかせる。灰が舞い上がり、青い空にまるで雪のようにひらめいた。


「なにか言ったか?」

「……いえ」


 フェリアは首を横に振り、風に消された言葉を胸の内へとしまい込んだ。それを聞けばきっと、彼はまた自分なんかを心配すると知っていたから。


「よし。これで野暮用は終わりだ。行くとするか」

「はいっ」


 歩き始める広天の背中を追いながら、フェリアは心の中でもう一度、呟く。


 ──あなたは何があろうと、必ずわたしがお守りします。マスター。


 かくして、それぞれの想いを秘めた二人は次の戦いへと歩みを進める。

 誰一人いなくなった地に、白い灰がひらひらと降り注ぎ、墓標をゆっくりと埋めていった。

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異世界仙人、伝説の聖剣を鋳溶かす 石之宮カント @l_kettle

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