第31話 黒竜ウォルカノ、その無残な姿を晒すこと
ウォルカノとの対決から、三日が過ぎた。
「コウ君、もう大丈夫なの!?」
その日の朝、宿の一階で営業している食堂で広天を見つけ、ミナは慌ててそう尋ねた。
フェリアと彼は戦いが終わるなり、疲れたと言って部屋にこもっていた。それから一度も外に出てこないのでミナは心配していたのだが、当の広天は呑気に茶などすすっている。
「大丈夫って何がだ?」
「何がって……疲れたって言ってたじゃない」
仙人である広天は疲労しないと言っていた。にもかかわらず、何日も食事もせずに寝込んでいれば心配にもなる。
「ああ。フェリアなら多分そろそろ起きてくるんじゃないかな。お前も飲むか?」
広天はずず、と行儀悪く音を立てながら茶をすすり、ミナにそう勧める。
「……頂くわ」
心配していたのが馬鹿馬鹿しくなって、ミナは広天の対面に座って呆れ声で答えた。
広天の袖からまるで魔法のように陶製のコップが現れ、彼は傍らにおいたポットから茶を注いでミナに渡す。
「っていうか元気なら、コウ君は三日も部屋にこもって何してたのよ?」
まさかつきっきりでフェリアの看病をしていたわけでもないだろうに、と思って尋ねると。
「うむ。新しい宝貝を作っていたのだ」
「心配して損した……」
案の定な答えが返ってきて、ミナは完全に脱力した。
「ところで結局ウォルカノはどうなったの? 倒したっていうのは聞いたんだけど……やけに早かったし」
広天がどのようにウォルカノを倒すかは、ミナ達にも伝えてはいなかった。万に一つも仕組みが漏れてしまえば、回避するのは簡単なことだからだ。呼びかけられても答えなければいいだけの事なのだから。
「それはわたくしもお聞きしたいですわね」
そこへエレクトラがやってきて、卓に加わる。
「ああ……それについてはちょっと説明しなきゃいけないことがある」
珍しく、広天は何やら歯に物の挟まったような言い方をした。
「遅れてすみません。みなさん、おはようございますっ!」
最後に少し慌てた様子でフェリアがパタパタとやってきて、広天の隣に座る。
広天は茶を注いで配ると、おもむろに口を開いた。
「ウォルカノは倒したんだが、実を言うと死んではいない」
「えっ」
「あら」
「……そう、なんですか?」
広天の言葉に、ミナ達は三者三様の反応を見せる。驚きに目を見開くミナ。不思議そうに小首を傾げるエレクトラ。そして──どこかホッとしたように、フェリア。
「というより、殺せないんだ。俺がウォルカノに使ったのは罠の宝貝で、これには基本的に相手を捕らえる機能しかない。あいつの鱗はめちゃくちゃ頑丈だから、宝貝の中で潰したり切ったりすることも出来ない」
「つまり……」
ミナは張り詰めた表情で、ごくりと息を呑む。
「解放して、改めて倒さなければならないってことね」
そうするとなれば、恐らくそれが出来るのは彼女と嵐の魔剣だけだ。剣の形をしていたならともかく、ツルハシの状態のフェリアではウォルカノの鱗は貫けない。
「いや、その必要はない」
が、首を横にふる広天に、ミナは拍子抜けした。
「どういう事? ずっと捕まえたままにしておけるの?」
「うむ。そうすることも出来なくはないんだが、逃げ出したり解放される可能性もあるのでな。無害化することにしたのだ」
そう説明する広天の口ぶりは、やはりどこか苦々しい。
「無害化……ですの?」
「ああ。奴の事は許してはおけないと、俺は思った。だから……」
そこで広天は一度言葉を切り、茶を飲み干した後、言った。
「奴を、宝貝の材料にした」
「……は?」
思ってもみない言葉に、ミナは思わず間の抜けた声を上げてしまう。
「お前たちに何度も沸かしてもらった水があっただろ? あれで俺が作ったのは、真水……そのものはここじゃ作れないから、まあ、亜真水とでも言うべき代用品だが、性能にそこまで違いはない」
真なる炎である真火がなんでも燃やす火であるなら、それを消し止める事ができる真水はどのような力を持っているのか。
「真水はなんでも溶かす。と言っても酸じゃないんだからその速度は極めてゆっくりとしたものだが、どんなものでも溶かしてしまう。……たとえ、鋼よりも硬い竜の鱗でも、だ」
ちゃぷん、と広天は
「この瓢箪の中身の空間は圧縮されていて見た目よりも遥かに広大だが、時間もまた圧縮されている。別に中にはいったら即座に爺になるというわけではないが、何百倍、何千倍もの早さで反応が進む。そうしてウォルカノを鋳溶かし、材料にした」
「それで……どんなものを、作ったの?」
恐る恐る、ミナは尋ねる。あの凄まじい炎を吹く黒竜を材料にしたら、どれほど強力な魔剣が生まれるのだろうか。考えただけで恐ろしく思えると同時に、期待せずにはいられなかった。
「眼の前にあるだろ?」
「え?」
キョトンとするミナに、広天は机の上を指し示す。
「……忌々しい」
その指の先から、低い、唸るような声が上がった。
「何故我が……このような姿に……!」
「お、湧いたぞ」
真っ黒なポットが、怨嗟の声とともにピーと高く音を鳴らして湯気を吹き出す。広天は当たり前のようにそれを手に取り、湯呑に向けて傾けると茶を注いだ。
「ポ……ポット!?」
「うむ。薬缶の宝貝、黒龍缶だ。火にかけずとも自動で湯を沸かし、複数の茶を淹れることが出来る」
「わあ、便利ですね」
広天が己の湯呑に青茶を、フェリアのコップに紅茶を注いでやると、彼女はパチパチと手を叩いて喜んだ。
「誰が黒龍缶だ! 我が名は黒龍……黒龍……缶……なんだ!? 何故我が名が呼べぬ!?」
「往来で物騒な名前を叫ばれても困るからな。悪いが機能にはいくつか制限をつけさせてもらった」
広天としてはあまり宝貝の自由意志を制限するのは好きではないが、出自が出自だけにそうも言ってはいられない。他にも人に対して危害を加えたり、広天の手元から一定以上離れたりは出来ないようにはしてあった。
「死んでない、というのはこういうことですのね」
竜としては死んだも同然なのでは……と思いつつ、エレクトラは変わり果てたウォルカノの姿を見つめた。彼女は伝説の黒竜の本来の姿を見ていないので、一目見ておきたかったと後悔がよぎる。
「生き物を勝手に宝貝にするなんて所業は流石に俺も気が咎めたが」
「あ、うん、いいんじゃないかしら、別に……」
どうでも、という言葉を、ミナは飲み込む。どうやら広天が言いづらそうにしていたのはそれが原因らしいが、街を焼き滅ぼした邪悪な黒竜がされる分にはミナの良心も痛む部分はない。
あるいは人として大量の命を奪ったこの竜を憎むべきなのかも知れなかったが、このようなどこか間の抜けた姿になりはて、ピーピー音を鳴らしている様子を見ているとそんな気にもなれなかった。
「よろしくお願いしますね、黒龍缶!」
「我を黒龍缶と呼ぶなぁっ!」
喋ることの出来る宝貝仲間が増えたとでも思っているのか。嬉しそうに笑顔を浮かべるフェリアに、かつての邪竜はそう叫ぶのであった。
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