第30話 広天、黒竜ウォルカノとの決着をつけること

「……来たか……」


 黄金に輝くツルハシを手に、こちらを見上げる小さな人間の姿を認めて、ウォルカノは知らずそう呟く。


 散々手を焼かせてくれたが、結果として魔剣の使い手は山の麓、地平の彼方で戦っている。恐らく勝負は短期決戦となるだろう。あの嵐の力を持ってしても援軍にやって来ることは不可能だ。


 つまりようやく、待ち望んでいた──真っ向からの、勇者との一対一での勝負ができるということだ。


 なぜ聖剣を手にせず、ツルハシなど持っているのかはわからない。だが彼が勇者であり、己の目の前にこうして立ちふさがっている以上、ウォルカノが戦うべき強者であることはもはや間違いのない事実であった。


 その力とウォルカノの炎、どちらが優れているのか。今再び、比べるときが来たのだ。


「やい、ウォルカノ」


 両翼をゆっくりと広げ迎え撃とうとしたとき、コウ=ティエンというその男は腰から下げた奇妙な筒を手に取り、ウォルカノに向けながら名を呼んだ。


 ──あの筒は何だ?


 ウォルカノの本能が、反射的に警鐘を鳴らす。あの男が無意味なものを手にするとは思えない。ウォルカノは素早く思考を回転させた。


 鈍く光る黒いその筒は、刃がついているわけでもなければ、かといって打撃に使えそうなほど重いようにも見えない。そもそもが手のひらよりも少し大きいくらいの筒だ。だが、だからといって武器ではないと断ずるのは早計であろう。


 筒と言うからには、それには穴が空いていた。その穴が、ウォルカノに向けられている。となれば可能性は一つ。


 弓──それも弩の類。あの穴から矢弾を射出する武器だろう。その小さな道具から放たれる弾がどれほどの威力になるかはわからないが、あの男のやること。どれだけ警戒してもしすぎるということはない。


「お前に一つ、聞きたいことがある」

「……なんだ」


 ウォルカノはすぐさま射線を避けられるよう、翼に力を込めて最大限の警戒をしたまま答えた。無駄だった。次の瞬間、ウォルカノの身体は猛烈な力で吸引されて、その小さな筒の中に吸い込まれていった。


 筒。すなわち、獲龍黒葫蘆カクリュウコッコロと名付けられた、小さな黒い瓢箪ひょうたんの宝貝にである。



 * * *



「よし。勝負ありだ」

「えっ」


 きゅぽん、と音を立てて瓢箪の蓋を閉める広天に、フェリアは目を丸くした。


「勝ったん……ですか……?」

「ああ。勝ちだ」


 魔王直属の配下であり、広天にとっての宿敵とも言える黒竜ウォルカノ。激しい戦いを予想していただけに、あまりにも呆気ない決着にフェリアは肩透かしを食らった気分だった。


「俺の世界じゃ割と有名なんだけどな。名前を呼んで、返事をされたら中に吸い込んで封じてしまう瓢箪の宝貝ってのは。究極の初見殺し、かの斉天大聖、孫悟空様ですら引っかかった代物だ」


 広天が瓢箪を軽く振れば、中でちゃぷんと水の音がした。


「中から壊されてしまったりはしないのですか?」


 たとえ小さくなったとしても、ウォルカノの強さは凄まじいものだ。瓢箪を破壊してしまうことも出来るのではないかと心配するフェリアに、広天は頷く。


「うむ。破壊自体は可能だ。だがそう簡単に出てくることは出来ない。何せこれはこの前ミナが倒した土人形の土を圧縮してできている。自動ですぐさま修復してしまうのだ」


 分厚い土だけは、ウォルカノの炎でも溶かせないことは実証済みだ。


「ですが……爪で掘り抜くことは可能なのではないでしょうか」


 いくら修復すると言っても、これほど小さな瓢箪だ。ウォルカノの爪であれば簡単に破壊し、直る前に飛び出せてしまえそうだとフェリアは思う。


「小さく見えるだろうが、この中にはウォルカノの身体がすっぽり入ってしまっているのだぞ。当然、内部の空間は圧縮されていて、見た目よりも中はずっと広い。壁の分厚さは五里(約2キロメートル)と言ったところだ」

「そんなにですか!?」


 流石にそこまで途方も無い厚さの壁であれば、ウォルカノといえど破壊することなど出来るわけもない。修復する能力さえ不要なのではないかと思うほどの厚みだ。


「ですが土人形の土はそんなにたくさんはなかったのでは……?」

「ああ。大半はただの土だ。だが土などというものは、混ぜてしまえば同じ土だからな。仙術的にはほんの少しあればそれで足りるのだ」


 広天はフェリアにそう説明しつつも、ついでに余った材料で作った拡声器の宝貝、応天声オウテンセイで山の麓の魔物たちに告げる。


「やい、お前たちの親玉はこれこの通り、俺が討ったぞ! 引き上げろ!」


 特別声を張り上げたわけでもないその言葉は、しかし無数の魔物たちにしっかりと届いた。応天声は目に見える範囲の相手にならば、どこにいようと声を届けることが出来る宝貝だ。魔物たちは目に見えて動揺し、街へと向かっていた動きを止めた。


「……マスターは、魔物たちの言葉まで操れるのですか?」


 そもそも火蜥蜴や炎鳥に、言葉を解するほどの知能があるのだろうかと不思議に思いつつ、フェリアは尋ねる。


「仙術の極意というものはだな。『意』を操る事だ。物事の意味。それを俺たちは扱う。だから俺はそもそも、この世界の言葉など使っておらん。『意』を伝えているだけだ」


 そう言われ、フェリアは初めて広天の繰る言葉が、聞いたこともない言語であることに気がついた。気がついても注意していなければすぐに見失ってしまうほど、彼の言葉はするりと意識の中に入ってくる。


「ウォルカノは魔物たちに命令していた。鳴き声のような合図なのか、何らかの符丁なのか、魔物の習性を利用したものなのか、それはわからん。だが少なくとも、奴らにはその命令を理解する頭があるということだ。ならば俺の『意』は必ず届く」


 土人形の土が少なくても問題ないというのも、それが理由だ。広天が利用したのは、『再生する土』という『意味』であって、素材そのものではない。そしてそれに、『呼びかけると答える』という山彦の笛の意味をかけ合わせ、獲龍黒葫蘆を作り上げた。


「さて、フェリア。さっさと逃げるぞ」


 ウォルカノを失い、統率を無くした魔物たちの行動は様々だ。逃げ出すもの、構わず街を襲おうとするもの、火山に戻ろうとするもの。大半は逃げ出すようだから、街にとってはそこまでの脅威とはならないだろう。


 その中に少数存在する、ウォルカノの仇を討とうとこちらに向かってくる魔物の方が多いくらいだった。


 あるいは──


 フェリアの作り出したトンネルを走りながら、広天は思う。


 ウォルカノが街を攻めるのを選択したのも、配下の魔物たちをなるべく殺さないようにするためかも知れんな。


 存外多い仇討ちしにくる魔物たちをいなしながら、広天は心の中でそう呟いた。

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