第28話 ミナ、嵐の魔剣の使い手から、繰り手へと成長すること

「確かに、師父はその魔剣をそれはもう見事に制御してらっしゃいましたわ。正直言って、どうやったらあんなことが出来るのか、目の前で見ていてもまったくわかりません」


 それは魔術師としては恥ずべきことであり、そして同時に恥でもなんでもないことであった。


 魔術師の仕事というのは何も攻撃魔術を撃ちまくることばかりではない。知に長け魔を知る彼女たちにとって、魔道具の解析も重要な仕事の一つだ。無論のこと、そうそうお目にかかれるわけでもない上級の魔剣である嵐の魔剣の鑑定も、エレクトラは既に済ませている。


 その上で断言できるのは、嵐の魔剣はあのような制御が出来るような魔道具では決して無い、ということである。というか、魔剣というものは基本的にすべてがそうだ。そんな器用な使い方ができるならば、魔剣などと呼ばれていない。使用者自身の身すら滅ぼしかねない力を持っているからこその魔剣だ。


 広天自身にどうやっているのか聞きもしたが、まったく理解できなかった。エレクトラにすらこれほど微塵も理解できないのであれば、この世界に理解できる人間など一人もいないであろうと断言できる。故にそれは恥ではない。広天が異常なのだ。


 だから、ミナが広天と同じように魔剣を制御することが出来ないなどと言っても、それが恥であろうはずもない。


「ですが……ミナ様はそもそも、魔剣の制御なんてしてらっしゃらないではありませんか」

「えっ……? してるけど……?」


 ミナはぐっと身体を反らし、魔剣が起こす風に身を委ねる。途端、猛烈な突風が横から彼女の身体を吹き飛ばし、同時に赤竜の爪から遠ざける。


「それは制御とは申しません! 貴女は、無作為に吹き荒れる風を読み切って、ご自分の身体を動かしてるだけですわ!」


 はっきり言って、何故そんな事ができるのかわからない度合いでは広天よりもミナの方がずっと上であった。


 嵐の魔剣が巻き起こす風は方向も強さもバラバラで、時間とともに目まぐるしく変化する。しかしミナはまるでそれがすべて見えているかのように風に乗り、相手を風に乗せるよう誘導し、空中を飛んで致死の攻撃をかわしつづけているのだ。


 エレクトラであれば敵などいなくとも、あっという間に地面に叩きつけられて死んでしまうであろう、猛烈な嵐の中をだ。一体どんな神経があればそんな事ができるのか、エレクトラには想像もできなかった。


 正直今だって、異様な軌道で高速移動しながら赤竜の攻撃を避け続けるミナから引き剥がされないようしがみつくのに必死なのである。しかもミナはそうしながら、僅かずつとは言え赤竜に反撃しているのだ。


(「あなたが思ってるほど、あたしは強くない」ですって……?)


 一体どれほどの高みを想定されていると思っているのだろうか、この女は。エレクトラは口汚く罵りたくなる気持ちを必死に抑えていた。


 B+級と、A+級。差はあると思っていたが、ここまでのものかと自分は気持ちが折れそうになっているというのに、下の自分がどうして激励なんてしなければならないのか。


「そんな変態的な動き、出来るのはこの世界広しと言えどもミナ様だけに決まってますわ!」


 もちろん、広天にだってこれはできない。彼は道具を制御することは出来ても、使いこなすことが出来るわけではないからだ。


「そういう……こと?」


 その時、ミナの脳裏に閃くことがあった。


「ミナ様、ぼんやりしないでくださいましっ!」


 警告を発するエレクトラの声に我に返れば、すぐ目の前まで赤竜の鋭い爪が迫っている。


 そして次の瞬間、赤竜の右腕は手首から切り落とされていた。


「えっ……?」


 目の前で起こった光景に、エレクトラは目を剥く。赤竜の腕はどう考えたって魔剣の刀身の長さよりも太い。しかしそれが一撃で両断されたのだ。


「なるほど。そっか、そうだったのね」

「ミ、ミナ様……?」


 クスクスと笑い出すミナに戸惑い、エレクトラは声をかける。


「ごめんね、嵐の魔剣ケイモンフェレー。察しの悪い使い手で」


 ミナの言葉に応えるように、風が一陣渦を巻いた。


 それに逆らうこと無く、彼女はくるりと身体を翻し、斬撃を放つ。それは刃の届かない位置に飛び退っていた赤竜の胸を大きく切り裂いた。


「これは、あの時の……! 使えるようになったのですか!?」

「ううん、逆よ」


 嵐を制御することなど出来ない。荒れ狂い、奔放に吹き荒れるものこそ嵐だからだ。


「あたしなら大丈夫。嵐の魔剣ケイモンフェレー! もっと早く──もっと強く!」


 ミナが叫ぶと同時に、彼女を取り巻く風の渦が一層その勢いを増した。


「ど……どういうことですの!?」


 魔剣を制御など出来ない。それはつまり、威力の調節なんてことも不可能だという事だ。しかしミナは今、明らかにそれをやってみせた。


「別にあたしが魔剣を操ったわけじゃないわ。単に魔剣が今まで手加減してくれていただけ」


 そう──嵐の魔剣の本当の力はこんなものじゃない。けれどその風に乗り切れないミナを慮って、剣が手心を加えてくれただけだ。


 ミナは今まで、自分が剣に頼り切っているだけだと思っていた。だが違う。


 まだまだ、全然足りていなかった。必要なのは、もっと剣に頼ることだったのだ。


 ミナは、魔剣に頼らず己自身の力で戦おうと意識するあまり、無意識に魔剣を制御しようとしていた。だがゴーレムと戦っていたときにミナが考えていたのは、ただ魔剣を振るうことだけだ。それは風に乗るときと同じように、次に来る風を予測し、大気の呼吸を捉え、進みたい方向に身体を委ねるだけ。


 つまりは──


「あたしが風を生み出すんじゃない。風の生まれる方へと、魔剣を連れて行くの」


 導かれるままに、ミナは魔剣を振り上げる。それは大気を切り裂き、渦を巻いて風の断層を作り上げ、そしてそのまま赤竜の鱗を切り裂いた。


 魔剣の意思を風に伝える。ミナはその為にいる。道具は繰り手のために、繰り手は道具のために。どちらが主でも従でもない。互いに出来ることをし、補い合い、目標を達する。


 たまたま、人の側にだけその目標があるだけの話だ。


 人は道具をどう扱うべきなのか。今までミナが思い悩んでいた全てが解決した思いで、彼女は剣を振るう。どこを斬るべきかは魔剣が教えてくれる。それをミナが選び取り、振るうべきときに振るい、あるいは刃を収めて風を待つ。


 どちらが欠けても成立しない、対等な関係だ。


「グオオオオオッ!」


 不利を悟った赤竜が、唸り声を上げて転身する。恐らくこの驚異をウォルカノに伝えるためだ。本気で空を飛ぶ竜の速度は風よりも早く、直線的に飛ぶことの出来ない嵐の魔剣では追いつくことが出来ない。


「エリーちゃん、水を用意できればさっきの魔術、もっと少ない負担で出来るんじゃない?」

「──! はいっ、操るだけなら、魔法陣を三つ減らせますわ!」


 ミナの意図を即座に察し答えるエレクトラ。


「じゃあ、五重魔法陣を使うなら?」

「……多分三発なら、行けると思いますわ」

「うん、じゅーぶんっ」


 ニッコリと笑みを浮かべ、ぐるりと剣を振るうミナを中心に、風が渦巻いた。それは降りしきる雨をぐるぐると絡め取り、彼女の目の前に渦巻く水の塊を集めていく。


 風を起こすのではない。そこに起こるべき風の中から、必要なものだけを選び取っていく。あるいは広天がやったのも、そういうことなのかもしれない、とミナはようやく気づいた。もしそうであるとするなら、それは恐ろしいほどに精微な操作だ。なにせ彼の作り出した水球は、殆ど真球に近いまんまるな形をしていた。


 ミナの力では、このように──


 小さな嵐そのもののような、荒れ狂い渦巻く水の奔流しか、作り上げることが出来ない。


「いきますわっ!」


 ミナの用意したその水を、エレクトラが魔術で操る。轟々と渦巻く水はうねりをあげて三本首の龍となり、互いに絡み合うかのように螺旋を描きながら赤竜を貫く。


「今よっ! 嵐の魔剣ケイモンフェレー──」


 同時にミナは魔剣を掲げ、そこにあるべき姿を幻視し、導く。


豪雷撃アストゥラピフティーピセ!!」


 大気を切り裂く凄まじい音がつんざき、雷光が視界を白く塗りつぶす。真っ白なその世界の中で、無数の稲妻が水龍ごと赤竜を喰らい撃ち落とすのを、エレクトラははっきりと目にした。


「ふぅっ……」


 煙を上げて落下していく赤竜の姿を見下ろしながら、ミナは大きくため息をつく。途端、嵐の風が止まり、空中を漂っていた彼女達の身体は落下を始めた。


「ら、落下制御フテロエラフロース!」


 慌ててエレクトラが魔術をかけ、二人はゆっくりと地面に舞い降りる。


「ご、ごめん、ちょっと気が抜けちゃって……」

「しっかりしてくださいまし!」


 照れたように笑うミナに、おかしな人だ、とエレクトラは思う。どう考えても超一流の実力を持っているくせに、変に自信がなくて、そのくせとんでもないことをやってのける。


 まるで嵐のようにめちゃくちゃで、気まぐれで、捉えどころのない人だ。


「まったく、お似合いですこと……」


 思わずそう呟くと、魔剣が嬉しそうに震えたような気がした。


「おーい」

「あ、コウ君」


 のんきな声に視線を向ければ、広天が手を振りながら駆け寄ってきているところだった。


「……って」

「……冗談、ですわよね?」


 さぁっ、と血の気を引かせ、二人は互いに広天の背後をみやる。


「次はこいつらを頼む!」


 彼は、三頭の赤竜を連れて走っていたからだ。

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