第27話 ミナ、強敵を怖れ、己の力不足を嘆くこと
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吐き出された猛烈な炎を、魔剣が巻き起こす風雨とエレクトラの魔術が塞き止める。幸いにして、赤竜の吐き出したそれは黒竜ウォルカノの炎ほどの熱量は秘めておらず、今度は爆発すること無く防ぎきった。
ただ、一撃でその大半が蒸発しただけだ。
「流石はA+級っ……! 呆れた威力ですわね!」
頬に一筋汗を伝わせつつ、エレクトラは小杖を振って次の魔術を用意する。そして同時に呪文を唱え始めた。
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呪文を唱え行使する詠唱法と、魔法陣を描いて行使する紋章法。理屈の上ではその二種類の魔術を同時に扱うことが出来るのは、魔術師ならずとも理解できる事だ。そしてそれがどれほど困難なことであるかということも。
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一瞬早く完成した紋章魔術が赤竜の目の前に水の壁を作り出し、そこに突っ込んで全身ずぶ濡れとなった赤竜に向かって稲妻が迸る。濡れればより電気を通しやすくなり、甚大な被害をもたらすのは魔術による電撃でも同様だ。
だが赤竜はその一撃に殆ど堪えた様子もなく、力強く翼を羽ばたかせた。
……逆に言えば、ほんの少しは怯んだということだ。
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その一瞬の隙をつき、嵐の風に乗って跳躍したミナが一撃を見舞う。その斬撃は竜の硬い鱗を何の苦もなく切り裂いた。
「浅い……っ!」
しかしそれは赤竜の頬の辺りに小さな傷をつけるのみで、致命傷にはほど遠い。逆に一撃でも喰らえば即死だろうと直感できる大きさの爪が、ミナに向かって振り下ろされた。
「わ、わっ!」
風に乗ってミナはかろうじてそれをかわすが、間髪を入れず巨大な顎が迫る。ミナはくるりと身体を丸めるようにして風の抵抗を減らしそれもかわすが、目の前ほんの僅かの場所で乱杭歯がガチンと噛み合う様は肝の冷える光景であった。
「ええいっ!」
ミナの身体がすっぽり収まってしまいそうなほどに巨大な眼球めがけて突きを見舞うが、それも外れて鱗を小さく切り裂くに留まる。こんな傷では、いつまで経っても致命傷には至らない。
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ゴーレムと戦った時のあの力を発揮できれば。そう思わずにはいられなかったが、あのとき一体どうやって戦っていたのかミナにも思い出せない。どれほど願っても、魔剣はうんともすんとも言わなくなってしまっていた。
「エリーちゃん、もっと距離をとって!」
魔剣を振るい竜の爪をかいくぐりながら斬撃を繰り出して、ミナは叫ぶ。前衛がもうひとり欲しい、切実にそう思わずにはいられなかったが、無い物ねだりは死への最短ルートであるということもわかっていた。
竜の強さはその巨体による、圧倒的な攻撃力とタフネスに支えられている。どれだけ魔剣が鋭い刃を持っていようと、その巨体の前では掠り傷にしかならない。そして相手の攻撃が一撃でもまともに当たればこちらは即死だ。着込んだ鎧など殆ど気休めにしかならない。
もしその攻撃がエレクトラへと向かえばそれで終わりだ。炎のブレスならともかく、爪や牙を避ける術を持たない彼女は簡単にバラバラにされてしまうだろう。それを防ぐため、ミナは赤竜を攻撃し続けなければならない。
狙うは常に致命打だ。竜の瞳や首の脈などを狙う。そうすれば赤竜はミナを無視できないし、エレクトラへ向かおうとすればその瞬間に竜を殺せる。そのような圧をかけて初めて、彼女は前衛の役割を果たすことが出来た。
しかしそれは同時に、彼女自身は死地に立ち続けるということでもある。
そんな事ができる器じゃないのに──ミナはそう嘆かざるを得なかった。
A+級などと持て囃されてはいるが、それはたまたま手に入れたこの嵐の魔剣のおかげに過ぎない。剣士としての実力はせいぜいB級がいいところ。何の変哲もない小杖であそこまで戦えるエレクトラの方が素の実力はおそらく上だ、とミナは評していた。
魔剣が起こしてくれる風があるから何とか赤竜の攻撃をかわせているが、なければそんな芸当は到底無理だ。最初の一撃で殺されているだろう。今だって逃げ出したくって仕方がなかった。
広天の事は信頼している。彼は他人に敵を押し付け逃げるような男ではない。ミナとエレクトラでこの赤竜を倒せると判断したからこそ、姿を消したのだろう。
だがそれは過大評価であるとしか思えなかった。
「ミナさん、離れてっ!」
泣きそうになりながらも赤竜の攻撃を凌いでいると、エレクトラの鋭い声が響いた。後ろを振り返れば、そこに浮かんでいるのは巨大な魔法陣。広天との戦いで見せた彼女の得意技。五重魔法陣による水の龍だ。
「エリーちゃん、お願いっ!」
突き出される爪の一撃を切り上げて、ミナは戦線から離脱する。それと同時に、凄まじい水の奔流が赤竜を直撃した。
「これで、どうですの……っ!?」
「危ないっ!」
荒く息を吐くエレクトラを、ミナは反射的に担ぎ上げて跳躍した。次の瞬間、彼女が立っていた場所を赤竜の爪が穿つ。
「嘘……アレが効きませんの!?」
「ううん、ちゃんと効いてると思う」
ミナは弱く、才能もない。だがエレクトラに比べれば、冒険者をやってきた年季と経験だけは勝ってるようだ、とは思っていた。竜というのは本当に頑丈な生き物で、あのくらいでは死なないことをよく知っている。
「あと五発くらいお願い出来る?」
「出来るわけありませんわ!? どう絞り出したって、後一発が限度ですわ!」
詰んだ、とミナは思った。自分の力では赤竜に有効打を与えられない。エレクトラの魔術だけが頼りだったが、それも後一発では竜の体力を削り切ることは出来ないだろう。
「エリーちゃん、しっかり捕まっててね!」
「えっ、きゃっ……!」
ミナはエレクトラを背負い、魔剣の生み出した風に乗る。エレクトラくらい小さくて軽い少女であれば、いっそこの方が守りやすい。
「コウ君には悪いけど、これは倒しきれないわ。逃げましょう」
「どうして、嵐の魔剣を使いませんの? ゴーレムとの戦いで見せていたあの力であれば……」
エレクトラの問いに、ミナは苦笑する。正直それは彼女の方が問いたいところだ。何故魔剣は自分に応えてくれないのか、さっぱりわからない。
「あたしには、コウ君みたいにこの子を使いこなすことが出来ないの。悪いけど、あなたが思ってるほど、あたしは強くないのよ」
「何を……仰ってるんですの?」
言っていることがわからない、と言わんばかりの声色だった。背負っているせいで顔は見えないが、さぞ軽蔑の表情を浮かべていることだろう、とミナは思う。
「ミナ様ほど……いえ、ミナ様以外に嵐の魔剣を乗りこなせる方など、いらっしゃるわけないではありませんか」
だが返ってきたのは言葉に、彼女もまたミナのことを過大評価しているのだと知った。
「何言ってるの。コウ君があたし以上に上手く使いこなしてるのは、あなたも見たしその身で味わったでしょう? あたしはあんな風に自分の望む方に風を吹かせたり、水の塊だけを出したり、雷を切ったりなんて出来ないのよ!」
堪えきれずに叫ぶと、エレクトラは押し黙る。
「……なるほど。仰ることはよくわかりました」
そしてややあって、ため息とともにそう呟いた。失望したのだろう。
「つまり貴女は……ご自分のなさっていることの異常性をまったく理解しておられないということですわね?」
だから続くエレクトラの言葉に、ミナはたいそう驚き戸惑ったのだった。
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