第21話 広天、危機に現れ、乙女を助くこと

「やったっ!」


 崩れ落ちていくゴーレムを目にし、ミナは快哉を叫ぶ。


「ミナさんっ!」


 しかしその直後、フェリアが警告の声を発した。

 風となった魔剣の刃はゴーレムを切り裂き、その向こうの天井までをも粉々に砕いてしまっていた。


「ま、ず……!」


 飛んで逃げようにも、天井はあまりに広範囲に崩れ落ち、魔剣やフェリアで砕こうとも大量の瓦礫は細かくなるだけでミナの上に伸し掛かってくることは免れ得ない。

 こんな間抜けな死に方は、嫌だ──!


 そう、ミナが心のうちで絶叫した、その時。


「よっと。大丈夫か?」


 一人の男がミナの前に立ちはだかると、今まさに彼女に向かって落下してきた巨大な岩盤を軽々と持ち上げた。


「コウ、君……!?」


 彼が片手で支える岩の塊は、小さな馬車ほどもある代物で、とても人の力で持ち上げられるような大きさではない。よくよく見てみれば、彼の両手は見慣れぬ革製の手袋に包まれていた。


「それは……新しい宝貝?」


 赤黒いその色には見覚えがある。広天の手よりいくらか大きい程度に縮んではいるものの、それは明らかに人食い鬼の拳を模したものだった。


「うむ。鬼人手套キジンシュトウと名付けた」


 バラバラと降り注ぐ無数の瓦礫を、傘でもさすかのように岩盤で防ぎきり、広天は用済みになったそれをぽいと投げ捨てる。


「きゃぁっ! 師父、気をつけてくださいまし!」


 するとそちらから、エレクトラの悲鳴が聞こえてきた。


「エリーちゃんも一緒だったのね。良かった」


 置き去りにしてきてしまった手前、彼女の無事を確認してミナは胸を撫で下ろす。


「それにしても助かったわ。間一髪だった。本当に、ありがとうね」

「間一髪?」


 絶体絶命の危機を救ってくれた恩人に対して目を潤ませ感謝するミナに、広天は首をひねる。


「あの……申し訳ありません、ミナ様。実は、わたくしたち、途中からずっとミナ様の戦いを見ておりましたの」

「何で!?」


 申し訳無さそうに告げるエレクトラに、ミナは叫んだ。

 宝貝を縦横に操る広天と、一流の魔術師であるエレクトラ。この二人が加勢してくれたなら、あんなに苦戦することもなかったはずだ。どう考えてもあのゴーレムは、ミナにとっての天敵であった。


「何でって……」


 広天は不思議そうに少し考える素振りを見せた後、答えた。


「子供の成長は見守るもんだろ?」

「そりゃあ160歳から見れば、あたしなんて子供でしょうけどね」


 不満げに唇を尖らせ、ミナ。


「……少しドキッとして損した」

「岩に潰されかけてドキッとしたくらいですんだのか? 流石だな」


 あの瞬間、ミナは完全に詰みの状態であった。岩を切らなければ押しつぶされ、切っても土砂に埋もれて生き埋めになっていたであろう。同様の状況であれば、流石の広天といえども焦るだろうに。


「師父。ミナ様の言ってらっしゃるのは、そういう意味ではありませんわ」

「ん? じゃあどういう意味なんだ?」

「まあ! あたしもこの子をもっとうまく使えるようになったし、良しとしましょう!」


 話が確信的な部分へと至る前に、ミナは強引に話題を変えた。


「今度こそ、とっても大丈夫ですよね?」

「まあ、そうね……一応、罠や鍵を考慮する必要はあるけど」


 ゴーレムの守っていた宝箱を前に、待ちきれないと言った表情でフェリア。


「罠、ですか?」

「まあさっきのゴーレムそのものが罠と言えるから、箱にもかかってる可能性は低いでしょうけど……念には念を入れなきゃね」


 言って、ミナは腰のポーチから解錠道具を取り出した。


「罠の解除も出来ますの?」

独りソロで潜ることも多いからね」


 目を剥くエレクトラの質問にさらりとミナは答えるが、それはいうほど簡単なことではない。罠の解除などというものは下手をすれば戦闘以上に被害に直結するものである。


 生半可な腕では務まるような仕事ではなく、安全に罠を解除するには専門の人間を用意するか、いくつもの魔術を併用する必要がある。


「流石A+級ですのね……」

「別にそんな煽てるようなことじゃないわ」


 なんでもない風に答えるミナだが、その尻尾は隠しきれない感情にパタパタと左右に振られていた。


 何この方かわいい、とエレクトラは思わず感想を抱く。


「さあて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「どっちも出ねえよ」


 舌なめずりせんばかりの勢いで顔を近づけるミナを尻目に、広天はさっさと箱を開いた。


「ちょ、何するのよ!? 罠があったらどうするつもり?」

「いや、そんなもん見りゃわかるだろ。ほら」


 そう言って、広天はひょいと革袋をミナに投げ渡す。


「なに、これ」

「火薬だ。蓋を開けるとここの火打ち石にハンマーが打ち付けられて、どかんといく仕組みだな」


 当たり前のように説明する広天に、ミナはひっと悲鳴を上げかける。


「そんなもの渡さないでよ!」

「何、火を近づけなきゃ爆発しないんだから大丈夫大丈夫」

「っていうか、開けたら爆発するならどうやって開けたの!?」

「ミナ様。師父のすることですから、深く考えたら負けのような気がしますわ」


 ピンと尾を立てるミナを、エレクトラはぽんぽんと肩をたたいて宥めた。


「マスター。これは何でしょう?」

「ふうむ。横笛みたいだが……」


 箱の中身を取り出すフェリアに、ミナとエレクトラはあっと顔を見合わせる。


「これは……」

「山彦の笛、ですわね……」


 その表情は、なんとも微妙なものであった。


「知ってるんですか?」

「まあ、有名……というか、割とよく見る魔道具だからね」


 フェリアに答えながらミナは笛を受け取り、先程受け取った火薬袋をぽいと背後に向けて投げ捨てる。


「火薬袋」


 そして、一言そう呟いたあと、笛に唇をつけて吹いた。


 ピー、と、とても雅やかとは言えない音が鳴り響く。


「……下手だな」

「下手ですね」

「上手ではありませんわね……」

「別に演奏技術は関係ないからいいのっ!」


 あまりにもあまりな笛の音に、口々に漏れる評価にミナは叫び返した。


 すると、先程彼女が火薬袋を放り投げた方から、同じ笛の音が聞こえてくる。ピー、ピー、ピー、と何度も響くその音色を頼りに、ミナは暗がりの中に落ちた火薬袋を拾い上げた。


「とまあ、こういう失せ物を探すための魔道具よ」


 使用者が知っているものであれば、その場所から笛の音が返ってくる。日常の中では、便利である。例えば財布を落としたときとか、家の鍵を探す時などには重宝する。


 しかし探し出せるのは音が聞こえる程度の範囲だけ。使用者が実際に目にしたことのない物は探し出せない。生き物を探そうとする時などは、音が聞こえるのだから相手にもこちらの位置が丸わかりになる、などと言った事が原因で、探索に使うような事は殆どなかった。


「いいものが入っていると思ったんだけどなあ……ハズレね、これは」


 誰も入ったことのない未踏破地帯で、あれ程のゴーレムが守っていたのだ。正直言って期待はずれの内容であった。こんなものでも一応遺跡産の魔道具ではあるから、金さえ出せばいつでも手に入るというものではない。しかし流石に、役に立つとも思えなかった。


「なーに言ってんだ」


 だが。


「素晴らしいお宝が、いくつも手に入ったじゃねえか」


 広天は嬉しそうに笑いながら、そんな事を言ったのであった。

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