第22話 広天、街に戻り、思いがけぬ再開を果たすこと
「無事帰ってこれましたね!」
遺跡での冒険を終え、街へと帰り着くと同時に、フェリアは一行を振り返って嬉しそうにそう言った。
「随分嬉しそうね、フェリアちゃん」
美味しいご飯が食べられるからだろうか、とミナは考える。冒険の間に食べるのは味気ない保存食か、現地調達した野草や獣を調理したものだ。どうしたって街で食べるものには味は劣る。
「だって皆さん大きな怪我もなく、帰ってくることが出来ましたから」
しかし返ってきた屈託のない笑みに、ミナは罪悪感を抱いた。
「それにしても師父、本当に良かったんですの? 目的のものは結局手に入りませんでしたが……」
ミナたちが発見した未踏破地帯は、結局あのゴーレムのいた場所で行き止まりであった。一旦地上に戻った後、更に『墜ちたる都市』の探索を進めるという案もあったが、広天は街に戻ることを選択したのであった。
「ああ、いいんだよ。空飛ぶ靴なんてものが手に入っても、仙郷に戻れる宝貝を作れると決まったわけじゃなし」
「
「それに荷物がいっぱいになっちまったからな」
すかさず訂正を入れるエレクトラを無視して、広天は四象炉をぽんと叩いた。
「あんなもの集めて、何に使うの?」
「まあ、それは出来てのお楽しみってやつさ」
その中に詰まっているものを思い出し問うミナに、広天は悪戯っぽく笑ってみせる。
「い、いた……っ! やっと見つけたぞ!」
その時のことであった。
「おい、野郎ども! こっちだ、こっちにいたぞ!」
何やらガラの悪い男たちが声を張り上げ、広天たちの方を指差している。
「……師父、あの方たち、師父を指差していませんか?」
「マスターのお知り合いですか?」
「んー? いや、気のせいじゃねえか? 俺はこの世界に知り合いなんて、お前らしかいねえし」
エレクトラの問いに、フェリアが首を傾げ、広天は自分の顎を撫でながら答える。
「いやいやいや。何で忘れてるのよ。この街に最初に来た時、君達を襲った物取りじゃない、あいつら」
ミナが呆れた声を上げる間にも、男たちは白昼堂々、すらりと剣を抜いて足早にこちらへと駆け寄ってくる。
「あーあー。思い出した。俺が研いでやった剣だな、あれ」
「あ! 本当ですね。わたしより先にマスターに研いでもらった剣です」
人よりも剣を覚えてるのね、とミナは呆れを通り越して感心さえした。男たちは十人程いるが、はっきり言ってミナの敵ではない。落ち着き払って彼女は男たちの襲撃を待ち構える。
「あんた、俺のことを覚えてるか」
陽光に照らされ輝く剣をかざしながら、男は広天にそう問うた。
「おう。今度はしっかり手入れしてるみてえだな」
その剣を眺めながら、これに答えて広天。
「しっかり、手入れ、だとぉ……!?」
顔を真赤に染め、ぎりりと奥歯を噛み締めて、男は唸る。来るかな、とミナは背中の剣に手を伸ばし──
そこで、男はミナが予想もしない事をやってのけた。
「俺の手入れじゃあ、全然駄目なんだ! 頼む! こいつをもう一度、研いでやってくれないか! この通りだ!」
すなわち、両膝を突き額を地面に擦り付けんばかりに頭を下げながら、抜身の剣を掲げ持って広天に捧げたのである。
* * *
「あの後、あんたたちを見失った俺たちは、仕方なく行商の馬車でも襲おうってんで街道に出かけたんだ」
物取りの男たちの、リーダー格。ムベと名乗った男は、ぽつりぽつりとそう話を切り出した。
「で、ちょうど通りがかった馬車を狙って襲いかかった時に、運悪く、魔物共が襲ってきたんだ。鳥の羽と脚を持った、女みたいな姿をした魔物だ」
「
それも、おそらくは魔王の影響なのだろう。
「あんな魔物が来たら、馬車を襲ってるような場合じゃねえ。なにせあいつらは空を飛んで、上から襲ってくるんだ。馬車の連中に押し付けるような事もできねえ」
「よく生きて帰れたわね」
ハルピュイアイはさほど強い魔物ではないが、厄介さという点では突出している。彼らの言う通り空を飛ぶ上に、酷くしつこくどれだけ逃げても執拗に攻撃してくる。弓や長槍のような武器を持っているか、魔術師がいなければろくに攻撃もできずについばまれ続けるだけだ。
「それは、この剣のおかげさ」
ムベは慈しむように、広天に差し出していた剣を見つめる。
「あんたに研いでもらったこの剣は、異常に切れ味が良かった。だから、あの糞鳥が攻撃のために一瞬下りてきた時にちょっと斬りつけるだけでも、十分倒すことが出来たんだ」
リーチの短い武器で頭上を攻撃するというのは、思った以上に難しい。そもそも剣というのは、振り下ろす動きが一番力が入るように出来ているのだ。攻撃を当てられたとしても、体重の乗っていない切り上げは致命傷を与えにくい。
──それが、宝貝作りの天才たる仙人が研いだ、魔剣と言っても過言ではないような剣でなければ。
「それでな。馬車に乗ってた商人は、俺達が魔物から助けた恩人だって勘違いして……俺達を、歓迎し持て成してくれたんだ」
震える声で、ムベはなんとか、そう言った。
「そんな風に扱われたのは、初めてだった。俺たちはそれまでどこに言っても鼻つまみ者のろくでなしで、礼を言われたことなんかなかった。尊敬の目で見られたことなんてなかった。あんたの言う通りだ。この剣が、俺たちを、幸せにしてくれた」
ボロボロと、大の大人が涙をこぼす。恥も外聞もなく、彼らは嗚咽を漏らしていた。
「俺たちは、今まで自分より弱いやつを脅して生きていくことしかしてなかった。けどこの剣のおかげで、魔物とも戦えるようになった。魔物と戦えりゃ、人間を脅す必要なんてねえ。冒険者として食っていける。けどな……」
震える手で、ムベは剣を掲げ持ち、その刀身をじっと見つめる。
「駄目なんだ。どんなに丁寧に手入れしたって、あんたみたいにはできない。あんたが研いでくれた剣を、俺が駄目にしちまう」
「そうしたら、仕事できなくなるからか?」
広天は意地悪く尋ねた。
「違う!」
ムベは怒鳴るような声で、それを否定する。
「俺たちは、俺たちを幸せにしてくれたこの剣に報いてやりてえんだ。俺たちを救ってくれたこの剣を、ちゃんと綺麗にしてやりてえんだ!」
ムベの慟哭を聞きながら、広天は剣を掲げて光に照らす。
「……正直言って、てんでなっちゃいねえ。脂の拭き取りがしっかりできてなくて斑になってるし、手入れ油の付け方もめちゃくちゃだ。刃は研ぎすぎだし、ちゃんと均等に研げてないからガタガタだ」
「ぐ、うっ……!」
広天の鋭い言葉に、ムベたちはうめき声をあげた。それは痛い所を突かれてあげたうめきではなく、己の不甲斐なさを悔いる声だ。
「けどな」
広天は酷く優しい表情で剣を見つめ、そして男たちを見やった。
「それでもお前らがこの剣を精一杯、丁寧に手入れしようとしたってえのはわかる。俺はそれを笑わねえよ」
「そ、それじゃあ……! 研いでくれるのか!?」
ムベは身を乗り出して、広天にぐっと顔を近づける。
「駄目だ」
だが広天は、きっぱりとそう答えた。
「そ……そう、だよな……襲っておいて、今更そんな虫のいい話、あるわけねえよな……」
力なく、ムベは腰を落とす。
「これはお前たちの剣だ」
そんな彼に広天は剣を手渡し、言った。
「だから、お前たち自身の手で研げ。やり方は教えてやる。厳しくいくから、覚悟しろよ」
「あ……」
ムベが目を見開いて、広天を見つめる。その瞳に、みるみるうちに涙がたまり、溢れ出した。
「兄貴ぃっ! ありがとうごぜえます!」
「誰が兄貴だ! 教えてやるっつってんだから、俺のことは師父と呼べ!」
感動のあまり抱きつこうとしてくるむくつけき男たちをぐいと手で遠ざけながら、広天は怒鳴る。
「へい、師父!」
人相の悪い男たちは声を揃えてそう叫び。
「……弟弟子がめっちゃ増えましたわ……」
少女のような姿をしたエルフは、どこか遠い目をしながらそう呟いた。
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