第20話 ミナ、死地に赴き、その先に到ること
「大丈夫なの、フェリアちゃん!?」
絵面がかなり面白いことになっちゃってるけど、という言葉を、ミナはなんとか飲み込んだ。
「だ、大丈夫ですー」
フェリアはそう言って、ばたばたと足を動かした。なにせ上半身が腕まですっぽりとゴーレムの中に入ってしまっているから、動かせる部分が膝より下しかない。
フェリアはしばらくばたばたと足だけで暴れて、やがてだらんと弛緩させ、言った。
「もうここで生きていきます……」
「諦めないで!?」
絵面の間抜けさに対して、状況は悪かった。拳の先端に埋まったフェリアを引き抜くというのは、そう簡単にできるものではない。下手をすればミナも潰されかねない。
そもそも土でできていると言っても、ゴーレムは魔術で作られた存在なのだ。その強度は相当なものだし、そこにぴったりとハマってしまったフェリアはミナの膂力でも引き抜けない可能性があった。
「どうせフェリアちゃんには効かないんだから、フェリアちゃんごと斬っちゃおうかしら……」
暴れまわるゴーレムの手指だけを切り裂くというのもそれはそれで難しいが、直接フェリアを引き抜くよりは現実的に思えた。
と、不意にミナはあることに気づく。
「……フェリアちゃん、何で埋まったままなの?」
「好きで埋まってるわけじゃないですぅぅぅ……」
情けない声が聞こえてきたが、ミナの言葉は彼女にフェリアに向けたものではなく、己に向けた独白であった。
埋まっているということは、そこに傷ができているということだ。傷口が再生したなら、彼女の身体は外に押し出されるはずなのだから。
「フェリアちゃん! 圧迫されて締め付けられる感じはする?」
「いいえ。ぴったりとハマって動けないだけです……」
やはり、そうだった。
フェリアが埋まっている傷は、再生していない。よくよく目を凝らしてみれば、もう片方の拳にも小さな穴が空いていた。最初にフェリアが潰された時についた傷だ。
理由はわからないが、フェリアによってつけられた傷は再生しない。
「そうとなれば……!」
ミナは魔剣の風にのって、引き戻されるゴーレムの拳に動きを合わせ、フェリアの突き出た足首を掴む。引き抜くことも切り裂く事も難しいが、一瞬触るだけであればそこまで難しいことではない。
そして、フェリアの姿をツルハシに変えると一気に引き抜いた。
「いくわよ、フェリアちゃんっ!」
「はいっ!」
一瞬にしてミナの意図はフェリアに伝わり、伝わったことがミナ自身にもはっきりと認識できる。
「はぁっ!」
そのままゴーレムの脚に向かってフェリアを振り抜けば、まるで爆発するような手応えとともにゴーレムの膝が吹き飛んだ。その威力にミナばかりか、フェリア自身までもが驚く。
それはフェリアのツルハシとしての基本能力であって、宝貝としての力ではないからだ。宝具としての能力──土を操る力は、誰が使い手であろうと変わらず同じ威力を発揮する。
しかし優れたツルハシとしての能力は、使い手の能力に左右される。それは強靭な膂力を誇る獣人であるミナが、頑強なフェリアをふるった結果であった。
「よしっ、やっぱり再生しない!」
破壊された膝を突くゴーレムに、ミナは快哉を叫ぶ。
「ミナさん! 気をつけて下さい!」
だがその直後、警告するフェリアに導かれるようにしてミナはツルハシを突き出した。ミナの死角から迫っていた大量の土石がフェリアに砕かれ、細かな土の粒子となって後方に流れていく。
「切り離された部位も動くようです! 気をつけて下さい、ミナさん!」
「え、ええ……」
破壊された膝から下が、まるで意思を持つかのように襲いかかってきたのだ。それは常識離れした驚愕すべき出来事だったが、フェリアの忠告に頷きながらもミナは全く別のことを考えていた。
今、ミナは咄嗟にフェリアを盾にした。しかしそこには何の躊躇も疑問も存在していなかった。フェリアが極めて頑強だからではない。そんな事情など頭に浮かぶほどの余裕もなかったからだ。
そして、宝貝としての本性を現したフェリアを振るう今ならば、彼女がそれに何の不満も疑問も持っていないことがわかる。それもまた、彼女が己の頑強さに自信を持っているからというわけではない。
それが、宝貝としての、道具としての性だからだ。
死ぬことを常に恐れる生き物と違って、道具は己の破壊を、恐れない。
恐れる事があるとしたらそれは、使い手の死であり、道具としての敗北。
自分が役に立てなかったという後悔である。
そんなフェリアの感情が、言葉をかわしてもいないのに流れ込んできた。振るうフェリアが、腕の延長……体の一部になったような感覚。ツルハシなど今まで握ったこともないというのに、達人になったかのようだった。──ツルハシの達人というのが、どんなものかはともかく。
それは彼女の宝貝としての力なのだろう。究極の使い勝手、とでも言うべきだろうか。使用法に習熟しなくとも、最高のポテンシャルを発揮する。
その感覚を、ミナは感じたことがあった。自他ともに認める相棒、嵐の魔剣。
常に、というわけではない。だが調子のいい時、魔剣と一体になったような、そんな感覚を覚える事が何度かあった。
そしてそれは魔剣が広天によって打ち直され、宝貝となった今も変わらない。フェリアのように無条件に一体感があるわけではなく、それを感じたのは今の所一度だけ。黒竜ウォルカノと対峙したときだけだ。
広天は、使い勝手や癖は出来る限り元のまま打ち直してくれると言った。だからあえて、その機能はつけなかったのだろう。それはミナにとっては非常にありがたいことだった。
A+級などと呼ばれようと、彼女の剣士としての技量は未だ道半ば。振るえば誰でも達人になれる剣など渡されては、成長の余地はなくなってしまう。
だが、本当に何の機能もつけなかったのだろうか。唐突に、ミナの脳裏にそんな事が浮かんだ。魔剣を手に入れてから、その使い勝手がずっと変わらなかったわけではない。いや、むしろそれはミナの成長に合わせて変化し続けてきた。
重かった金属の塊が手に馴染むようになり。馴染みは日常とかして。そして日常は無意識の域へと至りつつある。握っていることすら意識しない、一体の領域。
広天がその先を用意していない、ということがあるだろうか?
「……ミナさん?」
迫りくるゴーレムの拳を前に、棒立ちになったミナにフェリアは声をかける。フェリアはゴーレムの硬い身体を簡単に吹き飛ばすほどの力を持ってはいるが、それはミナに振るわれてこそだ。ただ単に触れればいいというわけではなく、速度と力を持って振り抜いて貰う必要がある。
しかし壁のような巨大な拳が目前に迫っても、ミナは微動だにしないままであった。
「ミナさん!? 一体どう──」
音が、消える。フェリアの声が意識から消えていく。唸りを立てるゴーレムの拳も、己の呼吸も、すべての音が。
──斬れ。
そして、その声は聞こえた。
「えっ……」
次の瞬間には、ゴーレムの腕が真っ二つに切り裂かれていた。拳が、ではない。その指先から肩口までが……嵐の魔剣の刃など届くはずもない距離までがスッパリと切り裂かれ、まるで鏡のような滑らかな断面を見せていた。
ぞくりと、ミナの背筋を悪寒にも似た何かが走った。今の一撃、成さねば死んでいた。『その先』があるとして、そこに都合よく今到れるとは限らない。だからミナは、死の恐怖を持って自分を追い込んだ。
果たして、彼女はそこに立っている。
「ふふふふ……ははは、あははははははっ!」
哄笑をあげながら、ミナは魔剣を振るう。その度にゴーレムの身体は切り裂かれていった。無論、フェリアの攻撃とは違って再生は防げない。しかし再生をも上回る速度でゴーレムはバラバラに切り裂かれていく。
これは、嵐だ。
嵐の魔剣は、嵐を起こす魔剣ではなかった。
剣自体が、嵐そのものなのだ。振るえば刃は風となって宙を駆け、叩きつける雨のように降り注ぐ。形なき暴虐。破壊の奔流。それこそが、嵐の魔剣の本質であり真髄であった。
「見つけたぁっ!」
そしてバラバラにされたゴーレムの中、腹の辺りに、ミナはそれを見つける。土塊とは異なる煌めきを持つ、ゴーレムの核。
「
ミナはそこに切っ先を向け、今までしたことのない構えを取った。初めてする動きだが、やり方は魔剣が教えてくれる。
「
そして。
剣の先から迸った稲妻が、ゴーレムの核を粉々に打ち砕いた。
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