第17話 ミナ、地雷を踏みぬき、己の過ちに気づくこと

「まさか──元は、人間だったってこと!?」

「あ、いえ、すみません。違います。私を作った錬金術師の方が、この街に住んでいたという意味です」


 息を呑むミナに、フェリアは照れくさそうにそう言い直す。


「じゃあ……さっきの家は」

「はい。実家……と言ったらいいのでしょうか。私を作ってくれた錬金術師の方が住んでいた家ですね」


 ミナは真っ二つに割れて転がっていた大釜や、朽ちた薬草棚を思い出した。確かにあれは錬金術師の工房に見えなくもない。


「……驚いた。あたし、てっきり聖剣なんて、それこそ神様が作ったもんだと……」

「マスターのような腕をお持ちの方でしたが……人間でしたよ」


 唖然とするミナに、フェリアはくすくすと笑う。


「そっか。じゃあ、ごめんね。あたし、フェリアちゃんの家を荒らしちゃったんだ……」


 既に朽ち果てていようと、思い出の詰まった大事な家だったのだろう。そこを破壊されればいい気がするはずもない。あの時フェリアが見せた敵意はそういう理由だったのか、とミナは納得する。


 しかし同時に、それにしてはあまりにも強い感情だった、とも思った。


「それは……仕方ありません。とても残念ですが……」


 暗く沈んだ瞳で、フェリアは呟く。


「ううん。それでも許される事じゃないと思うわ。フェリアちゃんと親との大切な思い出を……」


 思い出を破壊されただけで、あそこまで怒るものだろうか。ミナにはわからない。彼女には相棒たる魔剣以外に、壊されて怒るようなものは何もなかったからだ。


 けれど、フェリアが酷く悲しんでいるのは確かなことで、だからミナは謝った。


「……思い、出?」


 しかしフェリアは、瞳を二度、瞬かせる。


「亡くなった錬金術師の方はもう帰って来ない。その存在を悼む事のできる場所があそこにしかないとしたら……」

「そんな理由では、ありません」


 返ってきた彼女の声は、酷く硬い物だった。


「人は、死にます。必ず、いつかは。生き物は移ろいゆくものですから。それはわたしにとって悲しむべきことではありません」


 違和感があった。


「ですが、あなたは……破壊したんです。わたしの仲間を。あの家にあった道具を」


 何か、大事なものを取り違えているような、違和感が。


「マスターなら直せたかも、知れなかったのに……!」


 その叫び声に、ミナは、ようやく思い至った。


 フェリアが悲しんでいるのは、かつての創造主の死などではない。


 そこに残っていた、道具の残骸たちの破壊だ。


「……すみません。ミナさんが、悪いわけではないのです。既にあれは壊れた道具。それを人がどう扱おうと、人の勝手です」


 それは当てつけでも恨み言でもなく、ただの事実としての言葉であった。


「けれど、ミナさんはとても道具を大切にして下さる方ですから……」


 ハッとして、ミナは背に負った魔剣を見た。

 この魔剣が折れた時、ミナは辛かった。悲しかった。


 けれどそれは、恋人や家族、親友を失う辛さに比肩しただろうか?

 ミナにはそんな存在がいたことはない。けれど、想像することは出来る。それらを失った者なら、何度も見てきたから。


 ミナはこの魔剣を自分の都合で振り回すことに、疑問を抱いたことなどなかった。折れた時とて、魔剣が折れるのと引き換えに自分の命が助かったことに、感謝こそすれ引け目など感じはしなかった。


 魔剣は、どれほど大切でも道具だからだ。

 長年の相棒たるこの魔剣と、出会ったばかりの広天やエレクトラの命を秤にかければ、ミナは迷わず後者を取るだろう。あるいはそれは見知らぬ人間の命でさえ。


 そしてきっと──魔剣も、それを望む。漠然と、そんな気がしていた。


 だが、フェリアは違う。

 ミナは彼女の意思を尊重し、その安全に気を配り、人として扱った。


 道具を人として扱うことは、人を道具として扱うのと同じくらいに侮辱的な事なのではないか。ミナは突然、そう思ったのだ。


「フェリアちゃん。あなたは、仲間の道具が壊れると、悲しいの?」


 だからミナはそう聞いた。


「いいえ」


 仲間が死ぬと悲しいのは、人は群れる生き物だからだ。そう、本能に刻み込まれているからだ。しかし道具はそうではない。


「マスターのお役に立てたかも知れない道具が失われたことが、悲しいのです」


 ならば悲しむ理由もまた、道具としてのものなのだ。


「そう──そうね」


 道具は何のためにあるのか。人の役に立つためだ。

 役に立たせるために、人が作ったのだから。


 それは悲しむべきことでも、辛いことでもない。


 彼らは人のために、人の役に立つために存在していて、そこに何の不幸も存在しないのだ。


「……いい、な」

「え?」


 ぽつりと呟かれたミナの声。その意味を計りかねて、フェリア。


「じゃあ……ちょっとでもコウ君の役に立ちそうなものがないか探しましょう。未踏破地域なら、都合がいいわ。誰にも取られてないお宝が残ってる可能性が高いもの。有翼のサンダルタラリアが見つかれば落ちてきた場所から戻れるしね」

「あ、はい」


 不思議そうに首を傾げながらも、フェリアは歩き出すミナの後に続いた。






「師父、あれを見てくださいまし!」


 そう言ってエレクトラが指差す先には、巨大な人型の魔物の死骸が三つ、転がっていた。どれも見事な切り口で、首を刎ねられている。


「この傷跡……間違いなく、ミナの魔剣だな」

「ではやはり先程の竜巻は、ミナ様の起こしたものでしたのね」


 そうだろうな、と答えつつ、広天は目の前にぽっかりと空いた穴を覗き込む。


「この先に行ったみたいだな」

「どうしてわかりますの?」


 穴は深く、底が全く見えない。道具がなければとても降りられそうになかったが、見た所ロープもハシゴも見当たらなかった。


「見ろ。断面が新しいだろ? これはついさっき開いた穴だ」

「そ、そうですの……?」


 広天は穴の側面を指差すが、エレクトラには全く違いがわからなかった。


「ですが、穴は戦闘の余波で偶然空いただけで、別の場所に向かった可能性もあるのではありませんの?」

「フェリアはツルハシだから、ツルハシとしての本能で穴の奥に向かったんじゃあるまいか」

「フェリア様はもともと聖剣だったのですから、そんな本能があるとしたら師父が植え付けたものですわよね?」

「うむ。今のは冗談だ」

「師父の冗談はわたくしには高尚すぎますわ……」


 そんなやり取りをしながらも、師弟はフェリアたちの痕跡を探す。


「やはり、ここに来た以外の足跡がないな。この穴の中に降りていったと見てよかろう」

「それも冗談ですの? 石畳に足跡なんて残る訳ありませんし」


 戸惑うエレクトラに、広天は首を傾げた。


「何いってんだ、足で踏めば素材が何であろうがそこには跡が残るだろ。ほら」


 そう言って、広天はなにもない床の上を指し示す。


「よーく見ろ。ほんの僅か、一こつ(約3ミクロン)くらい凹んでるし、靴底の砂も残ってるだろ」

「むしろ冗談であって欲しかったですわ……」


 少なくともエレクトラには、広天の言う痕跡など示されても全く感知することが出来なかった。同じことができるようになれるとも思えない。


「まあ、行き先がわかったのなら幸いですの。ゆっくり落ちるようになる魔術をかけますから、身体の力を抜いて術を受け入れてくださいまし」

「何いってんだ。この状況、もっと優先するべきことがあるだろう」

「……何ですの?」


 ここまでフェリアとミナの後を追って来たのだから、それ以上に優先するべき事があるとは思えない。


「初めて見る素材がそこに転がってるんだぞ。採集しないでどうする」


 首をかしげるエレクトラに広天が指し示したのは、人食い鬼の死骸であった。

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