第12話 広天、エルフの魔術師、エレクトラと決闘すること
「ここなら、誰の迷惑にもならずに力を試せますわね」
町の郊外。そこには住民が暮らす街と、その街を囲む壁との間に大きな空き地が存在する。
その空き地は敵が襲ってきた際に迎撃する準備や、共用の農地として使われるのである。
そして、魔術師が手合わせするのにももってこいの場所であった。
「マスター、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫大丈夫、心配ないって」
いつもどおりの軽い口調で言う広天に、フェリアはほんの少し眉根を寄せる。
大丈夫だという主人の言葉を信じたいとも思うが、エレクトラの実力は未知数だ。しかし、魔術師ギルドで一番の腕利きを頼んで出てきたのだから、弱いということはないだろう。
むしろあのどう見ても子供としか思えない外見で一番に選ばれるくらいなのだから、相当の手練と見た方がいい。それに対して、広天は魔術も武術も使えないのだ。フェリアが心配するのも無理からぬ事であった。
「お前も、もう少し主人を信じろよ」
しかし、広天の言葉にフェリアははっと息を呑む。
「……はいっ」
そして微笑みを浮かべ、嬉しそうに頷いた。
「さて、ミナ。悪いんだけどさ」
広天はミナに近づくと、彼女に耳打ちする。
「それは……別に、構わないけれど。コウ君、本当に大丈夫なの?」
「ああ。任せとけ」
頷く広天に、ミナは奇妙な違和感を抱いた。重要な何かを見落としているような、そんな違和感だ。
「ちょっとそこ! 何ひそひそ話してますの。不正はしないでくださいまし!」
「しねえよ、そんなこと」
エレクトラに言い返しながら広天はミナから離れ、小さなエルフの少女に相対する。
「じゃ、ミナ。審判を頼む」
「わかったわ。どちらかが参ったと言うか、あたしが勝負ありと判断したら双方戦いをやめること。コウ君には悪いけど、判定は公平にさせてもらうから」
そしてその間にミナが立ち、そう告げた。
「別にそちらを贔屓して頂いても構いませんけどね」
エレクトラは不敵に笑みを浮かべ、言う。
「それでも勝ち目なんてないくらい、徹底的にやっつけて差し上げますから」
そこには実力に裏打ちされた、強者の余裕があった。
「それでは──はじめ!」
ミナが戦闘の開始を告げると同時に、エレクトラは優雅な仕草で杖を取り出す。彼女の手のひら程の大きさの、小さな杖だ。
「
「良いとはいいましたけど、早速贔屓ですの……?」
「あっ、ごめん」
呆れた目で言うエレクトラに慌てて口を閉じるミナ。贔屓というより、どちらかと言うと解説癖であった。
杖は剣と同様に、幾つかの種類がある。大きく分別して片手に収まる程度の
大きければ大きいほど威力が高く、小さければ小さいほど術を使うのに必要な時間が短い。
一対一という前提であれば、連射の効く小杖が圧倒的に有利であった。
「ですがその説明は誤っていますわ」
エレクトラの構えた杖の先端に、ぽうと蝋燭程度の炎が灯る。
「この小杖は連射のためではなく……」
その炎は彼女の眼前でくるりと円を描くと、軌跡を残しながら複雑な文様を描いていく。
「威力を出しすぎない為に使っていますの!」
そして空中に描かれた魔法陣から、巨大な炎が飛び出した。人ひとりなど簡単に包み込んでしまえるほどの大きさだ。普通は小杖で放てるような魔術ではない。
「コウ君!」
「よっと」
だがその炎は、突如として広天の前に現れた水の塊によって掻き消えた。
「冷たい水が燃え盛る炎を消すように。
「な……無動作でこれほどの水を!?」
強力な魔術には二つの発動方法がある。一つは呪文を唱える詠唱法。もう一つは魔法陣を描いて発動する紋章法だ。どちらも省けば大幅に威力が下がる。己が巨大な紋章を描いて放った炎を、無動作で防がれたことにエレクトラは驚愕した。
「ならば……これでどうですの!?
エレクトラの周囲に無数の小石が浮き上がり、矢のように広天へと向かって放たれる。しかしそれは突如吹き荒れる風によって吹き飛ばされた。
「石は土気、風は木気。木の根が土を抉るように、
「ま、またしても……」
広天が口にする言葉の意味はよくわからなかったが、それが呪文でないことははっきりしている。どちらも、現象が起こった後に発しているからだ。
「これも防げまして!?
「おっと危ねえ」
エレクトラの杖から稲妻が迸り、広天に向かって突き進む。しかし広天の袂からするりと刀身が現れて、まるで棒で糸を手繰るかのように雷撃を絡め取った。
「な……稲妻を、斬った!?」
「斬っちゃあいねえよ。流しただけだ。鋼は金気。雷は木気。鉄の斧が木を切るように、
「やっぱり斬ってるんじゃありませんの!」
「もののたとえだ、もののたとえ!」
言い合う二人の声を聞きながら、実際あれだけの電撃を剣で防ぐんだから似たようなものじゃないかしら、とミナは思った。
エレクトラの実力は、ミナの予想以上のものであった。ほぼワンアクションで魔術を繰り出すのは小杖ならではだが、その威力が凄まじい。並の魔術師では長杖を使ったところであれほどの破壊力は出ないだろう。その上、複数の属性を使い分けてみせる器用さまで持ち合わせている。
エレクトラはどう考えても、こんな辺境の街にいたのが不思議なほどの実力者であった。
しかしそれ以上に驚いたのが、広天の動きだ。
「いいですわ……もう、手加減は致しませんわ」
「いや、全力だったろどう見ても」
突っ込む広天に、エレクトラがギリリと歯軋りをした。
「これを見ても、同じ口が叩けますかしら!?」
エレクトラの杖の先から溢れ出た水が弧を描き、魔法陣を形作る。そしてそれはまた別の魔法陣を三つ作り上げ、更に巨大な一つの魔法陣を虚空に描き出した。
「これは……五重魔法陣!?」
詠唱法で唱える呪文が長ければ長いほどその威力を増すように、紋章法は描く魔法陣が大きければ大きいほどその威力を強化する。だが当然のこと、大きな魔法陣を描くのは手間と時間がかかり、実戦には向いていない。
その問題を解決する工夫が、多重魔法陣である。『魔法陣を描く為の魔法陣』を描き、逆算して小さな魔法陣から大きな魔法陣を作り上げる。しかしそれには極めて優れたセンスと精微な魔力操作技術が必要であった。段数が増えれば増えるほど、ほんの僅かなズレが増幅されて致命的な失敗を引き起こす。
五重もの魔法陣を見るのは、一流の冒険者であるミナですら初めてであった。
「いきますわよ!」
凄まじい水の奔流が、うねりをあげる。それはまるで一匹の巨大な蛇のようであった。
火、土、風、水。これで四属性全てを操ってみせたエレクトラだが、水こそが彼女の最も得意とする属性なのだろうとミナは直感する。
「龍か」
広天の顔に、思わず笑みが浮かぶ。
「死んでしまったら……お許しくださいましね」
エレクトラの言葉とともに、水龍が鳴き声を上げながら突進した。大地が抉れ、石が吹き飛ぶ。まるで馬に乗った騎士の槍のような破壊力。それが、自由自在の軌道をもって襲いかかってくるのだ。避けることも、防ぐこともできない。
「コウ君っ……!」
思わず止めに入ろうとするミナに、広天は広げた手を向ける。
「来い。フェリア」
「はいっ!」
その手に向かって、フェリアが駆けた。と同時に彼女の姿はひと振りのツルハシとなって、広天の手の中に収まる。
「駄目よっ……!」
確かにフェリアの能力ならば、土の壁を立てる事もできるだろう。しかしそれであの魔術を防げるとはとても思えなかった。
水で出来た龍が、広天へと突き刺さる。猛烈な水飛沫と土煙とが舞い、辺りを覆い尽くした。
「……しまった。やりすぎましたわ!」
今更の段になって、エレクトラの顔からさっと血の気が引いた。ムキになってつい全力を出してしまったが、この魔術は彼女の切り札とも言える大技。人に向けて放つような術ではない。
「なあに、心配すんな」
「ぶ、無事ですの!?」
煙の奥から聞こえてきた広天の声に、エレクトラはほっと胸を撫で下ろす。
「これこの通り、至って無事だよ」
しかしそれも、土煙が消えて広天の姿が見えるまでのことであった。
ツルハシを担いで立つ広天は、傷つくどころかその場を動いてさえいなかったからだ。
「そんな……あの攻撃を食らって、無傷ですの!?」
「食らってねえよ」
広天はやはり、土の壁を立てていた。しかし彼の目の前に、水を遮るようにではない。エレクトラの方に向かって放射状に、何枚もの壁が作られていた。
壁で水龍を防ぐのではなく、まるで川が分かれるかのように幾本にも分かち、逸らし、切り裂いたのだ。凄まじい破壊の力は大地を抉って粉々に砕いていたが、広天の立つ場所だけがまるで中洲のように無事なまま残っていた。
「どうだ、降参するか?」
「す、するわけないでしょう!? どれだけ防ぐことに長けていようと、攻撃できないなら無意味ですわ!」
とんとん、とフェリアで己の肩を叩きながら問う広天に、エレクトラは言い返す。
「そうかい。この手はあんまり使いたくなかったんだが……」
広天はため息を一つ吐き。
「しっかり防げよ」
エレクトラに向けて、手のひらをかざした。
反射的に、エレクトラは杖を彼に向けて五重魔法陣を展開する。しかし今度は攻撃の為ではなく、防御の為。水の壁を張るためだ。
「出てこい」
広天はゆっくりと、初めて呪文のようなものを口にする。その手のひらには小さな八角形の輪。四象炉が握られていて。
「黒龍豪炎」
そこから吹き出したウォルカノの炎が、エレクトラの張った水の壁を瞬時にして蒸発させる。
「あっ、いっけね」
そして瞬時に膨れ上がった水蒸気が、エレクトラの小さな身体を高々と上空に吹き飛ばした。
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