第11話 広天、エルフと口論し、手のひらを返されること

「勘違いしないで頂きたいのですが、こう見えてわたくし、あなたよりもはーるーかーに、年上ですの」


 そう言って、エレクトラと名乗った少女は二つ結びにした髪をかきあげ、その尖った耳を見せる。


「どう見ても十かそこらの子供にしか見えないがなあ」


 広天が素直な感想を漏らすと、エレクトラの眉間に皺が寄った。


「マスター。この方はエルフです。エルフは人よりも長命で、いくつになっても若々しい外見を保つ種族です」

「その通りですわ。わかったら、謝罪を受け入れましょう」


 フェリアが広天に耳打ちすると、エレクトラはふふんと笑って小さな身の丈をピンと伸ばす。


「いや、長命だろうとなんだろうと子供は子供だろ? 人が虫より遥かに長生きするからといって、一年で大人になるわけじゃない」

「お、お黙りなさい! 失礼な方ですわね。それでもわたくしは、あなたより歳上なのは事実! 年長者は敬い従うものでしょう!?」

「別に歳を重ねりゃ偉いというわけでもないだろうに」

「そんなことはございませんわ! 歳を重ねているということは、その分多くの経験を積んでいるということ! それすなわち偉大であるということなのですわ!」


 正論を呟く広天に対し、エレクトラは居丈高に言い放つ。


「じゃああんたは、年長者は敬い従うんだろうな?」

「当然ですわ」


 広天の問いに、胸を張って答えるエレクトラ。


「俺、多分お前より年上だぞ」

「……は?」


 だが返ってきた言葉に、彼女は目を瞬かせた。


「嘘おっしゃいまし。あなたはどう見ても中人メサントロポスじゃありませんの。中人はどれほど長く生きたところでせいぜいが六、七十年。百を超えるものなどいませんわ」


 妖精ほど魔力に優れず、獣人ほど高い身体能力を持たず。

 小人よりは大きいが、巨人よりは小さい。

 その為、中人メサントロポスというのが人間を指す正確な言葉だった。


 耳は丸く、尾はなく、鱗や翼、角もない。広天はどう見ても中人であった。


「お前は……見た所、120かそこらってところだろ」

「な……!」


 見事に年齢を言い当てられて、エレクトラは絶句する。エルフの年齢を当てるのは、他種族にとっては極めて困難なことだ。なぜならその成長速度は、個体差が非常に大きいからである。


「俺は当年とって163だ」

「あ、ありえませんわ! 中人の癖にその年でそんな外見なんてこと……いえ、そもそも生きているなんて事自体、ありえないことですわ!」


 長命な種族というのは意外と少ない。人間──獣人や小人、巨人なども含む、人として街で暮らす者たちの中で、百を超えても若々しい外見を保つような種族はそれこそエルフくらいのものだ。


 例えば広天がものすごく小柄な巨人だったとしても、百歳を超えれば初老の人間くらいには見えなければおかしい。しかしエレクトラの目の前の男は、どう見ても二十そこそこの中人にしか見えなかった。


「この世界ではありえないかも知れないがな。俺の世界ではあり得たんだよ。天地の理を知り、陰陽の調和を成し、不老不死に至る。それが仙人だ」


 早速暴露する広天に、ミナは頭を抱えた。


「嘘ではない──そう仰るのですね?」

「ああ。勿論だ」


 鋭い視線で広天を見つめるエレクトラに、広天は頷く。


「では、それを証だてて下さいまし」

「どうやってだ?」


 自分の年令を証明するような手段はない。しかしそれは、エレクトラ自身もまた同じはずだ。


「身体の力を抜き、わたくしの術を受け入れなさいませ。いきますわよ……虚偽看破アンティリプシ・プセマ!」


 エレクトラがびしりと広天を指差すと、彼の身体がほのかに青白く光を発した。


「おお? なんだこりゃ」


 自分の体から漏れ出る光を、広天は不思議そうに見つめた。


「あなたが163歳だというのは、真実ですの?」

「ああ、本当だ。間違いない」


 答える広天の発する光を、エレクトラはじっと見定める。嘘をつけばこの光が大きく揺れる。誇張したり、真実ではあるが本当のことでもないというような後ろめたい気持ちがあっても、小さく揺れる。


 だが、広天の光はまるで風のない冬の湖のように、微塵の揺らぎもなかった。


「そ……そんな……本当に、本当ですの……?」


 エレクトラはがっくりと膝を突きそうになるのを、辛うじて堪える。


「あ、ちなみにわたしは1000歳を超えています」

「そ……そんな馬鹿なですわ……」


 しかし隣でひょいと手をあげるフェリアに、とうとう崩れ落ちた。


 そんなやり取りを見ながら、もしかしてあたしが最年少なの……? この中で……? と、独りごちるミナであった。






「ええと、それでね。依頼なんだけど、あたしと一緒にこの二人の護衛を頼みたいんだ」

「護衛……ですの?」


 ひとまず受付の前で騒ぐのも何だということで場所をいつもの食堂に移し、ミナはそう切り出した。


「ちょっと訳あって遺跡探索をしなきゃいけなくってな。腕の立つ護衛を探してる」

「なるほど。わたくしの力を欲していると! そういうことですわね!」


 広天が言うやいなや、エレクトラは急に目を輝かせ、生き生きし始める。


「お断りいたしますわ!」


 そして、きっぱりとそう言い放った。


「年長者の言うことは聞くんじゃなかったのか?」

「いいえ。無為に重ねた年月など無意味! やはり大事なのは実力ですわ!」


 いっそ潔いほどの、凄まじい手のひら返しであった。


「わたくし、自分より劣った相手に従うつもりはございませんの」

「いや……護衛依頼なんだけど……?」


 そもそも護衛依頼というのはそういうものだ。何が悲しくて、自分より弱い相手に護衛を頼まなければならないのか。


 単に自分を子供扱いした広天が気に入らないのは見え見えだったし、そういうところにこだわる所がどこまでも子供だ、とミナは思う。


「いいぜ」


 だがしかし、広天は笑みを浮かべてそんな事を言いだした。


「あんたより強けりゃ、従うって事だろ」


 その笑顔は……


「ちょいと手合わせしようか」


 ──エレクトラなんかよりも、よほど子供じみて見えるのであった。

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