第10話 広天、仙について説明し、魔術に興味を持つこと
「えっ。じゃあ、コウ君は魔術も武術も使えないってこと?」
「悪かったなこんちくしょう」
真っ正直なミナの言葉に、広天は不貞腐れた声色で横を向く。
「悪いっていうか……むしろびっくりなんだけど」
それが真実であるならば、広天は何一つ抗する手段を持たずにウォルカノと対峙したということになる。ミナとて立ち向かえたのは、信頼する相棒の魔剣がその手に戻ってきたから。そしてその力が、手にしただけでわかるほどに上がっていた事による高揚感からだ。
「ですがマスター。走るのは大変お早かったではないですか」
「早くはないさ。こっちの世界の常人と大差ないはずだ」
フェリアの指摘に、広天は首を振る。
「何言ってるの。あたしも足には自信のある方だけど、ついていくのがやっとだったわよ」
「
ミナが眉をひそめ、フェリアがそれを補足する。
「あれは足が速いんじゃなくて、仙人としての特性だよ」
しかし広天は辟易したような表情で答えた。
「仙人ってのは、本質的に不変の存在なんだ。まあ切られりゃ血は出るし心臓を突かれれば死ぬが、普通の人間よりは傷が治りやすいし、病気にかかったりもしない。いくら年月を重ねても見た目もこのままだ」
「エルフみたいね」
なんだ、こっちの世界にも仙人がいるのか。と思いつつも、広天は続ける。
「だから、全力で走ろうと気息が乱れることもない。常に全力を出せるし、それを一日中でも一年中でも続けられる。逆に言えば、あれが俺の全力疾走だ」
正確に言えば、仙としての力を使う事であれば疲労はする。代表的なのが仙術の行使だが、広天には使えない為彼は説明を省いた。
「なるほどね……凄いんだか凄くないんだか」
確かに、ミナの走りは全力ではあったが、その全力は二キロの距離を走ることを見越してのものだった。ごく僅かな距離を走るための全力であれば、確かに常人でもあの程度の速度は出せるだろう。
「ってわけで、疲れることはないと言うだけで俺は肉体的には大したことがない。術も使えない。出来るのは宝貝作りだけだ」
「正直それだけでも十分凄いとは思うけど……」
ミナはちらりとフェリアを一瞥する。
「思うけど、一人で二人を守るってのはちょっときついわね」
「うう……申し訳ありません……」
元とは言え、剣の精霊が戦力外に計算されるのは、忸怩たる思いがあった。
「こいつはツルハシの形態に戻せば、一人になるぞ」
「い、嫌です! ツルハシにはなりたくありません!」
激しく拒否するフェリアに、それほどまでに矜持を傷つけていたのか、と広天は少し己の所業を悔やむ。
「だってあの姿じゃ、ご飯が食べられないじゃないですか!」
しかしそれも続く言葉を聞くまでの話であった。
「それだけじゃありません、頬で風を感じることも、地面を足で踏みしめることも、小鳥の囀りを耳で聞くことも、美しい光景を目で見ることも出来ません。器物の姿で感じるものと、こうして人の姿で感じるものとは、まるで違うんです」
自分の体を抱くように手を胸に当て、フェリアは訴える。
「──やはり、お前はそうなんだな」
「え?」
小さな広天の呟き。
「どっちにしろ、俺が足手まといなのは変わらん。護衛役が一人というのもいかにもまずい。もう一人くらい雇った方が良いというのはわかる」
その意味をフェリアが聞き返す前に、広天は話題を元に戻した。
「できれば、魔術師の仲間が一人欲しいのよね」
「……魔術師?」
頬に手を当て思案するミナの言葉を、広天は聞き咎める。
「あたしは剣士だから、どうしても出来ることは限られるわ。魔術師が一人いるだけで対応できる状況が段違いなの」
「待て、なんだその魔術師ってのは」
言葉の意味はわかる。だが、広天はあえてそう聞き返した。
「えーと……なんて言ったら良いのかしら。何もないところから火を出したり、見えないものを見えるようにしたり、空を飛んだり、そういう不思議な事を起こす術を、魔術っていうのよ」
「なんだそりゃ。仙術じゃないか」
「マスター。わたしを溶かす火を出せるような魔術師はいません」
驚く広天に対して、フェリアが冷静に補足する。しかしそこは広天にとって問題ではなかった。
「その魔術ってのは、誰にでも使えるのか?」
「そりゃあ向き不向きはあるけど、練習すればある程度は。あたしも簡単なものなら使えるわよ。ほら」
ミナは虚空に指先で文様を描く。すると空中に小さな炎が一瞬灯り、すぐに消えた。
「おおおおお……」
広天は目を見開いて、それを見つめる。
「……何でこんなのに感動してるの?」
ミナが使ってみせたのは、魔術のごく初歩の初歩。日常生活に使われるようなものだ。魔術師と呼ばれるのは、この魔術を戦いにおいて役立つレベルにまで鍛えたものだけである。
「俺にも教えてくれ!」
「教わるならあたしより、専門家から教わった方がいいんじゃない?」
猛烈な勢いで身を乗り出す広天にやや引きつつも、ミナはそう促す。ミナは生活に役立つ魔術を幾つか暗記している程度で、理屈や原理について聞かれても何も答えられない。
「専門家、というと……?」
「魔術師ギルドよ」
「はぁ~……」
目の前にそびえる高い塔を見上げ、広天は呆れと感心の入り混じったため息をつく。
「どうしてこう、術を使える連中ってのは高いところに住みたがるのかねえ」
これほど高い塔を作り上げる建築技術は称賛しつつも、わざわざそんな物を作り出す感性は理解できない。そんな言い方だった。
「マスターは高いところはお嫌いですか?」
「嫌いだね」
吐き捨てるように、広天。
「空の上には宝貝の材料になるものが何もないからな。やはり素材集めるなら地下だよ、地下」
「確かにそうですね。てっきり空を飛べないからかと」
「一言多いんだよ、お前は」
納得した、と言わんばかりに胸の前で両手を合わせ、悪気なく言うフェリアの頬を、広天はぐいぐいと伸ばした。
「いふぁい、いふぁいれすますたー」
「ほら、こんなところでイチャついてないでさっさと行くわよ」
そんな二人を尻目に、ミナはさっさと塔に入っていった。
「一番腕のいい魔術師をお願い」
入ってすぐの受付に、ミナはどさりと革袋を置きながらそう告げる。
「はっ、はい、少々お待ち下さい!」
その重み、そして革袋の口から覗く黄金の輝きに、受付嬢は慌てて席を離れた。
「ところで、ギルドってなんなんだ?」
「あたしも詳しくはないんだけどね」
受付が戻ってくる待ち時間の間、広天は疑問に思っていた事を尋ねる。
「寄り合いというか……互助組織? って言ったら良いのかしら。魔術の研究ってお金がかかる割に、魔術師になるような人間って偏屈で人付き合いの苦手な人が多くてね」
「ああ、わかるわかる」
ミナの説明に、広天は深く頷く。仙人もまさにそうであった。師の汪歴のような面倒見が良いタイプは非常に珍しい。それどころか仙人は金などなくても生きていけるせいで、誰とも一切関わらずに一人秘境の奥地で暮らしているようなものも非常に多かった。
「ただ魔術自体はすごく役に立つものだから、ギルドが間に入って仕事を斡旋してるって感じかしら」
「術を使えるものが金を貰って組織だって仕事ねえ……やっぱり恐ろしい世界だなここは」
広天の世界で仙人たちがそんな事をしようものなら、俗界は大混乱に陥るだろう。仙郷の仙人たちが全員真火を飛ばし強力無比な宝貝を振るえば、俗界が更地になるのに三日とかかるまい。
「あなたが、《魔剣使い》ミナですの?」
などと広天が考えていると、凛とした声色が背後から聞こえてきた。
「お噂はかねがね。お初にお目にかかりますわ。わたくし、エレクトラ・ステファノプロスと申しますの」
そう名乗って、彼女は優雅に礼をしてみせる。
艷やかな青銀の髪はまるで空を糸にして紡いだかのように美しく。
一つの皺もなくぴしりと伸ばされた服に身を包んだ佇まいはどこまでも優美。
白磁のような透き通った肌。理知的な光を宿した瞳。
「……子供?」
「誰が子供ですのー!?」
そしてその背丈は、広天の腰ほどの高さだった。
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