第9話 広天、二人の美女に振り回されること

「うふふ。うふふ。うふふふふふ……」

「ひぐっ……ぐすっ……はぅぅぅ……」


 笑い続ける女と泣き続ける女。果たしてどっちが厄介なのだろうか、と広天は考えた。


「あー……ミナ。剣の具合はどうだ?」

「もー、さいっこー!」


 とりあえず笑い続けている方に話しかけてみると、ミナは手入れしていた嵐の魔剣を抱きしめるかのようにして言った。


「重さも重心も使い心地も何もかも、ひとっつも変わってないのに、手に吸い付いてきて、身体の一部みたい! それでいて切れ味は段違いだし出力もめちゃくちゃ上がってるし、この子を直してくれたってだけで大感謝なのに、なに、あたし、この恩をどうやって返したらいいわけ!?」


 彼女はこの上ない上機嫌でバンバンと広天の背中を叩く。


「ひぐぅっ……うぇぇぇぇぇん!」


 するとフェリアの鳴き声が一層大きいものになった。


「フェリア、もう泣くなって……最初からわかってたことだろ?」


 仕方なく、広天は泣き続けている方に声をかける。


「ぐずっ……でも、でもぉ……」

「ウォルカノの炎じゃお前は溶かせない。考えようによっちゃ、良いことじゃないか。あいつと戦っても溶かされることはないってことなんだから」


 思っていた通り、フェリアを鋳溶かすには真火でなければいけないようであった。

 そもそもフェリアは魔王を倒すために作られた剣なのだ。それが魔王の配下風情に溶かされるわけにもいかないだろうから、当たり前といえば当たり前だと思うのだが。


「マスターは、わたし以外の、剣を、鍛えて、ばっかりぃぃ……」


 何でこいつは武器の癖にこんなに面倒くさいんだ。広天は誰とも知れないフェリアの製作者を呪った。武器に人格をつけるとするなら、一切の無駄を削ぎ落とし戦いのみに集中できる性格にすべきなのではないか。


「確かにお前を剣にしてやることはできないけどな……」


 そうは思うものの、フェリアの人格をそのまま残したのは他ならぬ広天自身の選択だ。

 その気になれば四象炉でツルハシに打ち直す際、その人格を消すことも出来たし、何なら自分の都合が良いように変えることも出来た。


 だが。


 それは、広天の好むやり方ではなかった。


「剣として戦えるようにしてやることは出来るぞ」

「それは本当ですか?」


 現金なもので、ぽろぽろと零していた真珠のような涙をピタリと止めて、フェリアは問うた。その涙、なにかの宝貝の材料に使えないだろうか、などと思いつつも広天は答える。


「その両手は何のために付いていると思ってる?」


 そういって渡されたのは、嵐の魔剣の代わりにミナに渡してあったが結局使わなかった物。店で買った数打ちを鋳溶かして作った、鉄の剣であった。


「よその剣じゃないですか!」

「お前が振るえばお前自身が剣なのとそう変わりないだろ」

「全然違います~!」


 びええん、と泣くのを再開するフェリアに、広天はおかしいなと首を傾げた。意思を持った武器の宝貝に武術を仕込むのは、ごく一般的な事だ。そうすれば使うのは素人でも武人のような動きで戦うことが出来るし、人の形を取った武器の宝貝が別の武器の宝貝を手にして戦うことも出来る。


 だがどうやら、フェリアはお気に召さないようであった。


「君たちのやり取りってそう聞いてると、痴話喧嘩そのものね」

「宝貝に痴話喧嘩も糞もあるか、人間じゃあるまいし」


 吐き捨てるように言う広天に、ミナは「そうかしら」と首を傾げる。


「そんな風にしててもとてもツルハ……いえ、剣なんて思えないくらい、人間らしいけどね、フェリアちゃん」

「ふん。どんなに人に見えたって、宝具は宝具。道具であって人間じゃない」


 広天は腕を組むと、きっぱりとそう言い放った。


「あら、案外冷たいのね」

「冷たいだと? それを冷たいと思う方が……」

「すみません……ミナさん。わたしは、大丈夫ですので」


 広天が珍しくムキになって食ってかかろうとする気配を感じて、フェリアは慌てて涙を拭き間に入る。


「…………まあいい。打ち直した剣に文句はないようだし、報酬を貰おうか」

「それなんだけどね。お礼代わりにあたしを雇わない?」


 深くため息をついて気持ちを切り替える広天に、ミナは首を小さく傾げるようにして提案した。


「雇う?」

「護衛兼道案内ってとこかしら。自分で言うのもなんだけど、腕は立つわよ、あたし」

「それは知ってるけどよ……」


 ミナはこの世界の基準をよく知らない広天ですらわかるほどの凄腕だ。気前のいい奢りっぷりを見るに、金にも困っていないのだろう。


「理由はいくつかあるの。一つ目は、この子を直してくれた恩が大きすぎて、お金じゃ払いきれそうにないってこと」

「義理堅いことだな。そんなに気にしなくていいぞ」

「それ!」


 ミナにびしりと指を突きつけられ、広天は思わず仰け反った。


「君、凄い仕事を気安く請け負い過ぎなのよ。この魔剣、もうどう考えたってS級の代物なのよ? あの鉄剣だってC+。そんなものをホイホイ量産されちゃ困るし、それよりも悪い誰かに利用されそうでお姉さんとっても心配」

「わかります」

「そ、そうなのか……?」


 フェリアにまで同意を示され、広天は流石に動揺する。


「浮世離れしてるっていうか世間知らずというか、とにかく見てて危なっかしすぎるの。そういうのも含めた護衛が必要でしょ」

「まあ……この世界の事は何も知らないからな。案内してくれるのは確かに助かるけど」


 浮世離れもなにも、実際浮世を離れて生活していた仙人だ。そのうえ右も左も分からない異世界にやって来たのだから、ミナのように旅慣れしていそうな者がいてくれるのはありがたい。


「ほらもうこの世界とかぽろっと口に出す……もっと他人は疑わなきゃ駄目でしょ!?」

「どうしろってんだよ」


 頭を抱えるミナに、広天は憮然とする。


「じゃあ疑ってかかるが、お前さんがそこまでする理由はなんだ? 恩に着るったって、そんなに世話を焼く事はないだろう」

「ああ、それは単純な話よ」


 ふっと笑みを見せた後、ミナは遠くを見つめ、言った。


「お互いにウォルカノに目をつけられてるじゃない……次あった時にあたし、あれを一人でなんとかする自信なんかこれっぽっちもないわよ」


 納得の理由であった。


「だからあたしが君を守るから、君はあれを何とかする物を作って欲しいの!」

「一蓮托生ってわけか……」


 ウォルカノも恐らく次回は何らかの対策を備えてくるはずだ。可能性は低いが、他の四天王や配下を連れてくるという可能性もある。誰が使っても強いのが宝貝というものだが、使い手が強いに越したことはない。


「それに」


 ミナは広天にダメ押しで告げる。


「あたしなら材料になる魔道具やモンスターのいる古代遺跡、案内できるわよ」

「ぜひよろしく頼む!」


 即座に広天はミナの手を取って言った。


「マスター、またわたし以外の剣を打つつもりなんですか……」

「酷い男よねえ、コウ君は」


 フェリアがじとっとした視線を広天に向け、ミナがそれに同調する。


「待て待て。それの何が酷いんだ。というか何だその呼び方は」

「え、何かおかしい?」


 キョトンとして、ミナは首を傾げた。

 まるで年下を呼ぶような呼び方だったが、狼人の寿命は人とそう大差がないらしい。ということは、広天もフェリアもミナより遥かに年上である。


「まあいいや。好きに呼んでくれ……」


 しかしその辺りのことを説明するのは面倒になって、広天はおざなりに手を振った。


「はいはい。何はともあれ、よろしくね、コウ君、フェリアちゃん」

「はい! よろしくおねがいします、ミナさん!」

「あいよ」


 と。


 そんな顛末でこの奇妙な一行に道連れが増えたのであった。

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