第6話 広天、ミナに全額負担してもらい、新しい宝貝を作ること
「よっ、と。とりあえずこんなもんでどうだい」
「……驚いたわね……」
広天が四象炉から取り出した剣を受け取って、ミナを目を丸く見開いた。
「ま、ただの火じゃあこのくらいが精々だ」
「いやいやいや……これは、低く見積もってもC級……いや、C+級はある魔剣じゃないの」
四象炉に今灯っているのは、真火でもなければウォルカノの炎でもない、ロウソクから移したごくごく普通のただの火だ。だがそれでも、安物の剣を二、三本放り込んで作り出した刀身は、ミナにとっては立派な魔剣と呼べる代物だった。
「あの、先程から気になっていたのですが、その級というのは何なのですか?」
じっくりと刀身を眺めるミナに、食事を一段落したフェリアが尋ねる。
「
「ん? 聖剣はSとか言ってなかったか?」
ミナの説明に広天は首を傾げる。
「ああ。S級とS+級は実在してるかどうかもわからない、神が作ったとされるもののことよ。魔剣っていうのは、その神剣を模倣して人の手で作られたものを言うの」
「じゃあC+ってのは大したことないんだな」
誇らしげな表情でチラチラと視線を寄越すフェリアを鬱陶しく思いながら、ぼやくように広天。
「とんでもない! 現代の錬金術師が作れる最高峰が、C+って言われてるのよ。それも大掛かりな設備を使って、何年もかけて作るの。B級以上の……『本物の魔剣』は全部、古代遺跡から見つかるものなのよ」
「ふぅん」
ミナは興奮した様子で称賛したが、対する広天は興味なさげに相槌を打った。
「……だから、こんな安物の剣を放り込んだだけでホイホイ魔剣が作れるような魔道具、とんでもないってこと。一体どこで見つけたの? そんなもの」
「俺が作ったんだよ」
「作っ……」
想像だにしない答えに、ミナは言葉を失う。
「……君の言うことはどこからどこまで冗談なのかさっぱりね」
頭を抱える彼女に、一つも冗談じゃないんだけどなあ、と広天は頭をかいた。
「正直言ってこの剣だけで、ご飯なんて百回奢ってもお釣りがくるくらいだけど……こんな芸当が出来るって事は、ウォルカノの火を手に入れるってのも本気なの?」
「だからずっとそう言ってるだろ? 疑い深い奴だなあ」
呆れたように返す広天。悪いのは自分なのだろうかと思い悩むミナ。
「ですがマスター。敵は配下とは言え強大です。いかにして倒すおつもりですか?」
「倒すのは無理だろ。火を貰えばいいだけの話だ」
「……そうですか」
やや不服そうにしつつも、フェリアは納得する。彼女も今の戦力でウォルカノを倒すことは難しいことは承知していた。
「まあ……本当にあのお伽噺のウォルカノがいたとして、流石にこの剣じゃ役者不足でしょうしね」
「当然です。魔王の手のものを倒すにはやはり、聖剣でなければ」
広天に作ってもらった剣を撫でるようにして呟くミナに、フェリアは胸を張って答える。
「おう」
だから広天はその肩にぽんと手を置いて。
「勿論お前にもたっぷり働いてもらうぞ」
楽しげに笑いながら、そう言った。
蛍石、と呼ばれる石がある。
その名の通り闇の中でほのかに光る他、熱を加えると激しく発光する性質を持っている。また、融剤としても優れた性質を持っており、鉄鉱石を精錬する際に蛍石をともに加熱すると、不要な鉱石部分が溶け流れるため、純度の高い鉄を取り出すことが出来た。
そのような性質から広天はよく使っていたものであったが、幸運にもこの世界にも殆ど同じ性質を持った鉱石が存在していた。
一応宝石の一種ではあるものの、鉱石の状態であればそう高価なものではないらしく、広天はそれをミナに購入してもらい、新たに二つの宝貝を作り出した。
「……はい。問題ありません。視界、良好です」
フェリアは失黄鏡をかけながら、言葉とは裏腹に不満げな声でそう告げる。失黄鏡は、珪石のレンズで作られた眼鏡の形をしている。しかし無論、フェリアは眼鏡姿が嫌で機嫌を損ねているわけではない。
「なんだ、まだむくれてんのか」
一方で広天は炎を模した様な形の石が先端についた棒を掲げながら呆れ声をだした。もう片方の宝貝、天柱灯である。
「言った通り、ちゃんとお前の力を存分に振るわせてやっただろ?」
「わたしはこんな活躍を望んでいません!」
何が不満なんだ、と言わんばかりの広天に、フェリアはぷりぷりと怒った。
「まあまあ、二人とも。喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
「いや、別に喧嘩なんてしてないが」
「別に喧嘩なんてしていません」
見かねてミナが間に入ると同時にそう言い返されて、即座に彼女は割って入ったことを後悔した。
「……マスター! 来ました!」
そのとき不意に、フェリアが上を見上げて小声で叫ぶ。
「よしよし。そんな焦らなくっていいからな」
言いつつも、広天は天柱灯を持った腕をぐっと伸ばす。その先端から放たれた光は名前の通り柱のように真っすぐ伸びて、天を衝くかのように輝いていた。
だが、それだけだ。意思もなければ攻撃能力も持たない。ただ『どこからでも見える光の柱を立てる』。天柱灯はその能力しか持たない。
そしてその不審な光を目指して、黒竜ウォルカノは飛来してきていた。
「本当に……大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫大丈夫。既に実証してるしな」
不安そうに尋ねるミナに、広天は気楽に答える。その気楽さは彼女の恐怖を和らげることなく、どちらかというとむしろ更に煽った。
だがここまで来てはもはや運を天に任せるしかない。いや──天にではないか、とミナは思いながら、ただ祈った。
「ウォルカノが、炎を……!」
黒竜の口から、光の柱に向かって炎が放たれる。あらゆる物を焼き払い、一瞬にして大地を焦土へと変える滅びの炎だ。
だがその炎ですら滅ぼせなかったものが、二つ、あった。
一つは四象炉。万物が生まれた際に放たれた真なる火にさえ耐える、人知を超えた品物。
そしてもう一つは──
「ほら、大丈夫だったろ?」
「いや十分熱は伝わってきてるからね!?」
ミナはまるで
「しっかしろくに確認もせずに初手からいきなり火炎たあ、やっぱりこいつ気は短いな。ほれほれ、ここだぞーっと」
広天は天柱灯を頭の上でくるくると回してみせる。天柱灯はただ『どこからでも見える光の柱を立てる』能力しか持たない、単純な宝貝である。
それは見るものがどこにいてもという意味でもあるし──
天柱灯がどこにあっても、という意味でもある。
たとえそれが大地の底。フェリアがツルハシとしての能力を最大限に発揮して、地下に掘った洞窟であってもだ。
「ウォルカノ、すっごく怒ってます! 沢山炎を吐いてます!」
「うむ。そうは言っても威力はだんだん下がってるだろ? ほら、そこまで熱は来てない」
そしてフェリアのかけた失黄鏡は、更に単純な能力を持つ。眼鏡というのは見えない目を見えるようにするための道具だが、失黄鏡はその逆だ。見えるものを見えなくするための眼鏡である。
すなわち、広天たちの頭上にある膨大な土。それを透過し、空を飛ぶウォルカノの姿を一方的に認識する為のものであった。
ウォルカノからしてみれば地面から生えだした奇妙な光の柱を、勇者と何らかの関係があるものと思い攻撃しているだけの話だ。まさか実際には元聖剣と使い手がその地面の下にいるとは思いもしない。
「けど、ここからじゃウォルカノの炎なんて取れないんじゃない?」
「まあそうだな」
ミナの問いに、広天は頷く。
宝貝はどれほど優れていようと自分の意志を持っていようと、結局のところ道具である。誰かが使わなければ、その力を発揮することは出来ない。そして四象炉には遠隔で起動するような機能はついていないし、ウォルカノが去った後に地上に向かっても全ては燃え尽きて炎など残ってはいまい。
つまり、怒り狂うウォルカノに近づいて、吐き出されたばかりの炎を手に入れる必要がある。
「それじゃ、そろそろ採取に向かうとするか」
天柱灯をフェリアに渡すと、広天は道服の袂に手を差し入れて笑った。
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