第5話 広天、フェリアに泣かれ、魔剣の使い手と出会うこと

「……行ったか……」


 物陰に潜み、物取りの男たちをやり過ごして広天は安堵の息を吐いた。ロクに手入れもされず刃こぼれした剣を見て思わず研いでしまったが、広天の研いだ剣は仙人でも普通に殺せてしまう。


「……ひどい、です……」

「ああ。まさか街に来てすぐにあんなのに絡まれるとはなぁ。この街は大きさの割に発達してるように見えるが、意外と治安が悪いのかね」


 震えるフェリアに広天はボヤきまじりに首肯する。しかしフェリアは首を横に振って、広天の顔を見上げた。


「あんまりです、マスター! わたしというものがありながら、あんなどこの山の鉄とも知れない剣を砥ぐなんて……それもわたしの目の前で、何本も何本も手当たり次第に……」


 ぼろぼろと瞳から涙を零しながら、元聖剣の精霊は訴える。


「い、いや、そうは言ってもな。お前は宝貝だから手入れなんてしなくても自己修復能力がついてるし、そもそも普通の砥石じゃ砥ぐことなんて出来ないぞ」


 大体、お前は剣じゃなくてツルハシじゃないか。そう言いかけて、流石にその言葉は飲み込んだ。余計厄介なことになる予感がしたからだ。


「わたしはまだ、布で磨いてもらったことさえないのに……」

「わ、わかった、わかったって。ちゃんと後で磨いてやるから」

「きっとですよ!」


 涙目で剣幕を見せるフェリアに、広天はうんうんと何度も頷く。

 砥ぎ屋でも開けば金を儲けられるんじゃないか、と思った広天であったが、フェリアのこの様子ではとてもそんな提案は出来そうになかった。


「あはははは! 面白いわね、君達!」


 不意に後ろから聞こえてきた笑い声に、広天とフェリアは慌てて振り返る。そこには剣を背負った長身の女が立っていた。灰銀の髪を長い三編みに結い上げ、勝ち気そうな金の瞳は愉快げに歪められて広天を見つめている。


 そして何より目立つのが、頭の上に生えた狼を思わせる耳と、腰のあたりから伸びるフサフサとした尻尾だ。


「何? 狼人リュカントロポスを見るのは初めて?」


 広天の視線が行くのを感じてか、女はそう尋ねた。


「……さっきの連中の仲間か?」


 それには答えず、どこか先程の男たちと似た雰囲気を持つ女に広天は問う。


「冗談でしょ。あんなゴロツキと一緒にしないでよ。それにあたしは、君たちを助けてあげようかと思ってたのよ。ま、その必要はなかったみたいだけど」

「そうかい。それで今更何の用だってんだ?」

「君ならもしかして、この子を直せるんじゃないかと思ってね」


 そういって、女は背負った剣を鞘から引き抜く。


「刀身が……」


 フェリアが目を見開き、呟く。

 その剣は、刀身が半ばからぽっきりと折れてしまっていた。


「あたしは《魔剣使い》のミナ。ま、肝心の魔剣はご覧の通りだけどね」


 ミナと名乗った女はそう言って、肩をすくめた。






「いただきます!」

「好きなだけ食べてちょうだい」


 テーブルに並んだ食事に瞳を輝かせるフェリアに、ミナは微笑ましそうに目を細めてそう促す。またあの物取りの男たちに絡まれても面倒だろうし、と彼女が連れてきたのは、大通りの大衆食堂であった。


「ふうむ。なるほどなあ。こりゃあ興味深い」


 嬉しそうに運ばれてきた料理を頬張るフェリアとは裏腹に、広天はミナから渡された剣をためつすがめつ眺める。


「ええと……コウ=ティエンって言ったかしら。どう? 直せそう?」

「いや、無理だな」


 ミナの問いに、広天はきっぱりと答えた。


「そう」


 さほど期待していたわけでもなかったのか、ミナはあっさりと相槌を打つ。


「手間を取らせて悪かったわね。ここの代金は払っておくから、好きなだけ食べていって……」

「まあ待てよ。こいつを直すのは俺には無理だ。ただ直すなんて事はな」


 席を立って剣に伸ばされるミナの手をかわし、広天は折れた刃を光にかざす。


「だが、新しい剣として打ち直すことなら可能だ」

「それって、直すのとどう違うの?」


 首を捻るミナに、広天は楽しそうに笑ってみせた。


「折れる前の剣より強くなるってことさ」

「何ですって?」


 思いもかけない広天の言葉に、ミナは目を見開いた。


「勿論、使い勝手や癖なんかは出来る限り元のまま、純粋に性能だけを上げてやる」

「待って待って。本気で言ってるの、それ?」


 それは彼女の知る常識からはかけ離れた、ありえない事だったからだ。


「この子は『本物の魔剣』よ。それもランクはA+級。古代文明の失われた技術で作られてるもので、修復は王都の錬金術師でさえ匙を投げた代物なのよ」

「ランクがどうとかは知らん。けどまあ、聖剣をツルハシに打ち直すよりは楽だろ」

「どういう喩えよそれは……聖剣と言ったら、聖剣エルフェリアの事でしょう? あれは上級も上級、最上級のS+級の神具じゃないの。伝説の勇者しか引き抜けないとかいう」


 ミナは呆れたような笑いを浮かべる。喩えも何もただの事実なんだが、と広天は思うが、当の本人は食事に夢中で気づいていないようであった。


「まあ、いいわ。出来るっていうならやってちょうだい。本当に直してくれたら、お礼は幾らだって払うわ」

「言われなくてもやるよ、こんな楽しそうな代物。ただ一つ、足りないものがあるんだけどな」

「足りないもの?」


 ミナの顔が険しくなる。魔剣を直せるというのなら出費は惜しまないつもりだったが、詐欺師に払う金はない。出来るが材料が足りないと言って金を巻き上げるのはよくある手口だ。


「火だよ。この剣を溶かせる程度の炎が必要だ」


 しかし要求されたのは、どう考えても金でなんとかなりそうにないものだった。


「そんなもの、どこにいっても手に入りっこないわよ。言ったでしょ? A+級の魔剣よ。溶けた鉄の中に入れたって熱くなりすらしない」

「いや、これを溶かせる火を、俺はちょうど知ってるんだ」


 真火を落としたせいで分解、再構築能力は失ったものの、四象炉の解析能力はなくなっていない。既にミナの魔剣の分析はすんでいた。


「黒竜ウォルカノの炎さ」


 森を一瞬にして更地にしたあの炎ならば、この魔剣を溶かす事が出来る。


「ば……馬鹿言わないでよ! ウォルカノですって!? あんなの、お伽噺に出てくる竜でしょ。そんなのを探し当てて、その上その吹く炎で剣を鍛え直すくらいなら、新しい魔剣でも探した方がまだマシよ」

「いいのか?」


 広天は探るような視線を、ミナに向ける。


「……何が」

「あんた、《魔剣使い》なんて名前で呼ばれてるんだろ。材料さえありゃ俺はその魔剣って奴を打ってやれるかも知れん。それこそ、この剣よりも優れた剣を。……でもな」


 広天は折れた魔剣を掲げて、言った。


「それは、こいつじゃないぜ」


 ぐっ、とミナは言葉に詰まる。

 ミナは、この折れた魔剣の他に武器らしいものを何も持っていない。剣士であるなら予備の武器の一本くらいは持つものだろうし、そうでなくても折れたのなら新調するものだろう。


 だがミナはそうしていない。それはそれだけこの魔剣に信頼を置いていたということでもあるだろうし、愛着を持って使っていたという事でもあるだろう。


 広天は、そんな彼女の事を気に入った。


「……物のたとえよ。どっちにしろ魔剣なんてそう簡単に見つかるものじゃないし。ウォルカノなんてそれ以上でしょ」

「いや、多分この辺にいると思うぞ」

「はあ? どんな根拠で言ってるの」

「会ったからな」


 その上、ウォルカノは剣の姿をしたフェリアと、それを手にした勇者を探している。

 まだこの周辺を見回っている可能性は高かった。


「……大言壮語もそこまで行くと清々しいわね。じゃあ君は何でまだ生きてるのよ」

「あいつの炎を凌ぐ方法があったからだが、二度目は多分通じないだろうなあ」


 それにウォルカノの炎を手に入れるためには、広天は四象炉に隠れるわけにはいかない。


「だからまずは、あいつの炎を安全に取るための方法が必要だ」

「……本気で、言ってるの?」


 至極真面目な──しかしどこか楽しげな表情の広天に、ミナは尋ねる。


「勿論」


 広天は笑みを深め、答えた。


「本気も本気、大本気さ」

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