第4話 広天、街を訪れ、物取りに脅されること
「するってーと、こういうことか」
ツルハシと顔を突き合わせ、話し合うことしばし。
ようやく状況を理解して、広天は言った。
「お前が俺を『呼んだ』ってのは文字通り声を上げて呼んだっていうだけの話で、召喚だの転移だの、縮地だの瞬間移動だの空間転送だのといった能力は関わっていないと」
「は、はい……そもそもわたしにはそのような力はありませんし。それはマスターもご存知なのでは?」
もちろんご存知だ。四象炉によって解析したフェリアの能力の全てを広天は見ていたし、更にそれを組み換えツルハシにした今では広天がフェリアの製作者と言っても過言ではない。その力は全て把握している。
だがそれならば、外付けの能力だか別の協力者だかがいると思っていたのだ。そうでなくては話が合わない。
「やい、どこのだれだか知らねえが、俺を今すぐ元いた場所に戻しやがれ!」
フェリアを振り上げ空に向かって怒鳴ってみるも、何も起こらない。だがあれだけの現象が、原因もなく偶然起こるはずがないのだ。他者を遠く離れた場所に飛ばせるような力を持ったものが、広天でさえ凌げた黒竜の炎でやられてしまったとも考えづらい。
しかし少なくとも、これ以上の協力をするつもりはないようであった。
「マ、マスター……」
「……仕方ねえな」
このまま、自分は永遠にツルハシの姿のままなのではないか。そんな恐怖に泣きそうな声をあげるフェリアに、広天はガリガリと頭をかいた。
「まずは、仙郷に帰るための宝貝を作るか」
その表情は、仕方ないなどという言葉からはかけ離れた、ワクワクしているとしか言いようのないものであった。
「そんな事が……出来るのですか?」
「多分な。材料次第だが……お前さんを見るに、こっちにはいい材料も多そうだ」
宝貝というものは、どう作るかよりも、何を材料にして作るかの比重が大きい。見たこともない材料を用いれば、聞いたこともない宝貝が作れるに違いない。それは広天にとって大きな喜びであった。
「ま、どっちにしろまずは元手がいる。この辺に人里はあるか?」
「はい! 北の方角に街があったはずです」
「北ってどっちだよ」
なにせ殆ど見渡す限り焼け野原だ。太陽も雲に隠れてしまって、方角が全くわからない。そもそもこの世界でも、太陽が東から南に昇って西に沈むとも限らない。
「ええと、今わたしの嘴が指している方向のやや右手方向と申しますか……あっあっ、マスター、回らないで下さい。方向が……」
「ええい、七面倒くさい。お前が案内しろ」
言って広天、ぽんとフェリアを宙に投げる。すると空中でツルハシが強い光に包まれた。
「……えっ?」
足首まで波打つ黄金の髪。ぱっちりとした紅い瞳。輝くような白い肌に、すらりと長い手足。
まるで天女のように美しい少女が、ツルハシの代わりにそこに立っていた。
「そら。それで案内できるだろ」
「えええええ!?」
ぞんざいな態度で命じる広天に、絶世の美女──フェリアは、叫んだ。
「マスター、マスター、凄いです! 凄いです!」
「へいへい、わかったわかった」
まるで踊るような足取りではしゃぎながら横を歩くフェリアに、広天は面倒くさそうに答える。実際、面倒くさかった。あれからおよそ二時間ほど。街に辿り着くまでの間……いや、辿り着いてからも、フェリアはずっとこの調子だったからだ。
「ああ、心地よい風の感触……美味しそうなパンの匂い……マスター! もしかして、わたし、ご飯も食べられたりしますか!?」
「ああ、まあ……食べる必要はないけど、食べることは出来るぞ」
「凄いです!」
瞳と表情を輝かせ、フェリアは広天の手を握りしめた。
「わたし……ツルハシになってよかったかも知れません」
「そんなにか……」
あれほど嘆き悲しんでいたツルハシの身体を肯定する発言まで出てきて、広天はついていけずに閉口する。
「……正直、大したことはしてないんだけどなあ」
「そんな事はありません! マスターは天才です!」
人ではないものが人の姿を取ることを
しかもフェリアの場合は元々意思を持っていたし、その姿も広天が作ったものではない。実体こそないものの、人としての姿は剣の頃から内包されていた。
広天がやったことと言えばそれに物理的な肉体を与えただけの事で、そこまで称賛されるほど難しいことはしていなかった。なにせ携帯用の小型炉で、数手で出来る程度のことである。
しかしフェリアにとっては、初めて己の肉体を手に入れ、自由に動き、五感で外界を感じられるのは新鮮な喜びであり、驚きと興奮の連続であった。
「では、早速パンを……」
「それはいいが、俺は金子なんて持ってないぞ。この世界でも物を買うには銭はいるんじゃないか?」
広天の指摘に、ふわふわと浮かび上がっていたフェリアの長い金髪はたちまちのうちに萎れて力を失った。
「そんなぁ……」
明るい夏の太陽のように輝いていた表情が、冬の立ち枯れた木々のような絶望に染まる。
「しっかしまあ……本当に、異世界なんだなあ……」
そんなフェリアを尻目に、広天は街の様子を見渡して、ぽつりと呟いた。
立ち並ぶ家の作りが見慣れないレンガ造りなのは、風土の違いということで納得できる。しかしそこを行き交う人々は、明らかに異常であった。
獣のような耳を頭から生やし、尻から尾を伸ばしたもの。
子供程度の背丈しか持たないのに、老人のように長い髭を伸ばしたもの。
体中が鱗に覆われ、直立したトカゲとしか言いようがないもの。
下半身が丸ごと馬になっているものまでいる。
大多数は広天と同じような姿の人間ではあるのだが、彼の常識では妖怪としか言いようがない生き物が普通の人々と同じように生活しているようであった。フェリアを含めて誰も騒がない所を見るに、それがこの街……いや、この世界での常なのだろう。
「あの……マスター」
ふと、落ち込んでいたフェリアは周りの様子に気づいておずおずと尋ねた。
「先程から、妙に見られている気がするのですが……」
広天もそれには気づいていた。周りを観察する彼と同様に、周りもまた、彼を観察しているようであった。
「……俺の着ている道服が珍しいんじゃないか?」
「なるほど!」
これだけ様々な種族が行き交う中で、衣服の違いくらいで珍しがられるというのも妙な話であったが、広天にはそれくらいしか思いつかない。彼の答えにフェリアは納得したが、無論そうではなかった。
確かに広天の着ている服はこの辺りでは見かけない奇妙なものであったが、それよりもフェリアの文字通り人間離れした美しさの方が何倍も目を引くものであった。
しかし世俗を離れて久しい仙人と、元剣の精霊はそれに気づかない。
「まあそんなことより、金を稼ぐ手段を考えないとな」
仙人とて本当に霞を食って生きていくわけにも行かないし、新しい宝貝を作るにも金は必要だ。
「お金、ですか……」
広天とフェリアは揃って首をひねる。宝貝作りしか能のない仙人と、数分前まで大地を踏みしめられることに感動していた精霊である。
「うーん……どうやったら……」
「とりあえず、どこかで働き口でも探してみるか……?」
浮世離れの極みにあるような二人に商才などあろうはずもなく、それどころかどうやったら金というものを稼げるかすら怪しかった。
「ようお嬢ちゃん。金が欲しいのかい?」
その男が話しかけてきたのは、そうして二人で頭を抱えているときだった。
「はい、そうなんです!」
「ちょうどよかった。お嬢ちゃんにぴったりの、いーい仕事があるんだ」
素直に頷くフェリアに、男はにやっと笑みを見せる。お世辞にも人相がいいとは言えない、大柄な男だ。広天よりも頭ひとつ分は大きいだろうか。
「マスター! お仕事があるそうです!」
「へえ。そりゃあありがたいな」
「よし、それじゃあ二人ともついてきな」
男はそう言って先導すると、路地裏へと入り込んでいく。広天とフェリアは疑いもなく、その後に続いた。
果たして、待ち受けていたのは更に似たような風体の数人の男たちだった。
「男の方は要らねえ。帰んな」
「そう言われても、俺はこいつの持ち主なんだが」
宝貝というのはそれ自体が強力な力を持つ、人知を超えた代物である。力を発揮するには持ち主を選ばない。誰が使っても強力だからこその宝貝だ。それ故、他人に盗まれたり紛失したりといった事は最も避けるべきことであった。ましてや見知らぬ他人に手渡すなど言語道断である。
「今から俺達が持ち主なんだよ」
男たちは下卑た笑みを浮かべて、揃って剣を引き抜く。その段に至ってようやく、広天は男たちが物取りの類であると気づいた。
「お前ら……ふざけるなよ!」
「安心しろ、お前の代わりに俺達がたっぷりと可愛がってやるからよ」
突如激昂する広天を、男たちはニヤニヤと眺める。
「可愛がる、だとぉ……!?」
広天はギリリと奥歯を噛みしめると、さっと袂に手を入れた。武器でも隠し持っていたか、と剣を構える男たちが目にしたのは、箱型をした灰色の石であった。
「何だそりゃ……?」
「砥石も知らんのか、お前ら!」
どう見ても武器には見えないそれを地面に置くと、広天はずんずんと無造作に歩を進め、男の構えた剣の刃をむんずと掴んだ。
「なっ……!?」
男は慌てて剣を引こうとするが、まるで巨人にでも掴まれているかのようにびくともしない。それどころか、そのままひょいと広天に剣を奪われてしまう。
「てっ、てめえ、何してやがる!」
「うるせえ、黙って見てろ!」
気色ばむ男たちをよそに、広天は砥石の前に座り込むと一心不乱に剣を研ぎ始めた。
「な……何して、やがる……?」
広天の奇行を、男たちは剣を突きつけたまま目を丸くして見守る。
「ふーっ……よし! 次!」
「えっ、あ、おう……」
剣を研ぎ終わって男に返し、次の男に手をのばす。男は広天の剣幕に圧されてか、なぜかあっさりと剣を渡してしまった。
広天が使っている砥石は、宝貝ではない。何の変哲もないただの砥石である。
「そら。どうだ」
だが宝貝作りの天才によって磨かれた数打ちの古びた剣は、新品どころか名剣であるかのように輝いていた。広天が袂から懐紙を取り出し剣の上にひらりと乗せれば、力など全く込めてないにも関わらず紙の重さだけでスパリと切れる。
「す、すげえ……」
男たちは目を丸くして、己の手に戻ってきた剣を見る。古び、錆付き、刃こぼれしていた剣の姿は見る影もなかった。
「これが、剣を可愛がるってことだ」
汗を拭いながら、広天は言う。
「いいか、いい道具ってぇのはな。人を幸せにしてくれる。それも、何の報酬も必要とせずにだ。お前たちの為に、お前の為だけに、頑張ってくれてるんだ。そんな剣を手入れの一つもせずにボロボロになるまで使うなんざ言語道断だ。お前たちも物取りなら、商売道具の剣くらいしっかり磨きやがれ!」
「お、おう……すまねえ……」
自分の手にした剣と広天の顔とを見比べて、男たちは思わず頭を下げる。
「わかりゃあいいんだ。その剣、大事にしろよ。じゃあな」
男たちに背中を向けて手を振り立ち去る広天と、それを慌てて追いかけるフェリア。
「……って、逃がすな!」
「おっと、いっけね」
我に返った男たちから、広天は急いで逃げ出した。
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