第6話 鉄槌の勇者は困惑する
「ギルマス、コレどうなってるの?」
私はギルドの受付嬢筆頭兼バイト秘書にして、元鋼の鉄槌のリーダー兼鉄槌の勇者と呼ばれた女です。
幼なじみの旦那様がこの街で商会を開くのにあわせて、荒事からは完全に引退して看板娘に収まろうとしたのですが、ギルマスになった斥候の彼に泣きつかれて今の仕事をやっています。
これでも勇者と呼ばれる程に修羅場をくぐってきたわけですが、流石にこの場のカオスっぷりには困惑するしかありませんでした。
「いや、それがさぁ……」
眉毛を八の字に下げた情けない表情で、ギルマスはネコチャンネコチャンと泣き叫ぶ幼女を抱きかかえています。
幼女が手を伸ばす先には、巨大な漆黒の獣が、鼻血を垂らして白目をむいている剣聖のお爺ちゃんから装備を引っ剥がしています。これが噂の大森林の漆黒の覇王でしょうか?
「おのれケダモノの分際で、騎士たる私をどうするつもりだ! 隷属の首輪をはめたところで、私は決して貴様の自由にはわわわわわ――― ウェェェ~、くっ 殺せぇ……」
その長い尻尾に巻き取られた女騎士は、なにかを喚き立てるたびに上下にシャカシャカと揺さぶられています。その首には、ご禁制の隷属の首輪がはめられていました。おそらく、漆黒の覇王を従えるためと称して用意したものを奪い取られて使われたのでしょう。あの魔道具は、何にでも使えるように伸縮自在で、腕でも足でも首でも自由にはめられます。
ギルマスの話によれば、大森林の漆黒の覇王…… 面倒なのでネコチャンとしましょう。
ネコチャンは、無謀にも大森林で薬草を採取しようとした幼女を助けて、森林妖精の秘薬を与えた上で送り届けにきたようです。こんな幼女が抜け出すのを見逃すとは、衛兵にはお仕置きが必要ですね。
ネコチャンは言葉を理解し、森林妖精と岩石妖精の言語で書かれたプラカードによって簡単な意志疎通も出来るのだとか。
ギルマスの交渉によって問題なく幼女の身柄も確保でき、ネコチャンがプラカードで幼女に別れを告げた所で事件は起きました。ネコチャンを家に連れ帰る気満々だった幼女がギャン泣き、ギルマスがそれに気を取られた瞬間にお爺ちゃんが斬りかかったのだそうです。
これを受けてネコチャンはプラカードで反撃。剣をぺしんと打ち払い、返すプラカードでお爺ちゃんの脳天を痛打、一撃で沈めます。
さらに背後から「隙ありぃ!」とわざわざ声を上げて襲いかかった女騎士を尻尾で捕獲。シャカシャカ揺さぶってグッタリした女騎士が取り落とした隷属の首輪を、しばらく眺めてからガチャリとはめてしまったそうです。
なんともはや、人類として恥ずかしい限りです。ネコチャンの方がよっぽど理性的ではありませんか。
ついでに言えば、人格はさておきお爺ちゃんは人類の中で五指に入るほどの剣の腕前を持っています。伊達に剣聖と呼ばれている訳ではありません。そんなお爺ちゃんが隙と見て一刀足の間合いから斬りかかったのに、プラカードで子供のようにあしらわれたとなれば、人間種ではネコチャンに勝つことは不可能な気がします。ギルマスはいい判断をしましたね。
「ねぇ、ネコチャン、でいいのかしら? それ、どうするの?」
ネコチャンが、肩と腰に取り付けられた騎獣に使うような大きな振り分け式のサドルバッグに、お爺ちゃんの装備をしまったところで声を掛けます。装飾と魔力から察するに、妖精の鞄のようです。ギルマスの予想通り、真っすぐ視線を合わせなければ恐慌状態にはならないようですね。
何はともあれ、この場を納めなければなりません。人格はともかくとして剣聖のお爺ちゃんを殺されても困りますし、女騎士の方もあれで王家に連なる血を持つものです。ここで助けて恩を売っておけば、あとあと色々便宜を図らせることができるでしょう。
ネコチャンは手慣れた様子でお爺ちゃんにマーキングをすると、胸元の鞄からプラカードを取り出しました。
『売る/売却』
岩石妖精と森林妖精の文字で書かれたプラカードです。
ネコチャンの目撃証言からおよそ一年しかたっていません。普通であれば、一年では二つの集落を往復することは出来ませんが、もしかして、ネコチャンは森を突っ切って妖精たちの集落を直接行き来しているのかもしれません。
これはチャンスです。
「もしもネコチャンが嫌でなかったら、全部私たちに買い取らせてもらえませんか? 女騎士だけでもお願いします。それに、小うるさい女騎士を連れて森林妖精や岩石妖精の集落を目指して森の中を行くのも面倒でしょう?」
しばらく首をかしげていたネコチャンは、再びプラカードを掲げました。
『売る/売却』
「ありがとう、ネコチャン。そうだ、よかったら金貨が用意できるまで街の中で遊んでいかない? 自由に街に出入りできるように通達もするし、通行手形も作ってあげるわ。どう?」
ネコチャンが掲げたプラカードは……
『肯定/おう』
やりました!
ネコチャンが森林妖精と岩石妖精の集落を短期間で行き来できるのならば、貿易商として頑張っている旦那様にとって大変なメリットになってくれるはずです。これぞ内助の功というやつですね。
しこたま増える面倒ごとに涙目ですがってくるギルマスをげしげしと足蹴にしつつ、解き放たれた幼女に首っ玉にかじりつかれたネコチャンに、満面の笑みで伝えます。
「ルークシティにようこそ。歓迎するわ、ネコチャン」
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