第5話 門前にて

「ネコチャン、あっち! あっちが街なの」


 幼女が漆黒のケモノの背中から乗り出すようにして、街のある方角を指差す。反対の手には、ケモノがあたえた森林妖精の秘薬が握りしめられている。

 緩くウェーブのかかった金色の髪は肩の辺りでふっつりと揃えられ、さっきまでは涙で真っ赤になっていた青い瞳が、きらきらと希望に輝いていた。





 ドーモ、ワガハイ=キンダガートンキャットです

 いま吾輩は、幼女を背中に乗せて森の中を人間種の街を目指して歩いています。


 良くある、といったらアレだが、病気になったママンのために、森の中まで薬草を取りに来て、魔物に襲われたそうだ。


 ネコチャンとしましては、涎まみれでナニをギンギンにして幼女を取り囲む可愛げのないゴブさんよりも、「オガーヂャァーンダズゲデェ~」と泣き叫ぶ涙と鼻水まみれな健気幼女を優先してしまうのは、仕方のないことだと思う。


 なんというか、この森はかなり強いめの魔物が徘徊しているのに、不思議とゴブリンとか雑魚が絶滅しないのだよな。


 ともあれ、普段は人間種の街には近寄らないのだが、今回は幼女がいるので門前あたりまで行ってみようと思う。

 普通に考えれば、森への警戒は厳重なはずなのだが、幼女がのこのことあんな場所まで抜け出してこれたのが不思議だ。よくあるパターンで、スラムの壁辺りに抜け穴でもあるのかもしれない。




「やめて! ネコチャンは悪い子じゃないよ! お母ちゃんの病気を治す薬だってくれたんだから! ネコチャンをいじめないで!」


 吾輩をかばうように立った幼女が、槍を構えた警備兵たちと、一人だけ雰囲気の違う黒い鎧の爺さんにむかって叫んだ。


 警備兵たちは吾輩を恐れて膝が笑っているのだが、爺さんだけは隙あらば斬るという気配をぷんぷんとまき散らしていて、その殺気に紛れるようにして、数人が吾輩の背後にゆっくりと回り込みつつある。


 うーん。これ以上人間種につきあっても実りもなさそうだし、そろそろ帰ろうかな、と考え始めたところで、門の中からこの前の斥候風の男が飛び出してきた。


「待て待て待て! ジジイ、殺気を引っ込めろ! この件は、ギルドマスターである俺が預かる。誰もそいつに手を出すな、殺し合いになったら死ぬのはこっちだぞ! 大森林の漆黒の覇王よ、あんた俺たちの言葉が分かるんじゃないのか? ガチんちょ連れて俺たちと争うために来たんじゃないんだろ?」


 なるほど、斥候は冒険者ギルドかなにかのギルドマスターだったのか。

 視線を向けると、斥候はついっと目をそらした。顔色は悪いが、話ができないほどおびえてないのは何よりだ。


「そうだよ! ネコチャンは私を助けてくれて、お母ちゃんの薬もくれたの」


 ふんす、と鼻息も荒く幼女が薬瓶を掲げる。


「うわ、マジか。この魔力、森林妖精の秘薬以外考えられねぇ…… とりあえず、なんでガキんちょが門の外に出てるのかとか疑問もあるが、こっちに返してもらっていいか?」

「え? ネコチャンは一緒におうちに来てもらうんだよ。お母ちゃんが治ったら、お礼にご飯を作ってあげ―――――― ネコチャン?」


 幼女の両脇に補助腕をのばして抱き上げた。

 そのままさらに伸ばして、ギルマスの前に差し出した。


「お、おう。分かってくれて助かるよ」


 ギルマスがおっかなびっくり前に出て、幼女を抱き上げた。引っ込めた補助碗で、鞄からプラカードをとりだし掲げる。


「は? こいつは、森林妖精と岩石妖精の文字か。ああ、なるほど。ほら、ガキんちょ。ネコチャンが、バイバイだってさ」


 幼女が目を見開いて、みるみる玉のような涙を浮かべる。


「ネゴヂャン、いっちゃヤダあああああっ」


 幼女の叫びにあわせて、くすぶっていた殺気がはじけた。








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