第3話 優雅な異世界ランチ






 どーも、吾輩です。

 いま、吾輩は休暇を満喫しています。

 森林妖精と岩石妖精を結ぶ交易は、元々僅かな量を年単位で行っていたので、一度配送を終わらせればしばらく暇になるのだ。


 と言うわけで、縄張りの見まわりという名の散歩中。


 少し前までは、吾輩を舐めくさった大型モンスターが、我が物顔で入り込んで襲いかかって来ることもあったが、片っ端から張り倒して岩石妖精に肉やら素材やらとして売り払って小遣いにしてやった。


 後は、こまめな巡回とマーキングにより、大物であっても争いを好まない温和な奴か、吾輩を見ればさっさと逃げ出す小物ばかりが残り、森の中は割と平和な状態になっている。


 そんなわけで、今日のランチは森林妖精名物の焼き立てパンの実にしよう。


 まずは、焚き火。

 適当なサイズの石を集めて丸く並べてかまどを作る。これは熱を逃がさないことと、火をつける際の風よけ目当てだ。無いようで意外に勢いがあるのが屋外の風だ。


 次に、松や杉のような、針葉樹っぽい枯れた葉っぱを一掴み。油気があるのでよく燃える。新聞紙をくしゃくしゃに丸めたものもいい。

 で、鉛筆ぐらいの細い枯れ枝を立てかけるようにして小山を作り、岩石妖精から買った着火の魔法具で枯葉の下の方に点火する。


 火が周るのに合わせて太い枯れ枝を立てかけていき、それに火がついたら、あとは普通に薪をくべても大丈夫。コツは、空気が入るように、隙間が広くなるように立てかけることだ。


 火が大きくなったら、大人の頭ほどもあるパンの実を投入。しばらく待てば、殻がはじけて中身がスポンジみたいにふくれあがり、焼けた小麦とバターの香ばしい香りが漂う、焼き立てパンの実の完成である。


 半球状に割れた殻を取り除いて、がっぷりとかじり付けば、口から鼻に抜けていくバターの香りが堪らない。がふがふと噛み砕いてやれば、しっとりとした食感と、程よい塩気が口の中を踊る。まさに至福の一時である。


 もちろん。

 もちろん、これだけではない。いくら美味しいパンでも、それだけては口が乾いてしまう。


 さらに妖精の鞄から取り出したるは、大人の両手の平でなんとかすくえるほどの、ルビーのように透き通ったピンポン球サイズの果肉の集合体、妖精木苺アルフベリーだ。


 見た目は巨大な木苺で、赤いのと黄色いのがある。


 赤い方には程よい酸味があって、一粒をむしって口の中で噛み潰せば、爽やかな果汁が溢れ出してパンの味に慣れた舌を洗い流してリセットしてくれる。


 そこで再びパンをガブリ。

 至福。

 至福の、旨味-っ!


 前世で食べた、ちょっとお洒落なパン屋さんの物と比べてもまさるとも劣らない美味さのパンが、畑でかぼちゃみたいに実るんだから、異世界パネエ。

 さらにこのパンの実ときたら、収穫してから冷暗所に置いておくと発酵して(かどうかは分からないが)味噌になるし、たまり醤油も取れるのだ。


 もちろん。もちろん、ドリンクも用意してある。


 お客さん用に、三つばかりパンの実をたき火に追加しつつ、鞄からヤシの実に似た緑色の木の実を取り出して、これも岩石妖精から買った鉈で頭を切り落とす。


 吾輩の爪を使えば何でもさっくりと切れるのだが、四つ足歩行だから地面に触れているし、攻撃にも使う。元人間としては衛生的に気になるので、刃物を使うようにしている。


 中には少しトロリとした象牙色の液体が、なみなみと入っている。

 ゴクリゴクリと二口、三口。うーん、豆臭い!


 森林妖精の主食である豆の実は、味は成分無調整豆乳のそれである。

 あふれないように中身を減らしたところで、今度は黄色の妖精木苺を数粒投入して、長い木匙で潰しながらかき混ぜれば、あま~いアルフベリー・オレの完成だ。


 この豆の実も不思議食材ファンタジーである。果皮が緑色のうちは豆乳、黄色くなれば豆腐、枯れた茶色になれば高野豆腐のようなスポンジ状に、と、収穫時期によって中身が変わっていく。

 森林妖精の主食にされているのは豆腐と高野豆腐だ。豆腐は塩やたまり醤油をかけたり、妖精木苺を天日干ししたジャムで甘くしたりするそうだ。高野豆腐は野菜スープの具にしたり、水で戻してソースやジャムで食べるらしい。あと、パンの実味噌と豆の実の中身を混ぜて作るあわせ味噌は、森林妖精の家庭の味なのだそうだ。


 そんな感じでランチに舌鼓を打っていると、茂みをかき分けてお客さんがやってきた。


『久しいの、漆黒の。またご馳走になりに来たぞい』

『キタ』

『アマイノ、ホシイ』

 

 こっくりと頷いて、たき火からパンの実を取り出し、殻を丼代わりに妖精木苺を盛ってお客さんの前に並べる。


 この辺りの主である鹿爺しかじいと、そのお孫さん達だ。


『いつもすまんのう』


 わっと妖精木苺にかぶりつく孫達に目を細めながら頭を下げる鹿爺。その姿は、全身が黄金色に輝いているヘラジカに見える。鹿爺にだけは立派な顎髭が生えており、威厳たっぷりだ。


 最初は遠くからたまに見かける程度だったのだか、吾輩が配達人となってお弁当を食べるようになったところ、妖精木苺に我慢が出来なくなったお孫さん達がおねだりに来て以来の付き合いだ。

 

 残念ながら、鹿爺もケモノですので文字は読めず、吾輩も教えて貰っても念話は身につかなかったので、それ程深い交流は出来てないが、吾輩が暴力による治安維持を、鹿爺がキノコなんかの珍しい食材や薬草を提供することで、共生している。


『む? 漆黒の、お客さんじゃぞ。小さい、子供か。あっちじゃ』


 頭を振る鹿爺にあわせて、そちらにゆんゆんを飛ばすが反応がない。草食系のせいか、鹿爺の探知範囲は吾輩よりも広いのだ。


『いかん。どうやら、ゴブリンか何かに追われているようじゃの』


 これは不味い。一刻を争う事態のようだ。

 補助腕でたき火を指さして、前足で鹿爺を拝む。


『うむ、火の始末じゃな。任せよ』


 頷く鹿爺に背を向けて、近場の影に飛び込んだ。

 猫っ飛びシャドウリープは影から影へ一瞬で飛び渡ることができる便利な移動スキルだ。この一年で、吾輩が身に付けた様々なスキルの一つでもある。


 何度か影から出てゆんゆんレーダーを使うと、吾輩にも位置がわかった。鹿爺の感知範囲は、吾輩の倍近いようだ。


 後は全力で猫っ飛びするだけで、余裕で間に合うはずだ。




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