第52話

目が覚めると、そこはふかふかのお布団でした。


コミュニティの煎餅(それも堅焼きレベル)布団とは比べ物にならないというか。スタートラインから違う柔かさに包まれ、私はまた転生したのでは? と真剣に焦って、慌てて飛び起きたのだが



「おひい様、お目覚めになられましたか」



ほんわりとした女性の声がする方を向くと、真っ青な髪をおさげにしたテンプレートメイドさんがにこにことしている。

にこにことしたまま、私の背中を支えて起き上がらせるとお腹は空いていないか。どこか痛いところはないかと、それはもう丁寧に尋ねてくれるのは構わないのだけれども。


ここはどこ。

あなたは誰。

兄達はどこ。

おひい様って何?


私の方が聞きたいことがあって、どれから聞いたもんかと悩み



「だれ……?」



目下、話せる相手となるだろうにこにこメイドさんの正体をはっきりさせることにした。

これに、にこにこメイドさんはにこにこしながら



「名乗るほどの者ではありません。おひい様に仕える者の一人と思って頂ければ」

「……おひいさまって、なに?」

「お姫様、お姫様です。すみません、私、少し訛っていて。おひい様というのが呼びやすくて……気を付けているつもりなんですけど」

「…………ここ、どこ?」

「お城ですよ、グランツヘクセの王族の方々のお城です」

「………………にいさんとおにいちゃんは?」

「にい……? ああ、アインス様とツヴァイ様ですか? お二人でしたら、ご実家の方にお戻りになられたかと」

「……………………なんで、わたしはここにいるの?」

「それはおひい……お姫様はお姫様ですから」



さらさらっと答えて、私の手を取る。



「それより、お召し物を変えましょう。お食事をするにも何をするにも、寝巻きのままでは良くないですからね」



言われて、寝巻き? と自分の格好を改めて見た。

布団で下半身は隠れてしまっているが、布団から出ている上半身を見ると覚えのない格好。それも、コミュニティから着ていた継ぎが当たっている薄い布地の上着ではない。艶々とした生地がどういった素材かは分からないが、少なくともボロではない。

はて、と布団をはね除けてみると、どうやらネグリジェに着せ替えられていたようだ。ふわりとした裾に手を伸ばそうとすると



「おひい様、いけません。はしたないですよ」



め! とまた「おひい様」呼びに戻っているメイドさんがにこにこしたまま言い、私の足に小さな可愛らしい靴を履かせる。

促すように手を引かれて床に立つと、メイドさんはいくつかのドレスを私に見せて「どちらになさいますか?」ときたので、服に選択肢が……と懐かしい気持ちになった。

何せ、コミュニティでは着られる服を着られなくなるまで着る、というのが普通だったようで、選択肢などは無かったのだ。

それに選択肢にあるドレスはどれも継ぎはぎではないし、使い古して薄くもなっていない。たっぷりと生地を使っていて、しかも、リボンやレースやデザインとしてしか意味のない無駄なボタンなんかが付いている。

贅沢品だ! と目を真ん丸くしていたら、メイドさんはにこにこ笑顔を崩さず



「こちらのピンクのドレスはいかがですか? おひい様にとてもお似合いだと思いますよ」



ずずい! とレースもリボンもてんこ盛りの見るからに動きにくそうなドレスを推してくれたのだが、ただでさえ手足が短く頭の大きい幼児の身体を持て余しているのだ。これ以上動きにくいのはごめんだと、私は色こそ派手な赤だが比較的装飾の少ないドレスを選び、メイドさんはにこにこ素早く私を着替えさせ、満足そうに頷く。



「とてもお可愛らしいですよ、おひい様」



お世辞でも、ありがとうと言うべきなのか。

もしくは、そっすか? と謙遜すべきなのか。

どちらとも決めかねて黙りこくっていたが、メイドさんはにこにこ、にこにこと私に向き合って



「さあ、おひい様。いかが致しましょう? お食事になさいますか? それとも、何か欲しいものなどございますか? 何なりとお言いつけ下さい」



何なりと、ということは何でも、ということだ。

ならば、と



「にいさんとおにいちゃんにあいたい」

「アインス様とツヴァイ様に会うには、少々時間がかかります」

「どれぐらい?」

「まず、おひい様がどの家のお血筋なのかを調べて、おひい様のご親族が分かり、おひい様の立ち位置がはっきりしないことには、話をつけることも出来ません」

「……どれぐらい?」

「たくさん、ですね」



にっこり! されて、全然何なりとじゃない、と口を閉じる。

たくさんって、何。何日とか、何ヵ月とか、その辺はっきりしてないの?

ていうか、私の身柄、まだはっきりしてない? してないのにお姫様扱いって? はっきりしてないから、とりあえず、最上級の対応してるかんじ?


疑問のテトリスである。

積み重なるばかりで消えていかない疑問に頭からぷすぷすと煙が出そうだ。



「とりあえず、お食事にしましょう。おひい様は何がお好きですか? 何でもございますよ」



頭から煙が出そうな時に食事のリクエストなんかされてもな。私は今のところ、好き嫌いもアレルギーもないです。

うんうん悩んでいる間に、メイドさんは今度も素早くテーブルセッティングをして、私を椅子に座らせた。

椅子に腰を落ち着かせたところでテーブルの上を見たら、隙間なくご馳走が並んでいる。

肉も魚も果物も野菜もパンも。所狭しと並ぶ食べ物を見て、一番に思い浮かんだのはコミュニティの人々だ。


これだけあれば、何人がお腹いっぱいになれるだろう。

勿論、こんなにたくさん私一人で食べ切れるはずもない。

唖然としていたら、どうぞとお茶まで勧められたが、そのお茶までコミュニティの限りなく無色に近いものと違って、鮮やかな色をしている。



「なんで、わたしはここにいるの」



呆然と呟いた私に、メイドさんはやっぱりにこにこと



「おひい様はおひい様ですから」



気を付けているといった訛りのまま、私をそう呼んだ。














アインスとツヴァイと引き離されてから、食事の回数から多分、三日は過ぎた。

三食昼寝とおやつにメイドさんと諸々付きの三日間。それは堕落への誘いであった。


まず、目を開けると「お目覚めですか?」と声を掛けられ、少しでも身動ぎしたならば背中を支えられて起き上がるのを補助される。

足をベッドから下ろせば靴を履かされ、床に足をつけて立てば寝巻きならぬネグリジェからドレスに着替えさせられ、直に髪を櫛で丁寧に整えられ、水がたっぷり入った洗面器を差し出されて顔を洗い、終わればふかふかのタオルで顔を拭われる。


軽い身支度が済むと食事を用意され、食べたいだけ食べれば残りは片付けられ、食休みを挟んでから何をしたいのかを尋ねられ、兄達に会いたいと言えば毎度丁寧に遠回しのNGを突き付けられ、不貞腐れて黙っている間に新しいドレスや玩具に絵本、可愛いけれどどういう種類のなのかよく分からない丸っこい生き物を差し出され、反応せずに居たら、メイドさんが数名増え、全方位囲まれ両手をメイドさん達に握られた状態で城の庭を散歩。

あっちもこっちもメイドさんしか見えないので庭でも廊下でも大差がない時間が終わると、部屋に戻って絵本を読み聞かせられたり、玩具で気を引こうとされたり、丸っこい生き物を抱かされたり。


これに何の意味があるのか、という時間はゆっくりと過ぎて、また食事。朝もたっぷり食べているので、正直あまり入る余地がない。

控えめにお腹に詰め込んで、また同じようなやり取りをして、おやつの時間。もう入らない、と一つだけ焼き菓子を取り、お茶で流し込む。

そして、またしても似たようなやり取りをしていたら、また食事だ。


流石にもう何も入らない、と一口だけお茶を飲んだら、湯船に浸かっての入浴。良い匂いのするお湯、髪を洗う液体は泡立ちが素晴らしくて洗い流した後は髪がさらさらになり、身体を洗う液体も同じくらいの効果があって肌はつるつるだ。

ちなみに、服を脱いで湯船に浸かって身体や髪を洗って拭いて寝巻きもといネグリジェを着るまでの全てをメイドさんがーー拒否しても笑顔で押し切る力技でーーしてくれる。

身綺麗になると寝る前の歯磨き。これもメイドさんに甲斐甲斐しくお世話をされ、やることと言ったらぐちゅぐちゅぺー、だけである。

そうして後はベッドまで手を引かれて、寝かし付けられ掛け布団をしっかり肩まで掛けてもらい……つまり、ほぼ何もさせてもらえずに一日が終わる。


起きてから寝るまでこの調子なので、最近までツヴァイにお世話をされずに自力で何でも出来るようにと頑張っていた日々は何だったのか。

こんな調子では一人で何も出来なくなる、と危機感さえ覚えた。

私は小さな子供ではない。いや、実際は小さな子供なのだが、トータルで言えばメイドさんの誰より年上だ。

おひい様、姫様と呼ばれるが、私は捨て子だし、そろそろいい加減身元をはっきりさせてほしい。


そうでないとアインスとツヴァイに会えないと言うから、早く! ハリーアップ! と急かしているつもりなのだが、メイドさん達は揃ってにこにこしながら



「申し訳ありません。存じ上げません」



これで話をおしまいにされる。

メイドさんにどこまでの権限があって、どの程度の情報を持っているのか分からないから、本当に知らないのか。しらばっくれているのかも分からない。

もう、なーんにも分からない!

分からないし、何もさせてもらえないし、何もかもお世話されてしまうしで、出来ることが一つも無い!!


コミュニティに居た時は、出来ることはやらせてもらえたし、出来そうなことだって任せてもらえたのに、ここではそれが通じない。

本当に何もさせてもらえないし、教えてもらえない。

甲斐甲斐しくお世話をしてくれるメイドさんに囲まれ、美味しい食べ物がたっぷり、ドレスは選ぶのに迷うほど、玩具は山になるほどたくさん、部屋は綺麗でお風呂も気持ち良いし、謎の生き物は丸っこくて可愛い。


が、自由がない。

こんなの軟禁と変わらない。


コミュニティでは制限はあっても自由はあった。

聞けば周りの大人やクルクがーーまあ、クルクの場合は大体嫌そうにだったけれどーー色々教えてくれたし、大体のことは自分でやりなさいというスタイルだったし、何かと仕事を任せてもらっていたのだ。

こんなに暇で窮屈で退屈な思いはしたことがない。


おかげでこの三日間は一日が一年経つくらいの長さに感じた。

このままでは十日と精神が保たないかもしれない。


堕落というより自我が崩壊しそうだった。

なので、私は三日目の夜に部屋にある手近な窓に飛び付いた。脱走の為の下見である。

幸いにもドレスが山のようにあるので、どうにかしてそれらを縄代わりにして降り、どこかしらに逃げ出そうというざっくりした計画を打ち立て、窓の下を見て、あまりの高さにすぅ……と血の気が引いた。


こんなん逃げられるわけあるかい!

内心で一人キレた。ふかふかの布団に戻って若干暴れた。それからちょっと泣いて、暫く虚無った。

なんか、やっぱり、なーんにも出来ない!!!


転生ものって、もっと何か方法があるものじゃないの?

魔法がばりばり使えるとか、何かしらのヒントを得ているとか、そういうチートが一つや二つはあっても良くない?

チートで無双して脱走したい。だけど、私は何も無い。何も出来ない。


また明日もお世話されるだけの一日になるの?

小さい子相手にあれもこれもと手を差し出されて、何でもやってもらって、なーんにも知らずに甘やかされるのが当たり前の生活が続くの?

それっていつまで?


絶望がひしひしと全身に染みていく。

食べて遊んでお世話されて眠るだけの日々なんて夢のようだけれど、体験してみて楽しいものかどうかはモノによるのだろう。私はこの生活が楽しいとは思えない。


全身に染み渡った絶望が涙腺を刺激する。

じわじわと目元が濡れて、頭が重い。



「にいさん、おにいちゃん」



アインスとツヴァイはどうしているだろう。

もしかして、こちらでの生活が肌に合って、私のことなんかどうでも良くなっているかもしれない。

そうしたら、もう会うこともないんじゃないだろうか。

そうなったら、どうなるんだろう?

始まりの時点で物語は歪んでいって、でも、もしかしたら、そこで二人の死亡ルートは消える可能性もある。

だって、保護してくれる大人が居て、安全に過ごせる家があって、頼れる家族と暮らすのだから。


じゃあ、これって良いこと?

二人が生き残れるかもしれないなら、私はこのままでいるべき?


最早、前が見えない。

だらだらと顔に涙が垂れ流れていくし、ぐすぐすと鼻も鳴る。きっと酷い顔になっていることだろう。

自分の考えに少なくないショックを受け、自分で傷付いて泣く。子供ながらに面倒な人間だ。


泣いたってどうにもならないのに、しくしくと泣く。

顔をびしょびしょにしながら



「にいさん、おにいちゃん」



二人を呼んだ。

自分じゃ何も出来ないから、迎えに来てほしい。

せっかく三人揃ってここまで来られたのに、こんなのあんまりだ。

いや、大事にはされている。大事にされて、そのように扱われているけれど、あんまりなのだ。


何度も二人を呼びながら、びーびー、ぴーぴー、延々と泣きたいだけ泣いて、重たい瞼が落ちかけた時だった。


物凄い轟音と共に天井に穴が開き、窓が割れる。

それと同時にベッドの上に二つの影が降ってきて、重たい瞼もばっちり開いた。



「「ミル!」」



夜闇の中で、しかも泣きじゃくって悪い視界で姿がちゃんと見えたわけではないが、声を聞き間違えるわけがない。



「にいさん! おにいちゃん!」



ぼろぼろとまた涙が零れたのを、どちらのものか分からない指が拭ってくれる。

ぎゅっと抱き締められて、抱き締め返して。

これは都合の良い夢なのかしらと瞬いたところで、バーン! と部屋の唯一の扉が開き、ドカドカと人が雪崩れ込むのを肌で感じて、あ、夢じゃないや。と分かった。

夢だったら、どれだけの物音がしようと気が済むまで感動の再会が出来るだろうから。



「姫様!」



あちらこちらから呼び掛けられるが、返事はしたくない。

抱き締めてくれる腕に縋って、口を閉ざしていると急に辺りが明るくなる。

どうやら、私を抱き締めていたのはツヴァイだったようだ。最後に見た時のコミュニティで着ていた継ぎはぎの服ではなく、生地のしっかりした仕立ての良い服を着た姿は様になっていた。

アインスもツヴァイと同じように良い服を着ていたが、着せられている感はない。やや動きにくそうだが、よく似合っている。


まあ、それはいい。それはいいのだが



「この惨状はなんですか! 不法侵入に加えて、城の破壊! ただでは済みませんよ!!」



掌に明かりを灯している男性が怒鳴る。


そうなのだ、それなのだ。

多分、私を迎えに来てくれたのだろう。それは大変嬉しい、嬉しいのだけれど……やっちまったなあ。


二人がどういう家に引き取られたのかまでは知らないが、流石に城を壊してまで不法侵入したら、ごめんなさいでは済まないだろう。

私もまだ立ち位置がはっきりしない(仮)姫様なので、口添えも出来ないに違いない。


そんな事態なのに、ツヴァイは私をしっかり抱き締めたまま



「可哀想なミル。こんなに泣かされて……大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね」



アインスはアインスで私の頬を両手で挟み



「誰に何をされた? 誰がお前が泣くほどの目に遭わせたんだ?」



どちらも周りの騒ぎを気にしていないので、ごめんなさいをする気は微塵も無さそうで。


さて、どうしたもんだろな!

と、私は大人と子供の温度差を感じながら、重たい頭をフル回転させるのだった。

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